第6話 御影先輩、風圧の前に尊厳が飛びかける。
(御影視点)
蒸し暑い。
出勤した瞬間、そう思った。
オフィスの空調はどうも古くて、夏が本気を出してくると役に立たない。
だから今日は、パンツスーツじゃなくて、珍しくスカートを選んだ。
──別に、誰かに見せたいとか、そういうんじゃない。
たまには涼しい格好しないと、熱中症になるだけ。そういう判断。
「おはようございます、御影先輩」
「……おはよう、テシヲくん。あついわね……」
「ですよね。あ、これ使ってください」
彼が差し出してきたのは、小型の卓上扇風機。USBで動くタイプらしい。
「えっ、持ち込み?」
「はい、空調あてにならないですし……ほら、風向き調整もできますよ」
彼はニコニコしながら、机の端に扇風機を置いた。
優しいのはいいんだけど、その角度──
「……ちょ、待っ──」
ブワッ!
足元から突如として舞い上がる風。
スカートの裾が、ぴらっと浮いた。
思わず手で押さえる。その瞬間、テシヲくんと目が合った。
沈黙。
赤くなる顔。
終わった。
「……どこ、見てたのよ、テシヲくん」
「ち、違います!見てません!」
即答。それはそれで怪しい。
「見てない?見てないってなによ、つまり“見る価値もない”ってこと?」
「えっ!?いや、そういう意味じゃなくて!!」
「じゃあ見てたの!?最低じゃない!!ど変態!!」
「……詰んでる……」
何よ。どっちでもムカつく。
そもそも、あの風は明らかに故意だったんじゃ……!
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午後。私はずっと不機嫌だった。
テシヲくんはひたすら謝ってたけど、逆にうるさい。
(……見えてたの?ほんとに?どこまで?)
(……あのパンツ、柄入ってた……ばか。なんで今日に限って……)
トイレで確認するわけにもいかず、ずっとそわそわしていた。
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昼休み。給湯室で缶コーヒーを取り出していると、後ろから声がした。
「御影先輩」
「……なによ」
「さっきは本当にすみませんでした。……その……今日のスカート、似合ってました」
……っっ!
何言ってんの、この人!!
顔が一気に熱を持った。缶コーヒーを彼の胸に押し付ける。
「ば、ばか……っ!! あんたに言われたくないっ!」
ダッシュで給湯室を出た。
背中がじんじんして、心臓がうるさい。
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翌日。
私は完全装備のパンツスーツで出勤した。
「おはようございます、御影先輩。今日は……スカートじゃないんですね?」
「うるさいっ!」
(……履いたらまた何か言われそうだったからって、そんなの言えるわけないでしょ……)
自分でも呆れるくらい、意識してる。
もうほんと、ばかばかばか──っ。