表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/21

第5話 御影先輩のストッキング

(御影視点)


 ……破れてる。完全に、伝線してる。


 給湯室でお湯を注ごうとして、ふと足を組み替えた瞬間。

 右脚に走る“ビッ”というあの感触。慌てて視線を下にやると、黒いストッキングに見事な筋。


「うそでしょ……っ」


 声が漏れそうになるのを押し殺し、私はとっさにスカートの裾で隠した。

 誰にも見られてない。見られてない、はず──


「……あの、御影先輩」


 振り返ると、そこにはテシヲさんがいた。


 最悪だった。


 よりによって、なんであんたなのよ。


「……ストッキング、少し……破れてる、かもです」


 気まずそうに、でも目は逸らさずに言ってきた彼に、私は心の中で絶叫した。


(見たの!? どこまで!? どれくらい!?)


 表情には出さない。出してたまるか。私は社会人。秘書課の看板を背負ってるんだから。


「……っ、そ。気づいてたなら、黙っててくれればいいのに」


「す、すみません……でも、予備、ありますよ」


「……は?」


 彼はスーツの内ポケットから、小さなパッケージを取り出した。


 黒のストッキング。未開封。


 ……なにそれ、なんで持ってるのよ。


「……なんでそんなもの、持ってるのよ!?」

「えっ、ええと……以前、ノベルティで余ったやつが引き出しにあって……一応、予備として……」


「……まさか、あんた……女装癖……」


「ちがいますちがいますちがいますっ!」


 彼が勢いよく首を振ったので、私はそれ以上追及するのをやめた。

 なんだか、こっちが恥ずかしくなってきたから。


 ……でも。


(なにこの柄……なんか、レース?ちょっとだけ……かわいくない?)


 なんでこういうときに限って、攻めたデザインなのよ……っ。


「……だ、誰にも言わないでよね」


「もちろんです」


 私はストッキングをつかみ、そそくさと女子トイレへ向かった。


---


 鍵をかけて、ドアにもたれた瞬間。


「……うぅ……最悪……」


 ため息がこぼれる。制服をたくし上げ、破れたストッキングを脱ぎ捨てる。


 伝線の先端が、ちょうど膝上。……見えてた。あいつに、絶対見えてた。


 恥ずかしい。死にたい。でも、言わなかったら……気づかないふりされてたら……それはそれで、たぶん傷ついてた。


(……って、なに考えてんのよ私。もう……)


 彼からもらったストッキングを開封する。思ったより柔らかくて、フィット感も悪くない。

 ……柄も、そこまで派手じゃない。けど、ちょっとだけ──かわいい。


(でもこれ、完全にあの子が選んだやつじゃない……?って、なに考えてるのよ私!)


 頬が熱い。化粧、崩れてないといいけど。


---


 席に戻ると、隣の部署の後輩女子がニヤニヤして近づいてきた。


「先輩〜、今日のストッキング、かわいいですね〜。それってもしかして、テシヲくんが?」


「違う!!!!!!!!」


 即答してしまった。


「え、えっ!? ちが、違うからっ! 別にそういうんじゃないからっ!」


 顔が熱い。視線の先に、静かにPC作業してるテシヲくんの後頭部がある。


(あんたのせいよ……全部……!)


---


 それでも、仕事は普通に回る。

 なにもなかった顔で、なにもなかった一日を演じる。


 だけど、定時前。


 ふと、テシヲくんのデスクに缶コーヒーを置いた。


「……これ、変な意味じゃないから。さっきのお詫びだから」


「はい?」


「なんでもないっ!ばか!」


 逃げるように自分の席へ戻る。


---


 翌日。


 私はストッキングを選ぶのに10分迷った。


 結局、似たようなデザインの、少しだけおしゃれなやつを履いた。


「おはようございます、御影先輩」


「……おはよう、テシヲくん」


 昨日より、少しだけ距離が近く感じた。気のせい、かもしれないけど。


 彼がふと、私の足元に視線を落とした。


「……今日のストッキング、似合ってますね」


 ──。


「ば、ばかっ!あんたにだけは言われたくないっ!!」


 顔が、火のように熱かった。


 でも、なんとなく。


 心の中だけでは、ちょっとだけ──嬉しかったのは、秘密。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ