第4話 御影先輩のブランケット
しばらく単話完結です。
六月某日。天気、雨。湿度100%、オフィスの冷房23度設定。
「……さむ……っ」
パソコンを打つ手が震える。半袖シャツの腕をさすりながら、オレは密かにガクガクしていた。
外はムシムシ、でもオフィスはカラッと冷房でキンキン。これぞ梅雨時の職場あるあるだ。
周りはスーツ勢も多く、あまり寒そうにしている人はいない。浮いているのはオレ一人だけ。
「……テシヲさん、震えてますけど」
その声にびくっとして振り返ると、ちょうど隣の席から、御影先輩がこちらを覗き込んでいた。
「え? あ、いや、ちょっと冷房が……はは、平気っすよ。ギリ凍らないし」
苦笑いでごまかすと、御影先輩は一拍置いてから、椅子をくるりと回し、自分の鞄から何かを取り出した。
ふわふわした布。もこもこの質感。端にさりげなく、うさぎの刺繍。
「……これ。貸すだけだから。返してよね」
それを無言でオレの膝に乗せると、彼女はさっと視線を逸らした。
「え、えっ、あの……これって……」
「文句があるなら、返して」
「いや、ないっす、ないっす!ありがたく頂戴します!」
震えた手で包み込むようにブランケットを抱きしめる。
……あったけぇ。え、これまじで天使? この御影、天使だったんじゃ……?
しかも、なんだこの匂い。
柔軟剤と……なんか、御影先輩の香水……いや、これはアロマ? とにかく落ち着くやつだ。やばい。
「……なんで、そんなに嬉しそうな顔してんのよ」
「いや、いやいやいや。そんなつもりじゃ──」
「……っ、うそ。ちょっと……離れて。返して。それ、返して」
御影先輩が突然ブランケットを引っ張り始めた。
「あ、あぶ、っうわっ!」
バランスを崩して、オレの椅子がゴロッと後ろに倒れかけ──
その瞬間、御影先輩が反射的にオレの肩を掴んで……ぐらりと、彼女の上半身が倒れこんできた。
──ドン。
顔、近っ。
御影の髪がふわっと揺れて、視界を埋める。
目と目が合って、時間が止まった。吐息がかかる距離。これ、完全に恋愛イベントってやつじゃ……。
「っ、ち、ちが……っ、な、なに見てんのよっ!」
御影先輩が、飛び退くように離れていった。
「ご、ごめんなさい……!事故っす、事故!オレ、なにもしてないです!」
「わ、わかってるわよ、そんなの……っ」
先輩は顔を真っ赤にして、自分のデスクに戻っていった。
膝に残されたブランケットは、まだほんのりとあたたかかった。
──その日の帰り際。
「……あのさ、テシヲくん」
珍しく先輩から声をかけられた。フロアにはもう誰もいない。
「ん?」
「さっきのこと……忘れなさい。忘れないと、……消すから」
「え、記憶消去系ツンデレですか……?」
「バカっ!」
そう言って去っていく背中に、ふわっと揺れたポニーテール。
そのブランケット、オレに預けっぱなしだけど……返したほうがいいのかな?
──たぶん、来週も寒い。