第3話 反省文だからね!(後半戦)
深夜のオフィス。蛍光灯の光だけが、私と、手元の紙面を照らしている。
まったく……何を書かせるの、って話よね。
ブツブツと小声で文句を言いながらも、私は便箋にペンを走らせる。ただの一筆箋ではない。しっかり罫線がある、ちょっと高級なレター用紙。文房具にはこだわるタイプなのだ――こんな場面で使うことになるなんて、思ってもみなかったけれど。
『私、御影は――』
一字一句、丁寧に。でも、その筆圧は自分でもわかるほど強い。紙の裏側に軽く凹みができるくらいに。
『本日の件について、深く反省しております。脚立の使用時に安全確認を怠ったこと、また、転倒により貴方に“不要な接触”を与えてしまったことを、心よりお詫び申し上げます。』
……“不要な接触”て……。
自分で書いていて、顔が熱くなる。でも、ここでやめられるわけがない。
『特に、スカート内への偶発的な顔面接触という、非常に不適切な状態になった点について、あらためて自覚し、猛省しております。この件により、私の下着の色が認識されてしまったことに、極めて高い羞恥と混乱を覚えており――』
「~~~~っっっっ!!!」
思わず、机に突っ伏す。ペンを持った手がわなわなと震える。
なに書いてるの私!? なにを自白してるの!?
でももう途中でやめるわけにもいかない。どうせなら、徹底的に書いて、あのバカを黙らせてやるのだ。
私は、顔を真っ赤に染めたまま、手を震わせながら、書き続ける。
『今後、脚立の使用時には、必ず誰かに支えてもらうか、安全確認を徹底し、同様の事態が起こらぬよう努めます。あと……その、誤解のないよう補足いたしますが、私の下着は常に落ち着いた色を選んでおり、今回のような……その、視認の機会は、本来ありえません。』
補足する必要あった!?
泣きそうになりながらも、最後の一文を書く。
『この反省文をもって、今回の件が円満に収束することを、心より願っております。』
御影(署名)
……これで、いい。これで……もう……知らない。
私は、すべてを書き終えて便箋を丁寧に折りたたみ、封筒に入れた。
心臓がバクバクしている。どう考えても、こんな反省文、提出したら終わりだ。でも、もう止まれない。
* * *
出社早々、彼の姿を見つける。
「おはようございます……って、あっ、御影先輩」
私が手に持っていた封筒を差し出すと、彼は一瞬目を見開いた。
「え? ……これって、もしかして」
「……反省文だから」
「へ? あっ、いや、その……まさか本当に書くなんて……」
「べ、別に! 私が言い出したことでしょ? 責任は果たすわよ! そ、それに……私だって……!」
「……?」
「~~~~っ!!」
なに言ってるの!? なんで“私だって”って言いかけたの!? 意味わからない!!
もう無理。無理すぎる。完全に冷静なフリできてない。
「……っ、読まなくてもいいから! というか、読んだら呪うからね!!」
「えぇぇ……?」
「と、とにかくっ! 渡したから! 私のデスクに戻るから!!」
私は封筒を彼に押しつけ、そのまま逃げるように背を向けた。
背中が、顔が、全身が熱い。
なにやってんの私……! こんな反省文書いて、ツンツンして……バカみたい!!
――でも。
ほんの少しだけ、心の奥がくすぐったくて。彼に届いてしまった、知られたくなかった私の“動揺”が、どこか恥ずかしくて、でも……嬉しくて。
* * *
「な、なんだこれ……」
手元の封筒を見つめる。
その重みは、ただの紙とは思えないくらいずっしりしている。
「御影先輩……可愛すぎんだろ……」
思わず、漏れた声は誰にも聞かれなかったけれど、
自分の中で何かが決定的に“変わってしまった”ことに、気づいてしまった――