第3話 反省文だからね!(前半戦)
彼が私の前に差し出した封筒。
それを受け取る指先が、ほんのわずか震えていた。
「……これ、例の始末書です」
俯き加減に告げる彼の声は、思ったよりも真面目だった。
いや、真面目というか……どこか“自信なさげ”な――。
私は無言で封筒を受け取り、中を確認する。
(……二枚あるわね)
視線を上げると、彼が一瞬だけビクッと肩を揺らした。
「……ええと、そっちは……その、御影先輩用、です。ちゃんと……先輩が“細かく書け”って言ったから」
(言ったけど……まさか、本当にこんな形で来るとは)
口には出さなかったけれど、内心はかなりの動揺を覚えていた。
“御影先輩用”なんて、妙に意味深な響き。嫌でも想像してしまう。
何を書かれたのか。どこまで書いたのか。あの時の“あの状態”を……。
(……まさか、ね。いやでも、彼ならやりかねない……)
私は動揺を隠すように、わざと淡々とした声で言う。
「……あとで読むわ」
それだけ告げて、自分のデスクに封筒を置いた。
中身を確認するのは、誰にも見られない一人の時間にしよう――というより、今ここで読んだら、顔がもたない。
ほんの少しでも、読みかけようものなら、赤面どころか噴火してしまう自信がある。
── そして、数時間後。
定時を過ぎ、オフィスはすっかり静かになっていた。
皆が帰り、フロアに残っているのは、私ひとり。
ようやく、さっきの封筒を開く。
一枚目は総務提出用の内容。形式通りの無難な文章だ。
問題は二枚目。
(……っ!)
開いた瞬間、視線が一行目で止まった。
『御影先輩が脚立に上り、両腕を伸ばして資料を取ろうとしていた姿は、社内で見せるいつもの姿とは異なり、どこか……家庭的で柔らかく、美しかった。』
(なっ……!?)
指先がピクリと震える。
さらに読み進めていくと、件の“事故”の瞬間の描写に至り――
『脚立から落下した御影先輩を受け止めようとしたが、間に合わず、僕の顔は御影先輩のスカートの中に……』
『パンスト越しに見えたのは、薄紅色……いや、濃いめの赤。ドキッとした。それでも目をそらせず、固まってしまった僕の顔に、御影先輩の体温がじわっと伝わって……』
「~~~~っっ!!!」
声が出た。
完全に出た。
顔なんて、もうどんな色してるのか想像もしたくない。
デスクに突っ伏すようにして、私は顔を覆った。
(な、なにこれ……ばっ、ばかじゃないの!?)
どうしてそこまで細かく……。
筆跡こそ丁寧だけど、その描写はまるで小説のようで、しかもこっちの羞恥心を的確に突いてくる。
一文読むたび、脳裏にあの瞬間の映像が蘇る。
転倒、衝撃、熱、そして……スカートの中に彼の顔。
(うわああぁぁぁ……っ! 思い出させないでってば……っ!)
私は身悶えしながら椅子をぐるぐると回し、落ち着こうと深呼吸を繰り返す。
でも無理。無理すぎる。むしろ余計に苦しくなってくる。
(……反省文。書かせてやる。絶対に)
このままで終わらせるわけにはいかない。
書かせる。いや、“仕返し”といってもいい。
でも、こんな変な始末書を返された私が、何もしないなんて、格好がつかない。
私はペンを取り、レター用紙を引き出しから取り出した。
(今度は……私の番)
書きながら赤面して震えるくらい、あなたの気持ちが知りたいんだから――