第2話 これは業務命令です(たぶん)
「反省文? あぁ、それなら……2通、用意してください」
御影は微笑みすら浮かべず、完全なる事務的な口調でそう言った。
どこか機械的な瞳の奥に、薄氷のような棘が覗く。
「一通は総務部提出用。事実を淡々と、感情を排して書くこと。曖昧な表現も許しません。
そしてもう一通は……私宛てに」
御影はわざと間を置いた。
「あなたの主観で、詳細な経緯と反省、そして――率直な所感を」
「率直な……所感?」
「そう。“どこに頭がぶつかったか”とか、“どんな状況だったか”――しっかり記録に残しておきなさい」
さすがに冗談だろうと思って見返すと、御影はカツン、とヒールを鳴らして背を向けた。
その背中越しに、冷たい声が飛んでくる。
「これは業務命令です」
この瞬間、俺は理解した。これは罰だ。――だが、どこか嬉しそうにも見えたのは、気のせいだろうか。
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昼休みを潰して、一人、資料室の片隅でパソコンと向き合う。
1通目の始末書――総務部用のやつは、それほど時間はかからなかった。
「資料の捜索中に、脚立上から転落した御影先輩に衝突した」
「身体的接触は偶発的なものであり、双方の怪我はない」
「以後、高所作業時は注意を徹底する」
――形式通りのテンプレで、問題はない。
問題は2通目だ。御影宛ての、“率直な所感”付きの始末書。
俺は画面を前に、しばらく腕を組んだまま悩む。
まさか本当に書かせるとは……いや、あの人ならやりかねないか。
「えーっと……“御影先輩の太ももに頭をぶつけた際、弾力とぬくもりを感じました”……いや違う、ダメだこれ」
思い出そうとするたび、あの時の状況が鮮明に蘇る。
御影は高い場所の資料を取ろうとして脚立に上った。
不安定な体勢で手を伸ばしたその時、バランスを崩し――そのまま背後にいた俺へと落下。
俺はしゃがんでおり、咄嗟に手を伸ばし助けようとしたが、間に合わなかった。
俺の視界は、一瞬で真っ暗になった。
……スカートの中。
パンスト越しにかすかに見えた赤い下着。
温度、柔らかさ、そして、ミントのような香り。
「うあああっ!」
思わず自分の頬を叩いた。何を回想してるんだ俺は。
でも、御影が言ったんだ。「率直に書け」って。
――……つまりこれは、背徳と羞恥の間に咲く、理性の試練である。
《始末書 御影宛》
資料を探していた際、脚立から転落しかけた御影先輩を助けようとしたが、私の上に落下しました。
具体的には、御影先輩の下半身に私の頭部がめり込む形となりました。
その際、視界はほぼスカートの内部に覆われ、パンスト越しに赤い下着が目に入りました。
柔らかくも芯のある質感に、先輩の鍛錬と美意識の高さを感じるとともに、深く反省の念を抱きました。
本来ならば、私のような後輩が先輩のスカートの中に頭を突っ込むなど、許されることではありません。
一瞬の事故とはいえ、私の行動が先輩の心身にご迷惑をおかけしたことは事実であり、心よりお詫び申し上げます。
「……これ、提出していいのか?」
書き上げた文面を見ながら、俺は思わず天井を見上げた。
いや、出すんだよな? 出さないと、御影に怒られる……というか、もう怒ってた。
むしろ、これは試練だ。恥辱の果てにしか、デレの兆しは見えない。
気づけば、俺の顔は真っ赤だった。