第12話 御影先輩、いやらしいって言って去ったんだが。
午後の倉庫は、空調が効いているはずなのに妙に暑かった。いや、正確には暑くなった。
それは御影先輩がしゃがみこんだ瞬間だった。
「ええと……このへんにホッチキスの芯と……あ、ありました、封筒」
彼女がそう言いながら腰を落とす。その動作が、視線を奪って離さない。グレーのタイトスカートが、まるで形状記憶でもしているかのようにぴたりと腰に沿って張りつく。その曲線が、視界のど真ん中に入ってくる。
タイトスカートの裾からは、膝下まで滑らかに伸びる白い脚が見えていた。しゃがむことで布地がやや持ち上がり、太ももの上部までが露わになる。日差しがほとんど入らないこの場所でも、彼女の肌はまるで光をまとっているようだった。
(うわ……きれい……)
と、同時に、動作に合わせて白いブラウスの胸元が緩み、ふわりと襟元が揺れる。その一瞬の隙間から覗いたのは、薄桃色のレース。繊細な縁取りが施された下着と、その奥に、柔らかそうな谷間。
(や、やばい……)
時間が止まったかのように感じた。いや、むしろスロー再生されているかのように鮮明だった。全神経が視覚に集中し、瞬きさえ惜しいほどだった。
(いやいやいや、見ちゃダメだって!)
わかってる。わかってるけど、勝手に目が……。
「……テシヲさん?」
「は、はいっ!」
慌てて視線を逸らした俺は、壁の非常口マップを凝視していた。逃げる先がそこしか思いつかなかった。
「顔……赤いですよ?」
「えっ、いや、その、暑くないですか? 今日」
「空調、効いてますけど?」
御影先輩は首をかしげながら、棚の奥へと視線を戻した。俺は息を殺して、内心で頭を抱えていた。あれは絶対にアウトだ。バレてないと思いたいけど、演技力ゼロの俺じゃ多分無理だ。
「……封筒、やっぱり奥にもありました。ちょっと取りますね」
再び前傾姿勢になり、腕を奥に伸ばす御影先輩。その動きに合わせて、タイトスカートの生地がぴんと張り、さらに脚の付け根近くまで白い太ももが露わになる。思わずごくりと喉が鳴った。
そして、またしても襟元から胸元が覗いた。先ほどと同じレース。だが今度は少し角度が違う。より深く、より鮮明に、より直視してはいけないものが目に入った。
(いかん、ホントにいかんって……!)
俺は咄嗟に目を閉じ、脳内で般若心経を唱え始めた。なぜか御影先輩のレースが反復再生される中で。
「取りました」
御影先輩が立ち上がる。その瞬間、ようやく俺は現実に帰ってきた。
「これで全部ですね」
「……そ、そうっすね!」
「? なんでそんなに焦ってるんですか?」
「焦ってないです!」
絶対に焦ってるやつの声だった。
備品を手に、俺たちは倉庫を出るために並んで歩き出す。御影先輩が先、俺が後ろ。無言が続く中、俺は心の中で自分を責めていた。
(見ちゃったよな……いや、見えたんだよな……!でも言い訳できないやつだろ、コレ)
もう絶対にバレてる。でも、先輩は何も言わない。あの沈黙が、怖い。
そのときだった。御影先輩が突然、足を止めた。
「……さっきの、なんですけど」
小さな声だった。その背中越しの言葉に、俺の鼓動が跳ね上がる。
後ろ姿からは表情は見えないけど、ちらりと見えた耳と頬が、ほんのり赤くなっているのがわかった。その熱が、ゆっくりと伝わってくるようだった。
「……気づいてました。あなたが見てたの」
背中越しにそう呟いた御影先輩の声は、いつもよりもわずかに震えていた。
「……いやらしい」
ぽつりと落ちたその一言。
心臓が、跳ねた。いや、爆発したかと思った。
頭の中が真っ白になったかと思えば、次の瞬間には真っ赤になっていた。
(ああああっ、マジでバレてたぁぁぁあ!)
恥ずかしさ、罪悪感、そして――どうしようもなく興奮している自分。
彼女に見られていたという事実。怒鳴られもしない代わりに、静かに放たれたその一言が、逆に刺さる。背徳感という名の針が、心に突き刺さる。
御影先輩はそれきり、振り返らず、静かに歩き去っていった。
俺はその場に立ち尽くしたまま、心臓のドクドクという音だけを聞いていた。
あの背中と、あの言葉が、今日一日、頭から離れることはなかった。