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6.雨-シャワー-に唄えば


 思っていた以上に自分は弱っていたのだろう。

 昨晩、レインとリーラに捕まったシグレは、そのまま好意に甘えるように、あの部屋で寝てしまった。


(そういえば、シャワーも浴びずに……)


 二人と話をしているうちに眠くなって寝てしまった記憶はある。

 ベッドの上にコテンっと転がって寝てしまったハズなのに、今はちゃんとベッドの中にいるので、二人が移動させてくれたのだろう。


 周囲に二人はいないので、二人は二人で別の部屋でも利用しているのだろうか。


(寝てる間に身体を動かされていたり、誰かがドアを開け閉めしたりしているのに気づかなかったなんて、本当に参ってたのね……)


 それでも、不思議と頭と身体は軽くなっている。

 自分は案外、誰かに愚痴を聞いて貰いたかったのかもしれない。


 寝ぼけ眼を擦りながら、ゆっくりとベッドから降りようとした時、コンコンとドアがノックされる。


「シグレ、起きてるか?」


 レインの声だ。

 それに、シグレはうなずくように答えた。


「ええ。起きてるわ」

「入るぞ~」

「どうぞ」


 そうして入ってきたレインは、こちらの顔を少しの間見つめると、ややしてうなずいた。


「よし。昨日よりマシな顔になってるな」

「……そんなに酷かった?」

「まぁ、な」


 曖昧に笑うレインだったが、それだけで自分がかなり酷い顔をしていたのだろうというのが、分かった。


「それより、シャワーでも浴びてきたらどうだ。

 廊下に出て左の突き当たりに共用のシャワールームがある。

 シャワーを浴びたら一緒に朝食でも食べよう」


 彼女のファンたちが喜びそうな王子様スマイルを浮かべるレイン。

 それに、小さく苦笑しながら、シグレはうなずいた。


「何だかお世話になりっぱなしね……」

「気にすんな――って言っても、シグレは気にしそうだな。

 なら、ひと仕事に付き合ってよ。朝食のあとにでも、一緒にギルド行こう」

「助かるわ。貸し借りは早めに解消したいタチだから」


 レインの提案にシグレは笑みを返して、立ち上がる。


「装備や道具はこの部屋に置いていって平気?」

「この宿の治安は保証するよ。それでも不安なら、あたしがここで待ってるさ」

「……わかった。悪いけど、少し待っててもらえる?」

「りょーかい」


 気楽な調子で答えたレインは、さっさと行けとばかりに手をひらひらさせてくるのだった。




 共用シャワールームとやらはシグレが思っていたよりも、しっかりした作りをしていた。


 安宿の多くは男女で分かれてないこともあるのだが、ここはちゃんと分かれている。

 入り口は一つだが、中ですぐに左右に分かれ、それぞれの脱衣所があった。

 脱衣所のロッカーには簡易的ながら鍵もついている。


(この世界の都心部が、地球に近い程度には発展してるのは助かるわね)


 周囲を見渡せば、ロッカーの脇にレンタルタオルまで置かれていた。

 タオル入れの下には返却用の箱も置かれている。


(タオルも清潔そうだし、本当に助かる)


 場所によっては、レンタルタオルはかび臭かったり、汚れていたりで使えたモノではないので、自前を用意する必要があるほどだ。

 勢いのまま部屋を出てきたものの、タオルを用意するのを忘れていたシグレとしてはとてもありがたかった。


 服を脱ぎ、ロッカーの鍵を掛け、タオルを手にとって脱衣所からシャワールームへと出る。


 脱衣所の先は、五個ほどの個室シャワールームが連なっていた。

 日本にいたころはフィクションの中などでだけ見かけたことのあるタイプだ。地球でも実在していたのかもしれないが、シグレは見たことはない。

 この世界に来てからは、これが当たり前になっているので、すっかり馴れたものである。


 ここでは温度の調整などもしっかりとできるようなので、ありがたく使わせてもらうとしよう。


 個室のドアの上にタオルを掛けて、壁についている天候石(シージスタル)に触れた。


 天候石(シージスタル)は不思議な色合いと触感のする水晶のような石だ。

 この世界に満ちるチカラ――天候力(オルシーズ)の影響で色味が変わっていくそうである。

 ちなみに、この壁についている天候石(シージスタル)は、水属性の影響により青みがかった色をしていた。


 そこに、候力(シーズ)という――この世界ではありふれたチカラを与えながら、スイッチオンと念じてあげれば、ホロウィンドウのようなパネルが表示される。


 候力(シーズ)のコントロールはこの世界では幼い頃から教わるらしい。

 実際、このホロウィンドウを動かすにも、指先に僅かな候力(シーズ)が必要になるのだ。


 天候石(シージスタル)候力(シーズ)が必要な候力技術(シージスタロジー)と呼ばれる、科学――どちらかというと魔法技術と呼んだ方が近いかもしれないが――に似た技術が発展していると、確かに幼少期より操作方法を習わなければならないだろう。


 候力技術(シージスタロジー)によって、携帯電話であるSAIや、旅行車(スペース)と称される車なども作り出されており、ただの剣と魔法の中世風世界というワケではない。

 それが救いなのかそうでもないのか――そればかりは分からないが。


(でも、おかげで必要以上にこの世界を苦労する点が減ったんだから、良かったと思うべき……なのかしらね)


 とはいえ、この世界の恩恵を地球人が受けられるのかと言えばノーだ。

 地球人の体内には天候核(シージナルコア)と呼ばれる器官は存在しないのだから。


 天候核(シージナルコア)は、この世界に満ちる天候力(オルシーズ)を取り込み、それを候力(シーズ)というチカラへと変換してから、肉体に巡らせる。

 それだけでなく、体内に入った候力(シーズ)を肉体が利用するのに最適な内候力(オフシーズ)へと変換する機能を持った器官だ。


 この世界の生物――人間はもちろん、ネズミのような小動物、昆虫や植物だってそうだ――は、当たり前のように持っている。

 むしろ、これが無ければこの世界で生きてはいけない器官なのだ。


 これなしに天候力(オルシーズ)を体内に取り込むのは、大変危険をともなう。

 だからこそ、この世界の生き物たちは、安全に取り込みチカラに変える器官を作り出すように進化していったのだろう。


 この世界に存在している魔獣と呼ばれる存在の多くは、必要許容量以上の天候力(オルシーズ)を体内に乗り込み、異形化した存在だ。

 一部の生物は、その体質や性質などから、必要以上にチカラを取り込みすぎる事故が多いらしいが。


 ともあれ、だからこそ、あの自称神の代理人を名乗る狂人は、シグレたちに外付けの天候核(シージナルコア)を取り付けたのだ。


 気が付くと左手の甲と同化していた白い石がそれである。

 普段は手袋や分厚い手甲で誤魔化してはいるが、こんな石が身体から飛び出しているというだけで、ある種の異形だ。


 シグレは左手の甲だが、人によっては胸元だったり、おへその上だったりと違うようだが――


(異様に堅いおかげでたまに咄嗟の防御手段としてついつい使っちゃうんだけど、危険といえば危険な使い方よね……)


 四十二度という少し熱めの温度に設定し、流水開始のボタンに触れる。


 僅かな間のあと、高い位置に固定されているシャワーヘッドから水が降り注いだ。


 思わず声を上げそうになって堪える。

 温水の前に水が出てくるのは、世界を隔ててもお約束ようである。


(自分が学習しないのか、ついつい忘れてしまうのか、難しいところよね)


 最新式のシャワーシステムだとこれが解消されているという話も聞くが、それにありつけるのは今のところ高級宿くらいだろうとあたりはつく。


 ややしてじわじわと水は温まっていき、やがてお湯へと変わっていった。


(ん……気持ちいいわね……)


 熱い湯の雫が、彼女の黒髪を伝い、その肢体の曲線に沿うように流れていく。


 同世代にしては長身で、長身故にそれなりのサイズながら小さめに見られていた胸。

 元々運動が好きだった為、それなりに筋肉がつき、しなやかだった四肢。

 長身でスリムで、整った体型は一種のモデルのようだとも言われていた。


 デリカシーのない男子に良くも悪くもからかわれ言い寄られ、妙に神聖視してくる女子たちからは憧れられている。

 どちらに対しても辟易していたあの頃だが、今はそれすらも懐かしい。


 同時に、自分の身体がその頃のものから変わっていないという事実を、シャワーを浴びたり、お風呂に入ったりするたびに思い返す。


(だから、お風呂やシャワーが嫌いになっていった……)


 それでも衛生的に考えれば、水浴びをしないという選択肢はなく、身を清めるたびに自分で自分を追いつめるような気分になっていたのかもしれない。


(でも今日は、不思議と悪くない……)


 冷えていた身体がじわじわと温まっていくような感覚。

 それは同時に、冷え固まっていた心までも解されていくようでもあった。


(気持ちいい、か……。

 この世界に来てから、お風呂やシャワーをちゃんと気持ちいいと思えたの、何回あったっけ?)


 回数までは分からない。

 それでも、両手の指があれば足りてしまう回数な気がする。


 不老に関して思うこと。

 抱え込んでいたあれやこれ。

 昨晩、泣いて吐き出したことは、悪いことではなかったのかもしれない。


(シャンプーやボディソープもおいてあるし……よし)


 今、熱いシャワーによって流されているのは、汗や汚れだけではないのかもしれない。


 例えば心の澱。

 抱え込むことで淀みきった何かが、今この瞬間に流されているのだろう。レインとリーラに色々と吐き出したのは、悪いことではなかったようだ。


 だからといって、帰還方法と死に場所を探す為に生きているという自分の在り方が変わるわけではない。


 だけどそれでも――


 目を閉じたまま顔を上げ、降りしきるお湯の雨を胸元に浴びながら、シグレは思う。


 帰還方法を探すにしても、死に場所を探すにしても、もう少しやり方を変えられるのではないか、と。


 胸元に浴びるお湯と同じだ。

 左の胸の付け根を沿って流れていくし、谷間を流れ落ちていくし、右の胸の付け根に沿って流れていく。あるいは双丘に沿って伝っていくものだってある。


 いつだって流れゆく道の選択肢があったのに、自分は常に一つの道筋しか見てなかった気がする。


 そして、一番存在しなかった選択肢が羽を休めることだったのだろう。


(たった一晩、泣いて愚痴って話を聞いてもらったのに、ずいぶんとスッキリしたわ)


 だから――というワケではないが、少しだけレインやリーラに付き合うのも悪くない。

 そう思えたからこそ、そのうち親友とちゃんと向き合おうという気持ちになれた。


 少しだけ気分が上を向いた勢いで、シグレは鼻歌交じりで、シャンプーのボトルを手に取るのだった。



     ☆



「……シグレのやつ、長いな……」

「ほら、シグレちゃん、私よりも髪が長いですし」

「それもそうか」



本日はここまでとなります٩( 'ω' )و

明日も夜に更新予定なのでよしなにお願いします

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