5.レインとリーラ
十五年前。
無理矢理この世界へと連れてこられた私立庭神学園高等学校――通称ニワガク――一年C組の生徒と担任、総勢二十一人
神の代行者を自称するミラリバスは、面白半分に自分たちへ天候才と呼ばれる特殊能力を与えてきた。
一人に一つだと、あの男は言った。
魔候術とは異なる方法で、水を自在に操るチカラ。
武候技とは異なる方法で、身体能力を高めるチカラ。
相手の真偽を看破したり、他人の姿と記憶をコピーしたり、脳内でSNSじみたやりとりができたり……そういう様々な天候才が与えられた中で、シグレが与えられた天候才は、【不老】だった。
歳をとらない能力。
言ってしまえばそれだけのチカラ。
だけど、シグレはこの能力を【呪い】だと思っていた。
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顔見知りの流旅行者レイン・シングィンズとリーラ・レギエンに捕まったシグレは、すぐさま二人が泊まっているという宿屋へと連行された。
その上で、どうして泣いていたのかの説明を求められたのだ。
普段であれば、放っておいてと突き放すのだが、どうやらシグレは自分で思っているよりも弱っていたようである。
その為、地球からの転移者であることは伏せて、少しだけ自分に付いて口にした。
ザックリと言えば、十五年前――当時十五歳だった自分が気が付くと友人たちと一緒にヴェルナ深緑帯の未開地区にいて、自称神の代行者を名乗る男と遭遇。
その男の気まぐれその場所に突如転移させられ、同じように面白そうだからという理由だけで、自分は【不老】の呪いを掛けられた――と。
「十五年前に、不老の呪い……ね」
「それってつまり、シグレちゃんって私たちよりも年上なんですかッ!?」
「……そうよ」
驚く二人にぶっきらぼうにうなずくと、すぐさま彼女たちは表情を変えた。
「……と、すまない。こういう反応を見たくないから、人付き合い避けてたんだよな」
「ええ」
栗色のショートカットを揺らし、頭を下げるレイン。
その青い瞳は、本当に申し訳なさそうに揺れていた。
女性たちから時に王子様扱いされるレインのその顔は、とても真面目なものだ。
「ごめんなさい。少し、デリカシーがない反応をしてしまいました」
雪のように白い肌と髪をした女性リーラも、真面目な顔で謝罪をしてくる。白を基調にした装備や衣服で身を包む彼女の中で、唯一色を持っているといっても過言ではない鮮やかな赤い瞳は、本当に申し訳なさそうに揺れていた。
二人の反応は、それだけで彼女たちの人の良さが分かるものだった。
そのことに嬉しいような面倒くさいような、なんとも言えない心地のまま、シグレは返す。
「気にしないでいいわ。
扱いも今まで通り、小娘でいいから。
年齢だけは増えるけど、肉体だけでなく精神も見た目相応のままって自覚があるからね」
嘯くシグレの頭に、レインは手を乗せた。
二十代中盤のレインからして見れば、大人びているとはいえ、十五歳の姿をしているシグレは妹のようなものなのだろう。
普段のシグレならそれを振り払うのだが、今はまったくそんな気はなかった。
「なら、年下扱いさせてもらうよ。
それで――泣きながら走ってた理由はなんなんだい?
ただ【不老】について嘆いてたってワケじゃ、ないんだろ?」
レインの優しい手と言葉に、涙が出そうになる。
なんだか自分が酷く弱い存在になってしまったようだ。
だからだろうか。
普段、自分のことは出来るだけ語らないようにしていたはずなのに、口からゆっくりと滑り落ちてくるのは――
今日、親友と街の中で再会。
見た目の変わらない自分と、すっかり大人になった友人のギャップを受け入れられずに逃げてしまったのだ、と。
シグレはあの瞬間に自分の中に湧いた、形容しがたいショックを思い出しながら、そう語ってしまったのだ。
「不老はいかなる時代でも求める者が多いチカラだけど――望まずに手にしてしまったのであれば、確かに呪いですね……」
リーラとて、シグレの気持ちが分かるなど軽々しく口に出来ないことであると理解している。
ただそれでも、自分だけが歳を取らないまま顔見知りがどんどん老けていくのを見るのが、どれだけ心労となるのか、想像するだけで自分の心も痛くなるのを感じていた。
肉体の年齢は十五歳とはいえ、シグレの見た目は大人びていて二十代間近のように見える。
そのせいか、見た目だけなら自分と同じくらいの歳だ。
だからだろうか。レイン以上にリーラは自分がシグレの立場だったらという想像がしやすかった。
きっと、不老を与えられた直後は気にしてはいなかっただろう。
だけどきっと、五年、十年と経つにつれて、問題が如実に表面化していく。
三十代や四十代で手に入れた不老ならまだマシだっただろう。
だが、十代というのは人間の成長期。日に日に見た目が変わっていく年頃だ。
自分はそのまま周囲が変わっていくという状況。
なまじ同じようなタイミングでこの付近へと放り出された友人たちがいたのも大きい。帰れずともこの土地で生きていこうとする友人たちが、徐々に成長し老けていくのを目の当たりにしていたことだろう。
だからこそ、シグレは流旅行者として大陸中を歩き回っている。そうでもしないと、嫌でも自分は人とは違う生き物になってしまったのだと自覚してしまうから。
それなら確かに人と深く関わらないようにするだろう。
深く関わって、長いつきあいになってしまえば、近い将来その人との関係は破綻してしまう可能性があるのだから。
「……ううう」
「リーラッ!?」
想像していたらだばーっと涙が流れてきた。
それを見たレインは驚いているし、シグレも困ったような顔をしている。
「ご、ごめんなさい。
シグレちゃんが辿ってきただろう道を自分に置き換えて想像してたら、なんだか悲しくなってしまって……」
レインが放り投げてきたタオルを受け取る。
それで目を拭っていると、レインはシグレに訊ねた。
「そういやシグレ。どこの宿屋に泊まってるんだ?」
「この街での行きつけが改装中でやってないから、探してたところ」
「あー……それも案外、ショックだったのかもしれないね」
「え?」
キョトンとするシグレに、レインはしまったという顔をしてから、軽く両手をあげた。
「変わらないモノなんてない――たとえそれが建物であっても。
無意識に、それをショックだと思ってしまったんじゃないのかな、て」
「そう、ね……そうかも……」
大きく息を吐きながら、シグレはうなずく。
クールで表情はあまり変わらず、淡々と仕事をこなしていく姿から、流旅行者である同業者などから『冷姫』だとか『絶対冷嬢』などと揶揄される少女。
そんな少女が弱り切った様子で、哀しげに目を伏せている。
さらっと話を聞いただけだ。
それだけで彼女の全てを理解できるわけではないのだが――それでも、きっとシグレは張りつめて生きているのだろうことは分かる。
張りつめていた糸は、身構えていればどんな時でも解けないのだろう。それくらい硬く結ばれていて――
だけど、不意打ちのように、心構えもなく親友と出会ったショックで、解けてしまった。
今のシグレはそんな状態なのだろう――と、レインは考えた。
「シグレ、今日はここに泊まっていくといい。
普段の君なら、放り出しても問題ないんだけど、今の君を見てると、チンピラを追い払うコトも出来なさそうだ」
「うん。それがいいと思います。支払いも気にしないでいいですから」
「わたし、は……」
戸惑いに揺れるシグレの黒い双眸は、まるで捨てられた子犬のようで。
「死に場所を、求めて、旅をしているような……ものだし……」
だから――別に街で野垂れ死んでも問題ない。
そう言おうとしたのを理解した上で、レインとリーラはそれぞれにシグレの手を取った。
シグレの旅の目的など、どうでもいい――
「だとしても、それは今じゃないんだろ?」
「そうです。少なくともチンピラに殺されるような終わりは許しません」
自分たちの言葉が、シグレにどれほど届くかは分からない――
――だけどそれでも、レインとリーラは、この不老の少女を放っておくことなど出来なかった。