4.貿易交差都市クロス・コーサー
次話も準備が出来次第公開します٩( 'ω' )و
この世界ウェザール・シソナリアは、シグレの目線で言えば間違いなくファンタジーな世界だ。
武候術という必殺技のようなものはあるし、魔候術という魔法のようなものも存在している。
剣と魔法のファンタジー~銃もあるよ~と、護衛依頼中の光景を見るだけなら、そうだろう。
地方の町並みは、多少の機械文明的なものや、街灯などがあってかなり近代的な面もあるけれど――それでも、いわゆるファンタジー的な中世ヨーロッパ感が無いわけではないのだ。
だからこそ、地方を中心に活動していれば、ファンタジー全開の異世界に来たのだと思ったことだろう。
だが、大陸中を旅しているシグレには、その認識が覆される光景というのがこの世界には存在していると知っている。
王都シュト・スプリンドや、この街クロス・コーサーのような大都市と呼んでも差し支えない場所の街並みこそがそれだ。
今、目の前にある海に面したこの街――クロス・コーサーの街並みは、地球の都心と遜色がない。
大陸から東へと突き出た鋭い三角形を思わせるカクサンヌ半島。その半島全面をほぼ街としているのがこのクロス・コーサーである。
カクサンヌ半島は中央付近に山があり、そこを基準に北と南で役割が完全に分かれていた。
街の南側は高級リゾート地となっており、地中海とサンディエゴが混ざったような観光地然とした街並みが広がっている。
一方、北側に広がっているのが港町。こちらはどことなく横浜とニューヨークが混ざったような感じを思わせる街並みなせいか、懐かしさすら覚えるほどだ。
そう。
この世界において、地球の都市部に存在するような高層ビルが立ち並ぶ摩天楼の群れは決して珍しくない。
この国の王都シュト・スプリンドを筆頭に、大陸四大国家の王都には、都庁を思わせるような近代的高層ビルの近くに、中世ヨーロッパ然のお城がふつうに存在しているのだ。
シグレは旅の中で何度もそういう光景を見てきたが、今もまだ違和感が拭えないほどである。
もっとも、いわゆる西洋建築系のテンプレに近い形をした各お城は、それぞれの国のシンボルであり、国守りの神獣が宿ると言われる巨天候石塔――巨大な牙を思わせる形の天然の石塔――を守護する結界的な役割もあるそうなので、立て替えるというのが難しいのだろう。
そんな、現実逃避じみた地理や歴史の話はさておき――
(どうしたものかしら……)
シグレが頭を悩ましているのにはワケがある。
ホープスたちと共に行ったクラウズの護衛は滞りなく完了した。
クロス・コーサーの西側――大陸に面し、クロス・コーサーの大陸側玄関口とされている地区にある、流旅行者互助協会への報告も済ませ、報酬ももらっている。
ホープスたちやクラウズたちから、何か色々と言われたがそれらを聞き流すことで、何事もなくお別れをして、ようやく独りになれたわけなのだが――
問題は、これからどうするかである。
広いこの街で、適当な宿屋をとって寝泊まりしたところで、クラウズと遭遇することはないだろう。
そう考えはするのだが、どうにも落ち着かないのだ。
(特に食い下がられるコトなく別れられたけど、あいつは自分の奥さんとわたしを引き合わせるコトを諦めてはなさそうだった……)
変に街中で遭遇してしまえば、あれよあれよと場を作られてしまう気がする。
(……長居はしないようにするしかないわね。
十五年前の――始まりの場所。あそこを確認したら、この街から離れた方がいい)
小さく嘆息してから、空を見上げた。
太陽の位置を思えばそろそろ宿屋を見つけるべきだ。
そう判断して、シグレは歩き始める。
貴族や富豪、一部の流旅行者たちの間に、旅行車――地球風に言うのであれば、自動車だ――がだいぶ広まってきているので、道路はしっかりと整備されているし、信号もある。
そうはいっても、ここまでしっかりと整備されているのは、大陸中を見ても現状クロス・コーサーはくらいだろうが。
元々この国の貿易拠点であり、観光地でもあったこの街は、旅行車の普及にあわせて、それで訪問する観光客が増えたのだ。
そのせいで、急激な区画整理や道路整備が行われたという背景がある。
とはいえ、まだまだ馬車も需要がある為、車用の道とは別に馬車用車線が用意されている。
その近代的な街並みの中を、中世的な馬車と近代的な車の両方が走り回っているのは何とも不思議な光景だ。
シグレたちが転移してきた直後は、旅行車が普及しはじめた頃と同タイミングであり、当時はクロス・コーサーは多少のビルはあれど、ここまで近代都市然とはしていなかったのだが……。
それがここ十年ほどで、急ピッチに成長していった。
今もなお成長は止まらず、北も南もお店や建物の入れ替わりが激しいほどだ。
これが恐らくバブル絶頂期というやつなのだろう。
ただの偶然ながら、この街の成長と、転移してきてからの時間経過は連動しているようにも見える。
そういう意味では、嫌でもこの世界で長期間過ごしてきたのだと、目の当たりにさせられているようなクロス・コーサーを、シグレはあまり好きにはなれなかった。
なまじクロス・コーサーへは定期的に足を運んできているので、尚更かもしれない。
シグレは街並みを眺めながら、何とも言えない感慨に耽っていたが、我に返って頭を振った。
(いつもの宿屋でいいか……)
向かうのは北側の街だ。
北は観光客よりも、旅人や船乗り向けのお店が多い。
流旅行者互助協会から、よく贔屓している宿屋への道順はだいたい覚えている。
このルートだけは、大きく変わらないのだ。
変わらないものがある――それは少しだけ、自分の慰めになっているのかもしれない。
途中で、市街循環旅行長車――ようするにバスだ――が配備されてからは、だいぶ行きやすくもなった。
良いタイミングで市街循環旅行長車がきたので、それに乗る。
少しばかり揺られて、すっかり馴染みとなった停車場で降りた。
あとは歩いて十分ほど――
「…………」
――贔屓の宿屋にたどり着いた。
周囲の発展具合と比べると、ややレトロな木造二階建て。
それでも造りはしっかりとしていて、一階は酒場兼宿屋の受付というある意味でスタンダードなお店だ。
鉄筋コンクリート――実際は地球のそれとは別物らしいのだが、シグレには違いがわからない――の建物に囲まれながらも、いかにもファンタジーな雰囲気を醸し出していたお店で、それなりにお気に入りだったのだが……。
「大規模な改装工事をする為、しばらくお休みします……」
入り口のドアに張ってあった張り紙を、呆然としたまま読み上げる。
「あ、シグレさん!」
声を掛けられそちらに視線を向ければ、この宿屋の看板娘がにこやかに駆け寄ってくる。
どうやら定期的にやってくる客として顔と名前を覚えられていたらしい。
「改装するのね」
「はい。まぁ元々の雰囲気が好きってお客さんも多いので、見た目や雰囲気はできるだけ変えずに、宿屋の客室数とか、設備の強化とか、そっち方面をメインにしていく予定だそうです」
「そう」
人好きする笑顔で快活に説明してくれる彼女に、シグレは小さくうなずく。
わざわざ雰囲気は出来るだけ変えないと口にしたのは、シグレも雰囲気が好きで通っていた客だと思われているのだろう。
「もしかして、宿屋をお探しでした?」
「ええ……まぁ、ほかにもアテはあるわ。またね」
とはいえ、泊まれないなら仕方がない。
シグレはくるりと踵を返すと、歩き出す。
「あ、あの……ッ!」
歩き出したシグレの背中に、看板娘の声が掛かる。
「工事が終わったら、また来てくださいねッ!」
帰還するのであれ死ぬのであれ――もう二度と来ない方がシグレにとっては良いことかもしれない。
だが、それをあの看板娘に言っても仕方がないし、変な誤解を与えるようなことも言う必要はないだろう。
とはいえ、素直にその言葉に返答できないシグレは、無言のまま後ろ手に手を振って颯爽とその場を後にすることにした。
その後ろ姿に、看板娘が「やっぱりカッコいいなぁ……」と憧れと熱の籠もった眼差しを向けているのには気づかない。
(……勢いであの場を離れたけど、アテなんてないのよね……。
素直に別の宿の場所とか、聞いておけばよかったかもしれないわ……)
振り返ることなく、姿を隠すように適当な路地へと入ったシグレは、思わず嘆息する。
(さて、どうしようかしらね……)
今入ってきた場所から、先の通りに戻る気は起きない。
ならば、この道を多少進んで、適当な場所から通りに出よう。
そう判断して歩いてみたものの、通りに出るようなわき道が特にないまま、路地を抜けてしまった。
(ここは……観光客――いえ、旅人向けの商業区ね。
ちょうど良いわ。適当なお店に入って、宿屋の場所でも聞きましょう)
それでも、悪くない場所に出れた。
この辺りの商業通りはあまり使ったことはないが、悪くない雰囲気だ。
流旅行者が多そうな店を探す。
そう考えて、シグレが歩き始めてすぐ、突然女性に声を掛けられた。
「あれ? 志紅?」
歳は二十代半ばから三十代前半だろうか。
胸元に、揺れないペンダントを付けたその女性は――
「……ッ!?」
その姿を、顔を確認するなり、シグレは彼女に背を向けて駆けだした。
「あ、ちょっと待ってッ!」
女性の声を無視して、少しでも速く、少しでも遠くへ行きたくて走る。
どうして走り出したかなんてことすら、シグレ自身も良く分からない。
(なんでッ、なんでッ、なんでッ!!
どうしてこんなところで、晴花と会うの……ッ!)
十五年前、この世界へと共にやってきたクラスメイト。
一目見て彼女であるとすぐわかった。
それは、
一番会いたかった親友で、一番会いたくなかった親友だ。
十五年前のままの姿の自分の前に、十五年分の成長した姿で現れた親友。
どこをどう走ったのかわからない。
ようやく走るのをやめたシグレは、それでも足は止められずにさまよい歩き――
やがて……
「あれ? シグレじゃないか」
「あの……どうしたんですか、そんな顔で……」
顔を上げれば、今度は顔見知りの女性流旅行者二人組が、こちらを心配するような眼差しを向けていた。