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3.シグレとクラウズ


 刀禰咲(とねざき) 志紅(しぐれ)

 そう呼ばれていたのは十五年前まで。

 今ではすっかり、シグレ・トネザキだ。


 誰かに名前を名乗るたびに、そんなことを思っているな――などと考えながら、シグレはホープスと名乗る流旅行者(ローディア)と共に、彼が護衛していたという商人の元へと向かう。


 護衛は彼が受けている依頼だし、シグレとしては付き合う理由はない。

 それでも、一緒に来て欲しいと頼まれたので、助けた義理で付き合うことにしただけだ。


 街道を王都方面へと歩いて行くと、薄紫色の髪をした少女が顔色を変えて駆け寄ってくる。


「ホープスッ!」

「ムジカか」


 ムジカと呼ばれた少女は腰のホルスターにハンドガンタイプの候気銃(シーズガン)を下げていることから、銃士なのだろう。


 よほどホープスの心配をしていたのか、無事を喜ぶ顔と、安堵で泣きそうな顔がまぜこぜになっていた。


「途中でシグレさんに助けて貰ったんだ」

「シグレって……あのシグレッ!?」


 ホープスの言葉に、ムジカがこちらを見てくる。

 それに、シグレは面倒くさそうにうなずいた。


「どのシグレか知らないけど、剣より足が有名なシグレなら、わたしね」


 瞬間、ムジカはシグレに駆け寄ってくる。

 そしてシグレの何も持っていない右手を両手で包むと、頭を下げた。


「ホープスを助けてくれて、ありがとう、ございます……ッ!」

「別に助けたつもりはないわ」


 ムジカの手を億劫そうに払って、シグレは肩を竦める。


「そいつが助かったのは、そいつの運が良かっただけよ。

 わたしは通りすがりにいた危ないのを退治したってだけだから」

「それでもッ、ありがとうございますッ!」


 冷めた態度を見せるシグレに、けれどもムジカは屈託なくお礼を告げてくる。

 その様子に調子を崩された心地で、シグレはひっそりと嘆息した。


(結果として、助けてしまっただけなのに……)


 シグレは十五年前にこの世界に意味も理由もなく召喚された集団の一人だ。

 それ以来ずっと地球へと帰還したいと思っていて、同時にこの世界ウェザール・シソナリアなんてどうでも良いとさえ思っている。


 いわゆる冒険者のような流旅行者(ローディア)なんてものになって世界中を旅しているのだって、帰還手段を探す為のもの。


 そして、いつの頃からか、帰れないなら死にたいと――そう思い始めている自分もいる。


 自分が上級流旅行者(ローディア)と呼ばれるようになったきっかけである事件も、死に場所を求めて首を突っ込んだにすぎない。


 凶悪なドラゴン種であれば、自分を殺してくれると思ったのに――そのドラゴンとの戦いで、全滅し掛かっている討伐パーティを見た時に思ったのだ。

 自分はともかく、自分の死にたがりにみんなを巻き込んで死なせるわけにはいかない、と。


 その結果としてドラゴンバスターの称号を得たワケだから、我ながら本当に阿呆(アホ)である。 


 今回もそうだ。

 あれだけ強いレッドネイルグリズリーならば、自分は死ねただろう。

 だが、自分が死ねばホープスも死ぬ。

 自分の自殺に巻き込まれて、他人が死ぬなんて、寝覚めが悪い。


 そう思ったから、首を切り落としていただけなのだ。


 だから、感謝なんていらない。

 感謝なんて、されたくない。


 けれど、そんな胸中はおくびにも出さないように、シグレは訊ねる。


「ま、感謝したいなら勝手にしてなさい。

 それよりホープス。わたしを貴方たちの依頼人に引き合わせるなんて、どういうつもり?」

「偶然とは思いますけど、この道に二匹目がでないとは限らないですからね」

「ふーん」


 ホープスは駆け出しのようだが、それなりに考えているようだ。

 確かに、ここでシグレと別れたとしても、再びレッドネイルグリズリーやそれと同格の魔獣と遭遇したら、彼らに勝ち目はないだろう。


「報酬は?」

「そこは依頼人次第かな。

 オレにできるのは提案までですから」

「そうでしょうね」


 そうして、ホープスとムジカに連れられて、もう少し進むと、双子だと思われる魔候術士(ウェザード)と共に、依頼人だと思われる商人がいた。


 大きめの荷馬車があることから、商品運搬の途中といったところだろう。

 御者席に座っている男は、かなりデキる男といった雰囲気を醸し出している。


「クライ、アイネ! ホープス、無事だったよッ!」


 ムジカが大声を出して二人と依頼人へ駆け寄っていくと、四人は一斉に安堵したような顔をする。


 当のホープスは仲間と思われる二人への挨拶はせず、真っ直ぐに依頼人だと思われる人物のところへと向かう。


 その人物は、どこかボサついた灰色の髪に、緑の瞳、やぼったいメガネをかけた、何となくうだつのあがらなさのようなものを感じる男性だった。

 ボタンを止めずに羽織っている白い上着は、どこか寄れた白衣のようにも見えるし、手荷物を納めているだろう小さなショルダーバッグをたすき掛けしている姿もあって、久々にフィールドワークにでた研究者のようにも見える。


 パッと見だけなら、馬車の御者席にいる男の方が、目の前の男よりも、商人っぽい。


「すみません。戻りました」

「いえいえ、貴方のお陰でここまで逃げられました。ご無事でなによりです。ところで、そちらの方は?」

「こちらは、オレを助けてくれたシグレさんです」

「もしや、黒閃姫(こくせんき)さんで?」

「そう呼ばれるコトもあるわね」


 シグレは淡々と応じ、うなずく。


 黒い髪をなびかせ、光属性の武候術(アーツ)で戦う姿から、そういう名が付いたらしいというのは知っている。

 とはいえ、自分の二つなど、あまり興味はなかった。


「申し遅れました、私は密林商会の商会長をしておりますクラウズ・スプールと申します」

「名乗る必要はないと思うけど、シグレ・トネザキよ」


 クラウズに名乗り返してからシグレはやや目を眇めた。


「密林?」

「店名になにか?」

「いえ……少し由来が気になっただけ」


 やや濁したように答えると、クラウズは合点がいったようにうなずいた。そのメガネの奥の緑色の瞳が鋭く光ったのは気のせいだろうか。


「何でも妻の故郷では世界で一番大きい商会だったと聞いています。世界中で利用者がいたとか。

 この辺りでは聞かない名前なので、それに(あやか)って付けたんです」


 世界中に利用者がいるのに、この辺りでは聞かない名前?

 だとしても、大陸中を歩いていた自分が、知らないわけがない。


「矛盾した由来ね」


 シグレが呟くようにそう口にした時、ホープスが一歩下がったのが見える。

 意識はしていなかったが殺意ほどではないものの、冷たい気配を放ってしまったようだ。


 一方で、それを真正面から向けられているはずのクラウズは、怯えることなく、首肯した。


「ええ。小さく考えればそうですね」


 胸を張って由来を語る姿は、妻と店を自慢しているようにも見える。だがそれと同時に、こちらも探られているようで面白くない。


 クラウズと話をしていてわかったことはある。

 彼の妻は――恐らく、自分の知り合いだ。

 十五年前の転移で、この世界にやってきたクラスメイトの一人だろう。


(妻、ね……)


 それはつまり、この世界で骨を埋める覚悟をした者の肩書きだ。


 あのエセ神が、シグレに与えた天候才(ギフト)は【不老】。

 それによって、当時のまま歳を取らなくなった自分は、見た目が変わらないのと同じように、思考や精神もきっと当時のままなのだろう。

 だから望郷の念は消えないし、この世界に馴染めない。馴染もうとも思えない。

 望郷(ぼうきょう)(しの)びながら、帰れないなら、いっそ死ぬのも悪くないとまで考えてしまっている。 


 彼の妻は、そんな自分とは真逆の生き方を選んだのだろう。

 自分のような自殺志願とは逆に、覚悟と希望に満ちた生き方を選んだのだろう。


(諦めも覚悟も中途半端なわたしとは大違いね……)


 姿も心も大人になれないのが自分だ。

 きっと彼の妻は、姿も心もすっかり大人になってしまっていることだろう。


 胸中で自嘲していると、クラウズが訊ねてくる。


「ところで、シグレさんはSAI(サイ)はお持ちで?」

「持ってるけど?」


 シグレは、やや訝しみながらうなずく。


 SAIとはSeasistal technology Artistic Intelligent Tarminalの略称であり通称だ。

 正式名称を無理矢理訳すなら、シージスタル技術の粋を尽くした芸術的情報端末――だろうか。


 身も蓋もなく言ってしまえば携帯電話のことである。

 シグレからすると親の世代の方が馴染みが深いだろうガラケースタイルの携帯電話ではあるが、シグレたちが転移してくる前からそれが存在しているのだ。


 その時点では高級品だったし、ここ十五年経って価格は下がってきたとはいえ、まだまだ高価な代物。

 富豪層や貴族、シグレのような稼ぎの良い流旅行者たちが、主な所有者となっている。


 もちろん――というか何というか――通話だけでなく、メール機能も所有していた。


「連絡して欲しいところがあるのですよ」

「……貴方は持ってないの?」


 背後でホープスたちが、SAIを持ってるのかすげー! などと盛り上がっているを無視して、シグレはクラウズに訊ねた。


 彼は申し訳なさそうに肩を竦めて、肯定する。


「実は私のモノは修理中でして……今、手元にないんですよ」


 つまり密林商会は、会頭がSAIを持てる程度には稼げているということだろう。とはいえ今現在は持っていないのだから、仕方がない。


 シグレは嘆息混じりに訊ねる。


「どこへ掛ければいいの?」

「それはもちろん、王都とクロス・コーサーの流旅行者(ローディアンズ)ギルドへ」

「……そうね。確かに必要だったわ」


 SAIを持っていながら思い至らなかったのは、こちらの落ち度と言えるだろう。


 血染め爪のグリズリーの出現は、この街道の利用者にとってはかなりの脅威になる。

 双方の街のギルドマスター辺りへ報告して、それぞれの街の上層部との情報共有は必要なはずだ。


 シグレは、最新型の折りたたみ式SAIを取り出し、開いた。

 赤いボディに黒いラインの入ったこの色合いとデザインは割と気に入っていた。


 それを見たホープスたちがまたも、「最新型だすげー!」「折りたためるのカッコいいよな!」などと騒いでいるが無視をする。


 まず王都シュト・スプリンドのギルドへと連絡を入れる。


 SAIと地球の携帯電話との一番の違いは中継基地が必要ないことだろう。


 この世界を満たす独自エネルギーである天候力(オルシーズ)

 SAIはそれに干渉して情報をやりとりしているそうだ。そのエネルギーが自分のSAIと相手のSAIとの間で途切れることなく繋がっていれば問題ないらしい。


 その動力は、武候術(アーツ)魔候術(ウェザー)に用いられる、生物が内包するエネルギー、内候術(オフシーズ)。それを利用している為、バッテリーという概念がない。


 武候術(アーツ)魔候術(ウェザー)を使う要領で、SAIに内候力(オフシーズ)のチャージができるのだ。

 その為、余力がある時にチャージしておくことで、ほとんどバッテリー切れが発生しないというのは、地球人からすれば驚く他無い。


「……ええ、わかったわ」


 連絡を終えたシグレは、面倒そうに息を吐きながらSAIをしまってクラウズの方へと向き直る。


「……クラウズさん。貴方はどっちに行く予定なの?」

「クロス・コーサーですが、どうかしましたか?」

「貴方の護衛よ。スプリンドのギルドがお金を払うから、ホープスたちと一緒に貴方を街まで連れて行けだって」

「それは助かります」


 ニコニコとうなずくクラウズに、シグレは舌打ちしたくなるのをグッと堪えた。


 その様子からして、恐らくクラウズは気づいているだろう。

 シグレが、彼の妻と同じ異世界人であるということを。

 ついでに言えば、彼は間違いなく異世界について妻から聞いている。となれば、そのクラスメイトの話を聞いていないわけがない。


 クラウズは、恐らく自分と妻を引き合わせたいと考えている。


 しかし、地球への未練タラタラな自分が、この世界で生きる覚悟を決めた彼の妻と会うのは後ろめたさがあるのだ。


(彼の奥さんが誰か知らないけど、あまり会いたくないわ。

 街についたらとっととギルドへ逃げる……それしかないわね)


 ……そんなことを考えながら、この思考そのものがフラグな気がする――と、胸中でうんざりとした。


「そういえばクロス・コーサーへの連絡は?」

「スプリンドのギルドがしてくれるって話だけど……念の為しておくわ」


 元々クロス・コーサーへは向かう予定だったのだ。

 余計な旅の連れが増えただけで、向かう場所は予定通りである。


(そう、予定通り。

 予定の変更をするのであれば、この辺りで帰還のヒントを探す期間を縮めるだけよ)


 連絡を終えたシグレは、ホープスたちを交え、クラウズの護衛計画を話し合いながら、頭の中でスケジュールの変更するのだった。


少し時間を空きそうですが4話も本日中に公開予定です٩( 'ω' )و

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