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26.瞬抜清澄刃・諦観一閃


「ふざけるナァァァァァ――……!!」


 踏み込み、襲いかかるミラリバスを見据えていたシグレの集中力が、一瞬にして極限まで研ぎ澄まされていく。


 纏うオーラと同じく、集中力も心も魂すらも澄み渡る。


 青空と白雲を思わせるオーラの本流はやがて落ち着いていき、目に見えなくなると、その鞘の中で出番を待つ刃の上へと乗っていく。


 鞘の中で、刀身がオーラと同じく澄み渡る輝きを放ちだしているのを実感する。



 やがて――



 シグレの世界から音が消える。

 シグレの世界から色彩が消える。

 シグレの世界のすべての動きが緩慢になる



 あるのは――ただ斬るという意志のみ。

 ()えるのは――ここを斬るべきという直感が示す太刀筋の軌跡のみ。



 斬れる。直感ではなく確信。

 斬るという強い意志が刃に乗る。



 刮目せよ――


 

 これなるは清澄(せいちょう)の刃。


 諦める覚悟を持って生きる選択を選び取り、

 諦めぬ覚悟を持って死地を踏み越える、


 澄み渡る魂が未来へ至るべく抱く、

 覚悟と諦観(ていかん)の意志。


 その意志を刃に変えし抜刀術。

 名付けるならば、瞬抜(シュンバツ)清澄刃(セイチョウジン)



 ――これが――


 目の前に迫り来るミラリバスではなく、未来で両断されたミラリバスを視て、シグレは一歩踏み出す。


 チカラは強くもなく弱くもない。

 余計なチカラは一切入らず、必要以上に抜けたチカラもない。


 力まず、緩まず。

 ミラリバスを斬るための動に、心・技・体のどれを一つとっても無駄がない。


 理想を越えた理想の踏み込み。

 理想を越えた理想の抜刀。


 刃が鞘走る。


 青空と白雲が煌めく。



「斬」



 静かな呼気が、喉の奥から涼風のように吹き抜ける。



 ――蒼空白刃(そうくうはくじん)諦観一閃(ていかんいっせん)(きら)めき(なり)



 清く澄み渡る(やいば)が、ミラリバスを一閃した。



 残心の姿勢から、血ではなく、刀身についた空色の軌跡を振り払うように剣を軽く振ってから、納刀する。


 その直後、腹部から上下に分かれたミラリバスが、地面に転がる音がした。


 空色の残滓が舞う中で、シグレはその音の方へと振り返る。


「いたイ、いたイ、いたイ、いたイ……!」


 血こそ出てないものの顔を歪ませ、子供のように泣きわめいている。

 そして、その断面は金の粒子となって少しずつ消えていっていた。


「消えたくなイ、消えたくなイ、消えたくなイ……!」


 シグレは、冷めた目でそんなミラリバスを見下ろしていた。


「再生しなイ。元に戻らなイ。消えていク! なんなんだヨ、今のハッ!!」


 涙で顔をくしゃくしゃにしているミラリバスに、シグレは小さく息を吐く。


「気になるなら教えてあげるけど」


 シグレとて完全に把握はできていないものの、何となく理解はできたチカラ。

 恐らくは、この世界の人間では持ち得ないチカラ。


「色々と呼び名はありそうだけど――そうね。分かりやすい言葉で言えば『気』ってやつじゃない?」

「……キ?」


 そんなチカラは知らないと、ミラリバスは戦慄する。


「わたしも完全に理解しているワケじゃないわ。でも地球人が候力(シーズ)の代わりに体内に宿している生命力の一種だとは、何となく理解できてる」

「なんダ、それハ……」


 理解できないと、そんな顔をするミラリバス。


「それがどうしテッ、ボクを斬っテ、傷めつけルッ!?」


 その理由はシグレも分からない。

 ただミラリバスに効きそうだから、使っただけだ。


「それは、この世界の理から外れたチカラ故にだ」


 どうしたものかと思っていると、自分でもミラリバスでもない男の声が現れた。


「ア、ア……お前、ハ……!」

「我が不在の間、好き勝手してくれたなミラリバス」

「天命神ウェザロッソ……!!」

「多忙故にこの世界の管理が甘くなっていたのは我の落ち度だ。だが、貴様のしたコトはそれで済ませるつもりはない」


 どうやら、本物の神様らしい。

 そんな神様に対して――


「待て、人間の女よ。なぜに鯉口(こいくち)を切る」


 親指で(つば)を押し上げて、鞘から僅かに刃を見せた。


「わたしたちの不幸の原因は、あなたの怠慢みたいなので」

「……そう指摘されてしまえば、言い訳のしようはないな」


 降参するように両手をあげるウェザロッソ。

 どうやら、話の分かる神であるようだ。


 シグレは安堵したように息を吐き、剣を納める。


「……あ、れ」


 同時に、ふらりと身体が揺れてウェザロッソの方へと倒れ込む。


「おっと」


 ウェザロッソはそれを受け止めて、顔を顰めた。


「いくら不変の天候才(ギフト)があるとはいえ、キミは良くこの状態で生きて戦っていられたな……」


 呆れとも驚きとも似つかない声を漏らしてから、ウェザロッソはシグレに手を(かざ)す。


「まずは傷を癒そう」


 その言葉の通り、シグレの全身から傷が消えていき、痛みが和らぐと、やがてなくなっていく。


「次に疲労だ」


 身体が軽くなり、頭痛や吐き気のようなものも落ち着いていった。


「どうだ?」

「……ありがとう。一瞬で治るのね」

「一応、神だからな。そのくらい出来ねば、この世界の民に顔向けできまい?」


 その様子は間違いなくミラリバスを放置してしまっていたことに対する罪悪感があるように見えた。

 多忙と口にしていたし、神の都合というのもあるのだろう。


 必要以上に追求しない方が良い気がして、シグレは小さく息を吐きながら、ウェザロッソから身体を離す。


「ウェ、ウェザロッソ……! ボクハ……!」

「キミはやりすぎた。かつて勇者相手に逃げ出した時に反省したのかと思っていたが、そんなコトはなかったようだしな」


 そう口にすると、ウェザロッソは銀色に輝く球体のようなものを作り出す。


「今のキミを消滅させるのは簡単だ。未来永劫再生できぬよう封印もできる。

 だが、これまでのキミの言動や行動を視るに、その程度で済ますワケにはいかなそうだからな」


 ウェザロッソの作り出した球体を見、ミラリバスの顔が一気に青ざめていく。


「キミの意志と理性を残したまま、道具に変えよう。

 再生や解放が絶対に不可能になるよう、不可逆の刻印をした上でな。

 キミの鏡の魔神としてのチカラを、我や我の友人たちが好き勝手引き出す。それをもって人間や様々な世界を救うための道具となるのだ。

 キミがもっとも嫌う感謝と信仰をたくさん得られる。そんな神器の一つとしよう。良い罰だろう?」


 子供のような泣き顔から、本気の恐怖を覚えている泣き顔に変わったミラリバスが、シグレを見る。


「ト、トネザキ・シグレ……! 謝罪すルッ! キミたちには謝罪をするかラッ! 助けてくレッ! 頼ムッ!!」

「ミラリバス。あなた、この戦いに勝った時にわたしたちをどうするって言ってたか、自分で覚えてないの?」

「覚えていルッ! 調子に乗っていたのは認めルッ! だかラ……!!」


 必死なミラリバスを見ているのは楽しいのだが、このまま話が進まないのも面倒だ。

 ウェザロッソに対して、神なら心を読むくらいはしろよ――そう思いながら、シグレはウェザロッソに訊ねる。


「ウェザロッソ。一応確認するんだけど」

「なんだ?」

「やめない?」

「やめない」


 その言葉にシグレは大きくうなずき、とても良い笑顔をミラリバスに向けた。


「説得できなかったわ。己の無力を恥じ入るばかりね」

「微塵も恥じてない顔をしているヨ!!」

「そりゃそうでしょ。とっとと失せろよクソ野郎」

「え?」


 次の瞬間、シグレは神速の抜刀から、ミラリバスの首を刎ね、刃を戻す。


「え?」

「まずは有言実行ね。貴方の首を刎ねてくるって、みんなと約束したし」


 告げて、それから――と、言葉を付け加えながら、再度の神速抜刀。

 今度は一瞬にして微塵に刻むが如く連続斬撃を繰り出す。


「う、わ、わ、わ、ワ……!?」


 続けて――剣を納めるなり、その破片の全てをウェザロッソの作り出した銀色の球体の中へと蹴り入れる。


「……だいぶ過激だな、人間の娘よ」

「神ならわたしが――わたしたちがそいつに何をされたのか察しなさいよ」

「後ほど見せて貰おう」


 ウェザロッソはどこか顔を引きつらせた様子で、うめくようにうなずいた。


 それから銀色の球体は小さくなっていき、その形が変化していく。

 やがて、まるで魔法少女のステッキのような、先端に可愛い鏡のついた杖へになる。


「ふむ。問題なくアイテム化できたな。中で色々と騒いではいるが、神でもなければ聞こえぬ声だ。問題はなさそうだな」


 自業自得のミラリバスの顛末とはいえ、あの杖の中で意志だけが残っている状態というのはゾっとしない。


 自分がそうなったら――というのを想像して、シグレは小さく身体を震わせる。


「人間の娘よ。欲しいならくれてやるぞ。名付けるなら天魔(てんま)鏡杖(きょうじょう)。いるか?」

「いらない」


 即答する。

 中にミラリバスがいるという時点で、使いたくなかった。例えミラリバスが一切の干渉をしてこないとしても、おぞましさしか感じない。

 あと、魔法少女ステッキ感が強すぎて、日本人で使いたい人は少なそうである。


(いや、欲しがりそうなのに心当たりはあるけど……)


 クラスメイトの顔を思い出して、少しだけ苦笑する。


「そうか。ミラリバスを討伐せし偉業の報酬が必要だと思ったのだが……。

 ふむ。では何か願いを叶えてやるとするか。願望の内容によっては断るかもしれぬが」

「願い……ね」

「キミが望むのであれば、不老や不変の天候才(ギフト)を消してやるコトもできるぞ?」


 少し前であれば、その提案に乗っていたかもしれない。

 でも、今のシグレにはあまり魅力的な提案に思えなかった。


「願いを叶えて貰う前に確認したいのだけど、ミラリバスに作り出されたわたしたちってあやふやな幻影だったりするの?」

「……そうだな。ミラリバスの造り方があまり上手くない故に、キッカケ次第ではほころびが生じ消滅してしまう可能性はある」

「そう」


 シグレは小さく息を吐く。

 それを知れただけで十分だ。


 ならば、叶えるべき願いは一つのみ。


「あやふやなままは困るわね。この世界で生きる覚悟を決めたみんなが、意味も無く消滅しちゃうなんて我慢できない。

 だから、わたしたちの存在をちゃんと確固たるものにして欲しい。突然消えちゃったりしないように――それが、わたしの叶えて欲しい願いよ」

「いいだろう。天候才(ギフト)や身体のつくりは今のままで良いのだな?」

「ええ。それを受け入れてこの世界で生きる覚悟を決めてる人がほとんどだもの。急に変わってしまってもきっと困るわ」

「了解した。ではそのようにしよう」

「それと――」

「願いは一つだけにして欲しいが」

「分かってるわよ。単に帰りたいから出口を教えてほしいだけよ」

「ああ。それなら我が出口を作ろう。どこか行きたいところはあるか?」

「なら、クロス・コーサー……辺りの戦場かな。スタンピードが終わってないようなら、加勢したし」

「心得た。ではこの扉をくぐるといい」


 そうしてどこからともなくピンク色の扉が現れる。


「……なんでピンク?」

「地球の、特に日本人は転移用の扉にこのようなイメージを抱いていると聞いたのだが?」

「…………まぁいいんだけど」


 小さく嘆息して、シグレは扉のノブに手を掛けた。


「人間の娘――シグレ・トネザキよ」

「なに?」

「改めて謝罪を。すまなかったな。

 そして改めて感謝を。ミラリバス討伐、ありがとう」

「気にしないで。降りかかる火の粉を払っただけよ」


 ドアノブを回し、開けたところで、シグレはふと思ってウェザロッソを見る。


「あ、そうそう。

 多忙なのは分かるけど、もうちょっと管理してちょうだい。こういう迷惑はこれっきりにして欲しいわ」

「ああ。無論だ」


 ウェザロッソがうなずくのを確認して、シグレは後ろ手に手を振りながら、ピンク色のドアを(くぐ)るのだった。



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