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25.鏡の魔神へ送るディエス・イレ


「ここまでやられて諦めないとカ、さすがに馬鹿じゃないノ? 地球には帰れないって分かっただろウ? 諦めて現実を受け入れた方がラクになるヨ?」

「そっちはとっくに諦めてるわよ」

「じゃア、何を諦めないって言うんダ?」


 居合いの構えを取るシグレを見て、ミラリバスは呆れと苛立ちの混じる様子で、言い放つ。

 それにシグレは余裕げのある笑みを浮かべて、しっかりと答える。


「生きるコトよ」

「なんだっテ?」

「ミラリバス。わたしを殺せるチャンスに殺さないでくれてありがとう。あなたがわたしよりも馬鹿な道化だったコトに感謝したいほどよ」


 軽口を叩くものの『死中活成』によって成長しているとはいえ、先ほどのミラリバスの言葉通り、体力や怪我の回復はあまりしていない。


「わたしは生きるコトを諦めない」


 気力だけで立っているようなモノだし、正直言って気を抜けば意識を失いかねないほどに苦しくてグラグラする。


「――とっておきの一撃をあげる。とっておきなさい」

「いいだろウ。その一撃すらムダだって理解させた上でぶっ壊してあげるヨ。

 そしたラ、意識と理性を残したまま肉体をボクの操り人形に変えテ、クラスメイトたちを一人一人その手で殺させてやル!

 ボクをコケにしたんダッ、今後のキミの人生の全てをボクのオモチャとして利用してやるヨ!!」


 叫び声をあげたミラリバスを中心に、空間が歪んで宇宙を思わせる何かが広がっていく。


 それはミラリバスとシグレを飲み込むと、収縮していき、二人は遺跡から姿を消した。




 ミラリバスが広げた空間に飲み込まれたシグレは、周囲を見回し――やがて、どうでも良さげに息を吐くと、改めて構えた。


 夢の中で見た、宇宙のような場所だ。

 足下に水面のような波紋が広がっているのも含め、自分が全裸でないことを除けばほとんど同じようである。


「本当に動じないネ。腹立つくらいニ」

「なら、あなたはココが何なのか教えてくれるの?」


 そう訊ねれば、ミラリバスは答えるだろうとシグレは踏んでいた。

 この自称神の代行者は、こういう時にマウントを取ろうとするのを生きがいにしているようなのだ。


 隙を見せれば嬉々として語ってくれることだろう。


「いわば神域。神やそれに近い者しか踏み入れられない領域だヨ。

 今は神様が不在だからネ。ここへ出入り出来るのはボクくらいじゃないかナ?」

「ふーん」


 興味なさげに相づちを打つと、ミラリバスが顔を(しか)める。


「まかり間違って万が一でもキミがボクを殺そうモノなラ、キミは二度とここから出れないんだヨ! だから焦ってヨ!」

「つまり、別にあなたがパワーアップするような空間じゃないのね。昔の特撮モノにあった怪人がパワーアップする不思議空間的なモノでないなら、別にどうでもいいわ」


 もっともパワーアップしようとも、やるべきことは何一つ変わらないのだが。

 それを口にする気はシグレにない。


「この領域にハッ、世界を満たす天候力(オルシーズ)が存在していなイッ!

 候力(シーズ)を抽出して体内に取り込めないかラッ、内候力(オフシーズ)は回復できなイッ!

 その体内に残っている僅かな内候力(オフシーズ)だけデッ、ボクを倒せると思ってるのカッッ!?」

「思ってるわよ」


 使えないなら使えないでそれでいい。

 使えないなりの一撃を放てればそれでいいのだから。


「倒したところでここで一生を過ごすハメになるのニ?」

「その一生を費やしてでも出口を探すわ」


 倒したあとのことは、倒したあとに考えればいい。


「そろそろ疲れたから終わりにしたいのだけれど、いいかしら?」

「はははははハ! そうだよネ! じゃあお望み通り殺してあげるヨ! その後ハ、ボクのオモチャになるから休めないだろうけどネ!!」

「そうじゃなくて」


 楽しそうなミラリバスに冷や水を掛けるように、冷めた言葉をシグレが向ける。

 喋るだけで全身が悲鳴をあげるのだが、倒す前に言いたいことを全部言っておきたい気分なのだ。


「あなたの相手をするのが面倒くさくなってきただけ。何かとマウント取ろうとしてきて、鬱陶しいじゃない。あなたって」

「…………」

「声もうるさいし、喋り方も気持ち悪いし、何より存在が鬱陶しい。神の代行者か何か知らないけど、あなたの存在そのものに価値を見出せないの」

「…………」


 さっきも思ったのだが、やはりミラリバスは煽られなれていないのだろう。

 そうでなくとも、マウントを取られたり、馬鹿にされたり、見下されたり――そういうものへの耐性がなさ過ぎる。


「飽きもせずストーキングしては嫌がらせをしてきて……。

 お気に入りをいじめる仕草とか、好きな子にはちょっかいをかける精神的なモノかなんか知らないけどさ。

 そういうの令和になった今じゃあ流行らないわよ――っていうか、そもそもわたしたちが生まれる前の時代から、昭和どころかそれより前から、だいたい嫌われる仕草だったと思うのよね」

「…………」


 だからシグレの口も滑らかに毒舌を浴びせていく。


「嫌よ嫌よも好きのうちとか、ラブコメ出来る関係性がそこにあるならいざ知らず、そうじゃないならマジで心底、徹底的に、根幹的に、根源的に、嫌いってだけでしかないの、そういうのいい加減、理解しないさいよ。

 ――っていうか、あなたってこの世界に必要なの? やってきたコトも、やってるコトも、言動も立ち回りも、無意味で無価値なモノばかりに思えたんだけど?」

「…………」


 辛辣な評価や悪口(あっこう)に、表情が無くなっていくミラリバスはなかなか愉快である。


「わたしに――わたしたちに対して色々言ってくるけど、(ひるがえ)ってあなた自身にはなんの価値があるの? っていうかあなたって生きている意味あるの? 生きている価値あるの?」

「…………」


 フリーズしているのか、理解が追いついてないのか、固まったままのミラリバスに対するシグレの言葉は止まらない。


「持てるチカラで嫌がらせをして、マウントをとって、上から目線で哄笑(こうしょう)して。それしか出来ないヤツとか、人とか神とか以前にクズでしかないじゃない?

 敵対関係だろうと、あなたと繋がりがあるって噂されでもしたら、それだけでも恥ずかしくなるってものよね」

「…………つまリ、何が言いたイ?」


 ミラリバスがようやく開いた言葉はそれだ。

 それしか口に出来ないミラリバスに対して――なんとなくシグレは興味ない男子から告白された時のことを思い出しながら、最後の言葉を告げる。


「わたし、あなたのコトが大嫌いなの。神どころか人間としても、生命としても……いえ存在そのものが受け入れられない。あなたへの脈なんて一生ありえないのよ。だから諦めてほしい。ごめんなさいね」


 シグレは言うだけ言うと、話は終わったとばかりに精神の集中を始める。

 余談だが、さすがのシグレも、告白してきた男子にこんな言葉を返したことはない。ミラリバス限定の返しだ。


「…………」


 言うだけ言って黙ったシグレに対して、ミラリバスは表情のない顔を向けて立ち尽くしている。

 戸惑っていると言ってもいい。


 自分にここまで言い返してくる相手というのが初めてだったというのもある。


 だがそれ以上に――今日のシグレとの戦いは、ミラリバスが理解できないことばかりなのだ。


 芯がブレない。精神が壊れない。心が折れない。

 痛みに屈しない。煽りに揺れない。現実に打ちのめされない。


 つい先日までは簡単に弄べるような脆い精神構造をしていたのに、何があればこんな強固な精神構造へと変質するというのだろうか。


 こんな人間は初めてだ。

 いつぞや敵対した勇者と呼ばれている人間ですら、多少なりとも効いたというのに。


 今目の前で精神統一をしているシグレは隙だらけのはずなのに、一歩踏み込めば斬られてしまいそうな凄みを感じている。


 ミラリバスとしては斬られたところで問題ないはずなのに。


 チリリと、足の付け根に僅かな痛みを感じた。

 ズボンの一部が斬られ、その先が薄皮一枚切れて小さな傷ができている。ここが痛みを発したのだろう。


(……痛みヲ、発しタ……?)


 シグレが存在しない剣を構えて振るった技。

 それによって裂かれた場所だったはずだ。


(痛みもそうだガ……ッ、どうしテッ、ズボンが切れていル? 傷が出来ていル!? あの時、本物の剣は振るわれていないはずなのニ……ッ!)


 思い返せば、夢の中で煽った時もそうだ。

 夢の中では生まれたままの姿で、文字通り隠し武器のようなものすら持てない中で、自分を傷つけて痛みを与える技を放ってきた。


(トネザキ・シグレハ……ボクを倒す手段ヲ、神を傷つける手段ヲ……何かしら持っているのカ……)


 無意識に、半歩足を下げる。

 それは明確な恐怖から来るモノであると、ミラリバスは気づかない。


 得体の知れない感覚に身体が支配されかかっている中、ミラリバスはふと気がついた。


「お前、それはなんダ……?」


 ミラリバスの指摘に、シグレは興味もないのか反応もない。


「そんなもノ、ボクは知らなイ……!」


 シグレの左手の甲。ミラリバスが与えた、この世界で生きるのに必要な核。

 それが、候力(シーズ)とは異なるなんらかのチカラを放っている。


 だが、そのチカラは、ミラリバスにとっても未知なるもの。理解の埒外(らちがい)にあるものだった。


「なんダッ、それハ……!?」


 しつこく問いかけてくるミラリバスの様子を見て、シグレもようやく自分が何か起こしているのかも――と気がついて、目を開ける。


「ああ、これがそうなんだ」


 漠然と、シグレは理解する。

 左手の甲にある核を中心に、自分の中にあるチカラが制御されている感覚。


 天候力(シーズ)とは異なる、自分の内側に存在する、生命を象徴するチカラ。


 蒼穹のように澄み切った青を放つ不可解なオーラ。

 そこに核が元々宿していた光属性の白い内候力(オフシーズ)が混ざり、まさに青空と白い雲を思わせる美しいオーラと化している。


 そんな自分の姿を見ながら、落ちついた様子でシグレは口を開く。


「この土壇場で、ここまでハッキリと制御できるようになるなんて思わなかったな」


 ミラリバスに答えているというよりも、独り言に近い言葉。

 シグレのその様子を見て、ミラリバスもまた漠然と理解した。


 未知なるチカラ。

 恐らく元々シグレはそれを持ち得ていた。

 うまく制御はできていなかったようだが。


 しかしその制御は、今ここへ至って完成したらしい。


 どうして急に完成したのか。

 そんなものは決まっている。


「死中活成……!」


 ミラリバスが娯楽のために与えたチカラが、今この瞬間に、ミラリバスに牙を剝いている。


「ふざけるナ……」


 殺せる時に殺さなかった故の、ミス。

 いや、そもそもその程度などミスではなく、ミラリバスはいつものように人間で遊んでいたにすぎない。


「ふざけるナ……」


 ミラリバスは認められない。認めるわけにはいかなかった。

 自分の娯楽が、自分を追い詰めるなど、認めて良いワケがなかった。


「諦めて現実を受け入れた方がラクよ、ミラリバス」


 分かってて口にしたのか、偶然の一致なのか。

 この瞬間のミラリバスにとって、シグレの言葉は致命的な一撃であったと言える。


 だからこそ――


「ふざけるナァァァァ――……!!」


 ミラリバスは、現実を否定するように、今日一番の踏み込み速度を持って、今日一番のチカラの籠もった拳を振りかぶった。


 ……シグレは、極限まで研ぎ澄まされた感覚でそれを見据えながら、全身に必要最低限の力を込めた。


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