23.不死身の敵に挑む
「ト・ネ・ザ・キ・シ・グ・レぇぇぇぇぇェ……ッ!!」
ミラリバスはブチギレながら立ち上がる。
直後に、シグレに向けて拳を放つが――
「…………」
シグレはその動きに反応して、カウンター気味に抜刀。
しかし、刃はミラリバスの身体の表面で止まった。
「急に硬くなるじゃない」
「いつまでもいいようにやられてるワケがないだろウ!!」
癇癪じみた大声と共に、ミラリバスを中心に轟という音を伴った突風が吹き荒れる。
「ちッ」
放たれた風のあまりの勢いに耐えられなかったシグレは、舌打ちしながら大きく飛び退く。
外へ向けて放たれた風は、やがてその向きを変え、ミラリバスを中心として集まり渦を巻き、その姿を隠すほどの竜巻となった。
「いつまでも調子に乗るなヨ!!」
ミラリバスがそう声を上げると、突然風が収まり、竜巻が晴れる。
その中から現れたのは、紳士的な見た目を捨てたミラリバスだ。
身長は二メートル越えにまでなり、全身の筋肉は丸太のように太くなっている。
その様子は、ボディービルダーか重量級プロレスラーのようだ。
それに伴って、上着は完全に消し飛び裸のようになっており、スラックスは腰回りだけがかろうじて残りピチピチのボクサーパンツのような有様だ。
頭のシルクハットだけはこれまで通りに残っているのが、滑稽といえば滑稽か。
「神様を自称するわりに、パワーアップ後の姿がやられ役のそれなのね」
「見た目がひどいのは認めるヨ。でもネ……」
瞬間、ミラリバスの姿が消えたかのように錯覚する。
「!?」
気がつけば目の前にいる。
先ほどやられた瞬間移動じみた動きよりも、さらに速い。
ミラリバスの拳が上から下へと振り下ろされる。
咄嗟に避けると、ミラリバスの拳は石畳を砕き、その下の土を大きく凹ませた。
だが、拳を振り下ろした直後というのは間違いなく隙だ。
シグレは内候力を練り上げて、超強化した蹴りを放つ。
しかし、それは直撃したにも関わらずミラリバスは微動だにしなかった。
煽るように舐めた言動を繰り返していたが、その強さを舐めていたつもりはなかった。
故に、人間相手ならオーバーキルになりかねない――ドラゴンすら殺せるかもしれないほどの威力の蹴りを繰り出したつもりだったのだ。
だからこそ、直撃しているのに微動だにしないミラリバスに、シグレは僅かに動揺する。
「効かないんだヨ!!」
その動揺の隙に、ミラリバスの拳がねじ込まれる。
「……がッ!?」
端から見ている者がいたら、突然シグレが消えたかのように見える光景。
殴られたシグレは、勢いよく吹き飛んでいき、石壁をいくつか粉砕してから、地面を滑り転がっていくと、大きな木にぶつかったことでようやく止まる。
「弱いくせにイキがるなヨ……人間ッ!!」
煽る声にキレがない。
ただただ怒りを滲ませるような声だ。
シグレは痛みに耐えながら立ち上がって、嘲るような笑みを浮かべる。
「顔は真っ赤だし、声は必死すぎて笑うんだけど」
正直、強がりだ。
骨こそ折れていないものの、全身が痛い。
内候力による身体強化が上手くできたので、骨折や重傷を避けれただけで、痛いことには変わりない。
それでも、剣を手放さなかったのは僥倖だ。
(速くて重い……シンプルな動きがそれだけ強いわね。
まぁ、相変わらず型みたいなのは一切ないんだけど……)
技術や技量などは無く、純粋なスペックを振り回すだけの戦い方をしているのがミラリバスだ。だが、それだけで驚異的なくらい強い。
(でも攻撃の速さも、重さも、問題じゃあない。問題は硬さ。そして不死性)
パワーアップしてムキムキになっているとはいえ、あの謎の再生力が無くなったりはしていないだろう。
動きにどれだけ対応できようとも、そこのタフネスをどうにかしなければ、シグレに勝ち目はない。
(そもそも斬っても蹴っても痛がらないのよね、コイツ……)
根本的に手応えがあるのにダメージが通らないのだ。
(もっと痛がって転げ回って欲しいところだけど……)
どうすれば痛みを感じるのだろうか。
(……痛み? 痛みか。そういえば……)
夢の中で現れたミラリバスを心剣抜刀で斬った時、痛がっていた気がする。
(試すか)
口の端から流れる血を親指で拭って、居合いを構える。
それも心剣による構えだ。
「何をしようとしてるか知らないけドッ、全部ムダなんだヨォッ!!」
地面を凹ませる勢いで地面を蹴ったミラリバスが、高速で躍りかかってきた。
だが、先ほどと異なり一度その速度を見ているので、シグレは慌てることなく相手を見据える。
「死ネッ!」
「疾ッ!!」
振り下ろされる拳を躱しながら、シグレは心剣を抜き、鋭い呼気と共にミラリバスの脇を払い抜けた。
「夢の中じゃあるまいシ、そんなのが通用するわけがないだろウ?」
心底から馬鹿にするような口調で言いながら、ミラリバスはこちらへと振り向く。
「そうでもなさそうだけど」
強がりでもなんでもなく。
手応えを感じたシグレが、そう告げながらミラリバスへと向き直る。
「何を言ってるんだイ?」
ミラリバスが首を傾げると同時に、ボロボロのズボンの一部が裂けた。
その下の薄皮も少しばかり切ることができたようだ。
「この程度で喜んでるノ?」
「そうよ」
本物の剣でなくともミラリバスは斬れるのだと分かったのだ。
そして、そのことの意味をこの道化の神は理解しなかったのだから、頭もあまり良くなさそうだ。おかげで勝利の軌跡が見えてきた。
「それじゃあ、次を試しましょうか」
今度は普通に居合いを構える。
ただし、候力に関係するチカラの類いは一切使用しない。
繰り出す技は、瞬抜刃・白刃一閃。
鋼甲変玉蟲を倒した、純粋な技量による斬鉄の技。
「次なんてないんだヨ!」
常識を越えた速度で踏み込んできて、常識を越えた胆力による拳が振るわれる。
(だけど、それだけだ)
動きは単調。
踏み込んできて殴る。あるいは蹴る。
恐らくミラリバスはそれしかできない。
だから、完全に動きを見切れなくとも、先読みして動けば躱すことは容易だ。
フックのように振り抜かれる拳を、身を屈めてやりすごす。
轟風が頭上を抜けていく錯覚を覚えながら、シグレはどう反撃するかを考える。
斬鉄をするには準備が完全ではなかった。
だが、この隙は何か仕掛けるべきだ。
身体の異様な頑強さ。体幹の異様な良さ。持ち前の狂ったタフネス。
それらによって、生半な攻撃では微動だにしない。
(でも、それだって……それだけなのよね)
シグレは身を屈めたままミラリバスの背後を取り――
(人の形をしている以上、人としての動きを基本としている……それは、これまでの動きを見ていれば察せる話だ……!)
全力で、それこそ先ほどの殺すつもりの蹴りと同じだけのチカラを込めて、ミラリバスの膝裏へと爪先をねじ込んだ。
「……お、ア?」
いわゆる膝かっくん。
だが、ミラリバスからしてみればそれだって初体験だろう。
そして、態勢を崩せれば――
「吹きッ、飛べぇぇッ!!」
膝をついたミラリバスへ、さらに全力のソバットを繰り出す。
狙いはこめかみ。ダメージは期待していない。ただ、吹き飛べば良い。
「うおワッ!?」
――どれだけ体幹とバランス感覚が良かろうとも、姿勢の崩れた状態で頭を勢いよく蹴られれば、その衝撃を耐えられない。
先ほどとは逆に、ミラリバスが地面を滑り転がっていき、壁に激突して動きを止める。
それを見据えながら、シグレは改めて腰を落として構え直す。
(抜く前に斬るべきところを斬り終えておく)
その教えの通りに、どうすれば斬れるか。どこを斬るべきかをイメージしながら、ゆっくりと立ち上がるミラリバスを見据える。
「びっくりはしたけどネ。まったく効いてないヨ?」
シグレは特に答えない。
そもそも効くとは思っていなかったのだ。
吹き飛ばして時間を稼ぎ、心落ち着けて斬鉄の構えをしたかっただけである。
もちろん、それを口にすることはない。
ただ静かに、居合いの構えをとったまま、眼差しも心も静かに、ミラリバスを見る。
「なんデッ、なんデッ、なんデッ! お前はそんなに落ち着いていルッ! そんな目でボクを見ていルッ!!」
ミラリバスが迫ってくる。
相変わらず、技術やフェイントもなくただ助走して攻撃するだけの動き。
先ほどまでは目で追えないと思っていたミラリバスだったが、こうやって落ち着いて見ていれば、そこまで追えない速度ではないようだ。
斬るべき場所は右足。膝の少し上。
想像の上では、すでに斬れている。
ならば、現実でも斬れるだろう。
何一つも問題はない。
「トネザキ・シグレェェェェェッ!!」
「いちいち。フルネームで呼ばないでよ、鬱陶しい」
姿勢を低く。
地面すれすれまで屈みながら踏み込んで――
「破ッ!」
――吐き出された気合いと共に、音もなく剣が抜き放たれ、そのまま払い抜けていく。
一瞬遅れて、シャラァァァンという鞘走る音が聞こえたかと思えば――
「なんだト……ッ!?」
――ミラリバスの右足が、膝上あたりから切り飛ばされて宙を舞っていた。
チィン……と、納刀の音がする。
ハラリ……と、たなびいていた黒髪が落ち着いていく
ドサ……と、宙を舞っていた足が地面に落ち。
ドシ……と、ミラリバスが尻餅をついた。
(うん、斬れるみたい。これならイケるかも)




