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22.煽れメロス


 爆炎に巻かれ、蹴り飛ばされ、見た目だけはボロボロになったミラリバスが叫ぶ。


「挨拶もナシに流旅行座車(ロードチェア)をぶつけるとカ、随分と失礼じゃないカ!」

「別に。そもそも挨拶とかするほどの仲じゃあないわ、わたしたち」


 言葉を交わすのも面倒くさいという態度を隠さず、シグレは答える。

 その様子に、ミラリバスは口を(つぐ)み、(いぶか)しげに目を(すが)めた。


「…………」

「どうしたの? 貴方とのお喋りなんて面倒以外の何者でもないけど、貴方はそんな無口な人じゃあないでしょう?」


 淡々と訊ねて、シグレは首を傾げる。

 挑発したり煽ったりするワケでもなく、気怠げに。


「……キミは誰だイ?」


 不可解なモノを見るような表情から、ミラリバスは精一杯の問いを吐き出す。

 明らかに戸惑っているミラリバスを見て、シグレは微かな笑みを浮かべる。


「とっくにご存じでしょう?」


 勿体付けるように。

 いたぶるように。

 道化の神の困惑を楽しむように。


「それでも誰何(すいか)されたのだから、敢えてしっかり答えてあげる」


 セイカは三つある自分の名前それぞれを愛おしそうに誇るように口にしていた。

 それを見て、シグレも思ったのだ。


 シグレ・トネザキも刀禰咲(とねざき) 志紅(しぐれ)も自分なのだと。


 だからこそ、シグレは長々と名乗ることにした。

 わざとらしく、当てつけるように、道化の神に、それを思い出して貰えるように。


「十五年前、貴方によってこの地に連れてこられた者の一人。

 (もと)私立庭神(ていかん)学園高等学校1年C組、出席番号11番。刀禰咲(とねざき) 志紅(しぐれ)

 現在は上級認定された流旅行者(ローディア)の一人シグレ・トネザキ――それが、わたし」

「…………」


 ミラリバスが異形を見るような目で、シグレを見る。

 その眼差しをむしろ心地よいとさえ思いながら、シグレは笑う。


「これ以上の名乗りは必要?」

「そうダ。シグレ……トネザキ・シグレ! だガッ、どうしてここまで変容していル!?」

「さぁ? 自分でも分からないわ。そしてあなた(ごと)きがその理由を解き明かせるとも思えない」

「|如キ? 如きと言ったカ! 神の代行者であるこのミラリバスをッ!」

「自称でしょ。そうでなくとも代行者。神そのものではないんだからイキらないでよ。鬱陶しい」

「……貴様ァァァァ……ッ………あ……?」


 ミラリバスが激昂し叫び声を上げた直後、シグレの手がブレた。

 それによって、ミラリバスは変な声を漏らす。


「……キミ、早撃ちの速度が異様に上がってなイ?」


 ゴトリ……と、ミラリバスの左腕が地面に落ちて音を立てる。


「首を落とすつもりだったけど、腕に邪魔されたか」

「でモ、剣による早撃ちがどれだけ速く鋭くなってモ、ボクは倒せないヨ?」


 そう言って、ミラリバスは落ちた腕を拾おうと地面へと右手を伸ばし――


「安心して。どうすれば倒せるのか――色々試してみるつもりだから」


 ――次の瞬間、瞬速の抜刀をしたシグレの刃がミラリバスの首を討つ。


 くるくると回転しながら首が落ち、転がっていく。


 首が止まってこちらを見ると、ため息を漏らした。


「まったく油断も隙もないんだかラ」

「油断と隙しかないから首が落ちたのに何を言ってるの?」

「キミもネ」


 その場に残った身体が、無事な左手で拳を握ってシグレに向かって振り抜いてくる。

 一流の流旅行者であっても(かわ)せるかどうか分からないほどの速度と鋭さを持ったパンチだ。


 だが、シグレはまるでそれが来ることが分かっていたかのように、余裕をもって避けてみせる。


「してないわよ。首が落ちたくらいじゃあなたが死なないコトくらい、分かってるもの」


 それどころか、事前に準備していた内候力(オフシーズ)を高めて、右足を中心に強化。即座に反撃を繰り出す。


割砕蹴撃(カッサイシュウゲキ)ッ!」


 地面を蹴って高めに飛び上がる。

 そのまま空中で前転する要領で勢いを付けると、光属性の候力を纏った右の踵を振り下ろした。


 その踵は、首と左腕のないミラリバスの身体を地面に叩き付け、石畳を砕き、激しい土煙を舞わせる。


紫電裂光脚(シデンレッコウキャク)


 続けて、その倒れ伏したミラリバスの身体に向けて足を振りかぶった。

 サッカーのシュートでもする要領で、シグレが足を振り抜く。

 すると足の軌道をなぞるように、雷を纏った衝撃波が地面から噴出し、ミラリバスの身体を吹き飛ばす。


「わざわざ身体を飛ばしてくれてありがとウ」


 見た目こそダメージを負っているようだが、さしたる痛みもなさそうだ。

 素早く立ち上がったミラリバスの身体は、自分の首を拾い上げると元々あった場所に戻す。


 どういう原理がピタリとくっついて、何事も無かったかのように、首のストレッチをはじめた。


「どういう身体してるの?」

「さぁネ。言ったでしょウ? 神の代行者だっテ」

「いつまでその妄言を続けるのかしら」


 面倒くさげに嘆息しながら、それでもシグレは油断なくミラリバスを観察する。


 単純な強さよりも、この原理不明の不死性の方が厄介だ。

 倒し方を見つけなければ、いつまでたっても倒して再生してのイタチゴッコは終わらないことだろう。


(血は流れない。つまり実体がない? でも手応えはある……それこそ人を斬った時と同じような感触が……)


 手応えがるのに、ダメージがない。

 実体はあるのに、虚像のよう。


「考え事しているところ悪いけド、次はこっちの番だからネ」


 言うやいなや、地面に転がっていたミラリバスの左腕がシグレに狙いを付けると、ミサイルのように飛んできた。


 その可能性は最初から考慮していたので、シグレは慌てず騒がずそれを躱す。

 躱しながら、ミラリバスの方へと視線を向けると――


「言ったはずだヨ。こっちの番だっテ」


 ――ミラリバスの姿がかき消えて、目の前に現れた。


「……ッ!」

「ひゃーっははははははーッ!!」


 耳障りな笑い声をあげながら、乱暴に腕を振るう。


 型も何もない。ただ腕を振っただけの攻撃。

 その腕に強打され、シグレは勢いよく吹き飛ばされる。


 インパクトの瞬間に、衝撃方向へ飛んだ。だが完全に威力は殺しきれず、遺跡の石壁へ叩き付けられ、それを壊しながら壁の反対側へと転がった。


「二十一人全員、詰まらなくなっちゃっタ。

 だからネ。ここでキミを殺してかラ、全員の人生をめちゃくちゃにしようと思うんダ。もっとボクを楽しませてくれるようニ」

「…………」


 シグレは自分の上に乗る瓦礫を押しのけ振り払い、立ち上がる。


「手始めにハルキ・セイカを壊そうかナ。

 キミの死体ヲ、見た目そのまま人形に変えてサ、彼女をお出迎えしてもらうんダ。

 人形になったキミを使って彼女を辱めテ、陵辱しテ、ボロボロにしテ、でも殺さないヨ。

 心身ともに追い詰めてかラ、クラウズだったケ? 彼女の旦那さんを目の前で肉の塊に変えるんだヨ。絶対に正気を失えない呪いを掛けてサ、文字通りモノを言わない肉の塊に変えた上デ、人形になったキミに食べてもらうノ。

 ハルキ・セイカはどんな顔をするかなー! 彼女にも正気を失えない呪いを掛けてからの方が絶対の楽しいよネ」


 はぁ――と、シグレは嘆息する。

 セイカと再会する前の自分であれば、無駄に激昂(げっこう)して、ミラリバスに主導権(ペース)を握られていただろうが、今はこれを言われても意識は凪いだままだ。


 もちろん、腹立たしくはあるが、激昂するほどでもない。

 

「キミとハルキ・セイカのような組み合わせは他にもいるからネ。

 この世界でコンビニを開業したトリオの一人の心を壊してみようカ? 二人はどうなるかナ? あるいはその仲の良い感情を反転させちゃったりしてみようかナ? 一生懸命がんばって作ったお店に対する愛情ヲ、一人だけ反転させるのも面白そうだよネ」


 ただ、やはりミラリバスは、これ以上このままにしておいて良い存在ではなさそうだ。


「楽しそうに妄想してるわね。まぁ悪くない妄想じゃないかしら」

「おヤ? キミも同意してくれるとは思わなかったヨ」

「妄想にイチイチ腹を立ててもね。完璧な妄想だとは思うわよ。何せ絶対に実行できないんだもの。妄想以外のなにものでもないわ」


 身体についた汚れを払い、後髪を軽くひるがえして、ミラリバスを見る。


「実行できないだなんテ、どうして思うんだイ?」

「だって――これまでやって来なかったじゃない。

 あるいはやれない理由があったのか……どっちにしろ、神の権能ってやつは、人の心だの感情だの精神だのを簡単には変えられないチカラなんでしょう?」


 シグレ以外の連中は詰まらない存在になった――ミラリバスはそう口にしていた。

 今の妄想通りのことが実際にできるのであれば、シグレだけに執着しなかったはずだ。


「それに、今この瞬間にでもそういうコトができるのならば、わたしに仕掛けてこないのは不思議だもの。

 わたしを殺さずとも、今すぐ操り人形くらいにはしてみなさいよ。自称神の代行者」


 露骨に、ミラリバスの顔色が変わる。


「あら? これまで何度も、人を煽っておちょくってきておいて、いざ自分がやられる側になった途端に顔真っ赤にするなんて、煽り耐性低すぎない?」

「調子に乗るなヨッ、人間風情ガッ!!」

「その人間風情に煽られて顔真っ赤にする時点で、少なくともメンタルは人間風情以下のクソザコガラスハートの証明よね」

「殺ス」


 瞬間、赤を通り越し黒くなるほどの怒りに満ちた顔のミラリバスが地面を蹴り――


「リアクションがそこらのチンピラと一緒。芸がない通り越して見飽きてるわ」


 ――即座に反応したシグレが、ミラリバスの鳩尾(みぞおち)へとカウンターの膝蹴りをねじ込む。


「せいッ!」


 身体をくの字に曲げたミラリバスへと続けて回し蹴りを放って吹き飛ばす。

 さっきとは逆に、今度はミラリバスが石壁を壊しながら、壁の反対側へと転がった。


 技の動きによって身体の前へと回ってしまった後ろ髪を払って元に戻しながら、シグレはミラリバスの方へと歩き出す。


「そういえば、こういう時に使えそうなオタク的なネットミームとかあったわよね」


 なんだったかな――と思い出していると、脳裏に浮かび上がってくる。


 その記憶に一つうなずくと、シグレは倒れているミラリバスへと近づき、右手を口元に当てて、完全に煽るような笑みを浮かべて告げた。

 

 それも、出来るだけ高めで可愛く、少し幼げな甘えた声を作って。


「ざーこ、ざーこ。メンタル弱々の~、人間に煽られて怒っちゃうクソザコ道化師~☆」


 やるだけやって正気に戻ったシグレは、小さくうめいた。


「ちょっと、恥ずかしいわね。これ」

「ト・ネ・ザ・キ・シ・グ・レぇぇぇぇぇェ……ッ!!」


 ただ、その効果は絶大だったようである。



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