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20.我ら、流れ者だからこそ――


 シグレと別れたレインとリーラは、足早に流旅行者互助協会(ローディアンズギルド)へやってくる。


 いつも通り、一瞬だけ注目を浴びるものの、男たちの反応は普段通りではない。

 むしろ、二人がいることに安堵している様子すら見られる。


 そんな中で、二人はギルドの中を進みながら周囲を見回す。

 ヴァイスとランドがいるのを見て、有能な戦力がいることに安心しながらも、目的の人物の姿を探す。


 すると、ギルドの受付嬢とやりとりをしているその姿を見つけた。


「どうしても手伝っては頂けませんか?」

「強制というワケではないだろう。オレはスプリンドのギルドにベース登録をしているからな」

「……確かにウチでベース登録されてないのでしたら、強制はできませんが……」


 どうやらシュウ・ツルギガブチはスタンピード対応への参加は消極的なようだ。


 そんな彼へとレインは声を掛けた。


「シュウ」

「ん? ああ、レインか」


 シュウがこちらに気づくのと同時に、受付嬢もまたレインを見て安堵した様子を見せる。


「あたしとリーラは参加するから、手続きしておいて」

「ありがとうございます」


 受付嬢にそれだけ告げてから、レインはシュウに視線を向けた。


「オレに用か?」

「シグレから伝言」

「なんだ?」

「『道化の神の首を刎ねてくる。だから後顧の憂いと、背中は任せた』だってさ」

「……なるほど」


 小さく唸るようにそう呟いてから、シュウは軽く目を伏せて考え込む。

 眉間に皺を寄せるシュウに向けてリーラが言葉を付け加えた。


「それと『前であれ後ろであれ、わたしたちが先に進む為には、どうあれアイツを倒さなければならない。だから自分がそれをやる』とも」


 ますます眉間に皺を寄せるシュウを見ながら、話を聞いていた受付嬢が恐る恐る訊ねてきた。


「それって、シグレさんは不参加というコトですか?」

「ある意味で参加してるよ。人為的にスタンピードを起こせる大馬鹿野郎を逃がさないように、最速で駆け出していったワケだし」

「え?」


 目を(しばたた)く受付嬢を余所に、ゆっくりと目を変えたシュウがレインに訊ねる。


「あの道化の目的はなんだ?」

「シグレ。正確にはシグレが苦悩し絶望し続ける姿――らしいよ」

「……シンプルにクソだよな」

「それは同感」


 思わず――と言った様子のシュウに、レインはうなずく。


「つまり刀禰咲(とねざき)を苦しめる為だけに、あいつはこの規模の事件を起こしたワケか」

「この街にはシグレちゃんの友人や、仲の良い私たちがいますから」

「この街を守るか自分を斬りに来るか選べとか言われたらしい」

「……ほんと、シンプルにクソだな」


 頭を掻きながらシュウは大きく息を吐く。


刀禰咲(とねざき)と仲が良さそうな二人にだから言うけどさ。例の呪いを受ける前――十五年くらい前……ただ平和な日常を甘受してた少年としてはオレはさ、刀禰咲(とねざき)に惚れてたんだ。片恋ってやつでな」


 (おど)けた調子でシュウは口にしている。だが、シグレやシュウたちの抱く帰らずの呪いを知っているレインとリーラからすれば、それを重く感じてしまう。


「一度は惚れた女の頼みだ。出来るならオレも道化の首を刎ねたいところだが、それは刀禰咲(とねざき)に譲るとするさ」

「悪いな。巻き込む形になる」

「謝るなよレイン。言っただろ、かつて惚れてた女の為だよ」


 普段シュウが浮かべている穏やかで柔和な笑みとは違う、少年のような笑みでそう告げてから、彼は受付へと向き直った。


「そういうワケだ。断ってはいたが、断れなくなったんで受付を頼む」

「……! はいっ!」


 嬉しそうな顔をする受付嬢に苦笑しながら、シュウは改めてレインとリーラに視線を向ける。


「それで? 刀禰咲(とねざき)の言う後顧の憂いってのは何だ?」

「道化が言うには、森の中に手負いのドラゴンがいて、それを強制的に目覚めさせて暴走させたんだってさ」

「なるほど。あいつがオレに頼みたいのは、そのドラゴンを倒すコトか」

「道はわたしたちが開きます。それだけの戦力がありますしね。シュウさんにはドラゴン退治を最優先して欲しいです」


 レインとリーラの言葉を受けて、シュウがうなずく。


「ちょっと待てお前ら!」


 そこへ、チンピラ然とした男が割って入ってきた。


 ギルド内でレインたちのやりとりに聞き耳を立てていた者たちは一斉に顔を(しか)める。


「話を聞いてれば、そのシグレってヤツが元凶ってコトが?

 そいつが狙われてるから、この町を狙うスタンピードってやつが起きたんだろ?

 なら、そいつを殺しちまえは道化ってヤツの目的は無くなるじゃねーか。

 殺せなくても二度と街に入れないようにすれば――」


 全てを言い終える前に、シュウの大きな手が男の首を鷲掴みにした。


「お前を、二度と目覚めないようにしてやってもいいんだが?」

「……がっ……あ!?」

「とりあえず離してやってよシュウ」

「……仕方ない」


 レインの言葉に盛大に嘆息してから乱暴に手を離す。

 そのまま尻餅をつく男を下目遣いで睨みつけながら、レインは笑った。


「呪いを掛けられた上にストーキングまでされてるんだから、それで済むワケないだろ。

 それにシグレはね、あの道化を殺す為に全てを投げ捨てながら旅をしていたと言っても過言じゃないんだよ」

 

 冷静に、けれど冷酷とも言える表情をしながらも、レインは内心焦っていた。

 他人からしてみればシグレの悩みなんてものは関係ない。


 だから、この男以外にもそうやってシグレを責めるやつがいるのは間違いない。

 全てがシグレのせいである――という方向になるのはよろしくない。


 だからこそ、レインは脳みそをフル回転させながら、事実を交えつつそれっぽい言葉を並べていくことにした。


 勝手に隠していたことを明かしてしまうことを内心でシグレに謝罪しつつも、最良の状態になってくれることを、世界を見守っていると言われる守護の獣たちに祈りながら。


「シグレは故郷に帰れない呪いを掛けられている。そのコトにずっと苦悩しながら、旅をしていたらしいのよ、あの子。

 そして道化の神を名乗る男は、そうやって苦悩するシグレを何らかの方法で覗き見て、徐々に精神が壊れゆくサマを見て楽しんでるワケ」


 ターゲットは目の前の男ではなく、聞き耳を立てているお人好し系の流旅行者(ローディア)たちだ。


 その意図を汲んだシュウが、それに乗っかる形で告げる。


「ちなみにその呪いはオレも掛けられている。シグレとは同郷で、その道化の神を名乗る男に突如として見知らぬ土地へと放り投げられ、帰らずの呪いを掛けられた。

 オレと刀禰咲(とねざき)だけじゃない。オレたち含めた総勢二十一人。十五年前、突如として深緑帯(しんりょくたい)に放り投げられたんだ。

 右も左も分からぬ土地、常識も文化も異なる土地。帰れない以上は、最低限そこに馴染んで生きて行かねばならなかった。

 二十一人全員が、まともに魔獣と戦ったコトもなければ野営もしたコトがなかった中で、それでもオレたちは生き延びて、今の生活を手に入れている」

「だからなんだ! おれには関係ねぇ!!」


 尻餅をついている男が(わめ)く。

 その言葉そのものはある意味で間違っていない。


「道化の神を自称する人は、シグレちゃんを優先的に気に掛けているそうですけど、いつ興味が変わるか分からない。

 だから帰らずの呪いを掛けられた人たちは、常に道化の神に怯えながら暮らさなければならない。その状況を断ち切るのに、今回は絶好の機会だからこそシグレちゃんは、首を取りに行ったんです」

「だから知るかよって話だよ! お前ら呪われた連中がいる限り危険だっていうならお前ら全員をとっとと殺せばいいんだよ! 帰れないとか危ないのに狙われてるとか知るかよ!」


 男の言葉は感情的なようで、ある意味で的を射ている。

 確かに多くの人たちにとってはその通りなのだ。


 シグレやシュウを知る人間からすれば同情に値することだが、知らなければ関係ない。

 むしろ呪われた連中がいるからスタンピートが起こったのであれば、彼の怒りもある意味で正統と言える。


 それが一般人の多い大通りであれば、「そーだそーだ」というコールがあったかもしれない。


 だが、ここは流旅行者互助協会(ローディアンズギルド)の建物の中。


 自ら望んで根無し草になった者。

 事情があって根無し草になった者。


 魔獣と戦うことの恐ろしさを知る者

 未知なる土地で生活することの難しさを知る者


 故郷に帰れないということの意味を知る者。

 頼れる寄る辺がない中で生活することの意味を知る者。


 道化の神を名乗る男の話を聞けば聞くほど、今の生活にいつ介入してくるのか分からない恐ろしさを想像できる者。


 そうでなくとも、シュウやシグレと関わり、腕利きである二人に世話になった者もいる。


 駆け出したちの中には、シュウやシグレに助けて貰い恩や憧れを感じている者もいる。


 そういう意味では、大なり小なり、呪われた二十一人への共感や同情を抱ける者が多い場所だった。


 だからこそ――調子に乗って喚いている男へ厳しい視線が向けられる。

 それだけで、ギルド内の空気が張り詰めていくかのように。


 そこへ――


「お前、懲りないなぁ」


 レインたちの元へと、普段の軽薄さを酷薄さに変えたようなヴァイスがやってくる。


「不愉快だッ、少し黙ってくれないかッ!」


 当然、声の大きい男――ランドも一緒だ。

 声と同じくらい大きな手が、尻餅をついていた男の頭を鷲掴みにして持ち上げる。


「もしかしてだけど――」


 ランドが持ち上げる男に、ヴァイスが冷たい声を掛けながら、人差し指と中指を揃えてその爪先を男の首に添えた。


「――この前シグレちゃんに蹴り飛ばされたコトの意趣返しのつもり? 時と場合を選ぼうぜそういうの。面白くないから」


 ただの指。

 そう言うには冷たすぎる爪を感じながら、男は顔を引きつらせる。


「なにッ!? そうなのかッ! だとしたらますます黙っていて欲しいところだなッ!!」


 いつも以上に大きい声をランドが上げる。

 室内で反響するランドの声が落ち着いてから、ヴァイスが受付カウンターの奥にある階段へと視線を向けた。


「それで――階段の影で聞き耳立ててるギルマスはどう判断するおつもりで?」

「別にどうもしないわよ」


 声を掛けられたギルドマスターは階段の影から出てきてこちらへと向かってくる。


 お洒落で華やかなスーツに身をくるみ、顔に女性的な化粧を施している細身の男性は、女性的な仕草でゆっくりと歩きながらカウンターまでやってきた。


「シグレちゃんが関わっていようといまいと、深森帯にドラゴンがいたっていうなら、いずれは魔獣たちの一斉暴走が発生していた可能性はあるもの」


 長く綺麗な人差し指を顎の右側に当てながら、視線はランドに持ち上げられている男に向ける。


「彼の言っているコトも間違ってはいないけどね。

 けれど、ギルド内の様子を見る限り、同調している人は少なめでしょう?」


 ゆっくりと室内を見回すギルドマスターに、多くの人たちは首肯を返していく。


「ならやるコトは変わらないわ。

 森からこの街へと向かってくる魔獣たちを止める。

 その原因となっているのはドラゴンと、シグレちゃんを狙う道化の神を名乗るストーカー。

 そのストーカーの方はシグレちゃんが向かってくれてるって話だし、ドラゴンの方はシュウくんがどうにかしてくれるんでしょう?」

「ああ」


 シュウが静かにうなずけば、よろしいとギルドマスターはうなずいた。


「ドラゴンバスターの称号持ち二人が根幹狙いをしてくれるなら、残った面々は露払い。自分のランク相応の相手を積極的に倒していく。

 警邏隊は街の直衛がメインになるだろうから、アタシたち流旅行者(ローディア)は遊撃よ。

 シュウくんみたいな明確なターゲットのない面々は、可能な限り街へ近づく魔獣の数を減らすの。まぁ分かってる子たちからすれば、当初の予定通りってやつよ」


 そう告げてから、改めてシュウへと視線を向けた。


「ところでシュウくん。聞いていい?」

「何をだ?」

「その自称道化の神のお名前」


 ああ――と、シュウは皮肉げに、あるいは憎しみの籠もった笑みとも言える表情を浮かべた。


「みんなもよく知っている名前だ。この大陸じゃあ有名らしいしな」

「あら? そうなの?」

「あいつの名はミラリバス。胸くそ悪いおとぎ話に良く出てくるアレ――そのご本人サマだとよ」


 シュウの言葉に、ギルド内の面々は盛大に顔をしかめつつも、どこか納得するような表情を浮かべるのだった。




2話更新は本日までとなります٩( 'ω' )و

明日からは1話ずつとなりますが、引き続きよしなにおねがいします!

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