17.鏡の魔神は課金する
宇宙を思わせる、けれども宇宙ではない場所。
この世のどことも知れぬ場所にある不思議な空間で、ミラリバスはシグレの様子を伺いながら地団駄を踏んでいた。
「違んだヨッ! そういうの求めてないんダッ!」
地球に帰りたい。でも帰れない。
この世界に馴染みたい。でも馴染めない。
それならいっそ死にたい。なのに上手く死ねない。
それを延々と繰り返し、苦悩と絶望と諦観の果てに、その精神が異形のように拗くれながらも、大本の善性のせいで完全に異形化できずに、ひたすらに自分を傷つけ苦しむ姿をいつまでも見ていたかったというのに。
なのにどうして、トネザキ・シグレは友人と共に過ごし穏やかな顔をしているのだろうか。
心の乱れが整って、歪み捩れ壊れかけていた精神は元に戻ろうとしているのだろうか。
ミラリバスがこの世界へと喚んだ人間たちのうち、歪み捩れ壊れかけてくれたのは三人だけ。
もっとクラスメイト同士の殺し合いや疑心暗鬼が色々と起こるエンターテインメントを求めていたというのに、ミラリバス的には何事も起きないままに、それぞれがこの世界に適応してしまった。
そんな中で、ミラリバスが求めていたモノを抱いたのは三人だけというのは少なすぎる。
それでもその三人を覗き見るのは楽しかったのだが、最近はどうにも詰まらなくなってきていたのも事実。
なにせ――
一人は、歪んだまま覚悟を決めてしまい、それ以来の変化がなくなった。
一人は、歪みの果てに怠惰なクズへと堕ちつき、見ていて面白くなくなった。
――唯一残った面白い人間がトネザキ・シグレだったというのに。
その歪みが元に戻りだし、精神が落ち着きだしているというのは不愉快だ。
「待てヨ? あの町ト、あの町の住民に心の拠り所があるというのなラ……」
面白いことを思いついたような顔で、ミラリバスは町の周辺を探る。
すると、近くの森の深奥に、キズついたドラゴンがいるではないか。
どこかでケガをして、それを癒すためにあの森の奥に塒を作ったようだが――手負いとはいえドラゴンだ。
その気配に森の生き物たちが、中心から外側へとナワバリを移し出している。
「これダ! このドラゴンと森の生き物たちを利用すれバ……」
森に居る全ての魔獣を操るのはミラリバスであっても難しい。
そもそもドラゴンという生物は、神のチカラを持ってしても操るのは難しく、やるならば相応のチカラが必要だ。
だが、操るのではなく暴走させる程度ならコストは重くない。
森の魔獣たちも、町の方へと逃げるよう思考誘導するくらいであれば、完全に操るよりも幾分かはラクにできる。
すべての魔獣でなくとも、半数くらいが町に向かうようにすれば、集団心理的なあれこれで、ミラリバスの影響を受けてない魔獣たちも同じ方向に動くはずだ。
その辺りでエネルギー消費を抑えれば、狙った形でドラゴンと森の魔獣たちを動かせるはずである。
「無料で娯楽を楽しもうとするのが良くなかったのですネ。
ギフトを授けたとはいエ、人間の感覚で十五年も前。あの時に課金した分くらいは楽しめたワケですかラ、この機会にもう一度課金するべき時なのでしょウ」
だからこそ、労力はかかれど、楽しい楽しい絶望と諦観の世界へと再びシグレを堕とすべく、ドラゴンと森の魔獣を利用する。
「いっそ人間界へと降りテ、特等席で楽しむとしましょうかネ」
そのくらいの量のチカラは使うのだ。
課金する役得があってしかるべきだろう。
「本命はシグレだけド、面白い才能の持ち主とかいると嬉しいナァ」
これから起こることを想像し、テンションを高めながら、ミラリバスは森の上空へと転移する。
そして、眼下にいるドラゴンへと向けて、手を向けるのだった。




