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12.道化が嘲笑-わら-う森の中


 森の未開エリアとされる領域に踏み込んで、少し進んだところに、切り開かれたような広い空間があった。


「こんなところがあったんだな」


 レインの呟くような声を聞きながらも、シグレはそれに答えることなく、その広場の中央付近まで歩み寄る。


「まぁ、真ん中付近に来たところで、元の場所に跳べるワケじゃないんだけどね」


 だけど定期的に、それを確認しにきてしまう。

 そんな自分の行動に自嘲しつつ、嘆息を漏らす。


 諦めきれない感情からくる、ただの感傷。

 その感傷の結果やっていることは、ただただ危険なだけの無意味な確認。


 理解はしている。自覚もしている。

 だけどそれでも、自分は定期的にここに来る。


「ふぅ……」


 小さく息を吐いて、(かぶり)を振った。

 今日の感傷はここまでだ。


「付き合わせて悪かったわ」

「もういいの?」


 リーラの問いかけに、うなずき自嘲混じりに答える。


「ええ。元々あまり意味のある行為じゃないもの」


 しかし、そんな自嘲をレインは否定した。


「意味はあるだろ」

「え?」


 レインの言葉の意味が分からず、シグレは目を瞬く。


「感傷だろうが無価値な行いだろうが、あたしは無意味な行いだとは思わないって言ってるんだ」

「どういうコト?」

「少なくとも、ここに来るコトはお前の心を支えていただろ?」


 シグレの元へと歩み、レインが笑う。


「私の心を?」

「不老の呪いに耐え、心を折らず――故郷を思い続けたお前を支える行為だったんじゃないのか?」


 そしてレインはシグレの胸元をノックするように小さく叩く。


「お前のここを支えてきた場所なんだよ、この森はさ」

「そうなのかしら? 私は腐りそうで、折れそうで、曲がりそうで……ただただ故郷に帰りたいと望みながら死に場所を求める幽鬼のようなモノよ」


 レインの言葉をなぜか認めたくなくて、シグレはそんな言葉を返す。

 その言葉を否定するのは、横で聞いていたリーラだった。


「だけど……腐らず、折れず、曲がらず。

 シグレちゃんはここにいます。ここに立ってます」

「…………」


 それを否定しようとするものの、上手く言葉が出てこなかったシグレは、憮然とした顔で黙り込む。


 面白くないという表情を見せているシグレに、レインとリーラはどこか見守るような笑みを浮かべている。


 それがまた面白くなくてますます憮然とした顔を深めた時――


「なるほド、なるほド……。

 いやはヤ……まさかこの場所ガ、そんな拠り所になっているとは思いませんでしたヨ」


 突如、シグレの背後の空間が滲むと、そこから紫色のシルクハットと同色のスーツに身を包んだ男が現れた。


 直後――


「斬ッ!」

「――ッ!?」


 その気配の正体に気づいた瞬間、シグレの脳裏から怒り以外の感情が消し飛んだ。


 問答無用。

 交わす言葉もいらない。

 ただただシンプルに純粋な「死ね」という思いだけを乗せて、シグレは振り返りながら、愛刀を鞘走らせた。


 その斬撃は、突如現れた男の想定を遙かに越える鋭いモノ。

 余裕と勿体を抱いたまま現れたその男は、シグレの攻撃を躱しきることが出来ずに、その左腕を斬り飛ばされた。


「……酷いじゃないカ」


 左肩からバッサリと切り落とされながらも、その男には余裕がある。


「ミラリバス……ッ!!」


 恨み辛み、怒り――まるで人の形をした怨嗟(えんさ)にでもなったかのように殺意と敵意を迸らせて、シグレはその名を口にする。


「ミラリバスゥゥゥゥゥ――……ッ!!」

「あははハ。すっごい怒りと殺意。最高だネ」


 続けて攻撃を仕掛けようとするシグレを小馬鹿にしたような調子でそう告げて、ミラリバスはバックステップを踏む。


 ついでに自分の腕を回収する。

 そしてその回収した腕の手首を柄に見立てて、右手で構えて見せた。


「でもいいノ? 僕を殺したりしたラ、本当に帰れなくなっちゃうヨ」

「……ッ!」


 シグレの沸騰した脳に冷や水を浴びせるようなことを口にするミラリバス。

 瞬間、シグレの動きが大きくブレて――


「はイ。残念でしタ」


 その隙をついて、手にした自分の腕を棍棒代わりにシグレを殴打する。


「がッ!?」

「ダメだヨ~。敵を目の前にして急に動きを緩めたりしたらサ」


 吹き飛ばされ、地面を転がるシグレに、ミラリバスは無事な右手を小さく手を振ってクスクス笑う。

 その姿は、怒れるシグレを完全におちょくっているようだった。


「なるほど。本物か偽物かはさておいて、確かにおとぎ話のクソ道化師を思わせるクソ野郎だ」

「クソが重なってるけド? そんなに汚いかナ?」

「真っ黒ですね。おとぎ話が可愛く感じるくらいには」


 倒れたシグレを守るように、二人はミラリバスの前に立ちふさがる。


「ン~……君たちの目の前でシグレちゃんを殺すト、面白そうな反応をしてくれそうだけド……それだト、せっかくシグレちゃんの人生を弄び娯楽になるように手を加えてたことガ、台無しになっちゃうからナ~……もっと苦悩と絶望を見たいしネ」

「こいつ……ッ!」

「道化というより外道じゃないですかッ!」

「あははははハ、人間のそういう怒った感ジ、大好きだヨ」


 相手のペースに乗せられて怒ってはいけないと思いながらも、二人は怒らずにいられなかった。

 よりによって目の前にいる道化は、シグレの人生を弄び娯楽にしていたのだとのたまった。


 レインとリーラの怒りすらも娯楽のように受け止めている様子から、こいつは人間の怒りや絶望などが、面白くてしようがないのだろう。


「それにしてもシグレちゃんハ、いつまで寝てるのかナ~?

 故郷に帰りたいという思いモ、どこかで死にたいって渇望モ、その程度ってコトかナ? お友達に守られてぬるま湯に浸かったまま叶う願いなんですかネ~?」


 ミラリバスのおちょくるような物言いに、シグレは地面を握りしめながら、ゆっくりと立ち上がる。


「ア、そうダ! 良いコト思いついタ!

 シグレちゃん! キミの必殺剣デ、この二人の首を切り落としてヨ!

 そしたラ、地球へ帰れるゲートを開いてあげるヨ!」

「…………ッ!」


 その言葉に、シグレの身体が震えだす。

 自分でもどうして震えているのかはわからない。


 食いしばる歯が、震えでカタカタと音を立てる。


「シグレ」

「シグレちゃん」


 帰りたいという渇望が剣を抜こうと囁き掛ける。

 理性と生来の優しさが、そうまでして帰ったところでまともな生活を送れるのかと訴えかける。


 そもそも他人をバカにして、怒らせて、絶望させることを楽しむ道化が、本当にそれをしてくれるのか――と。


「あ……、うあ……」


 迷いと葛藤が限界を迎え、噛みしめることができなくなり、力なく半開きになった口から、意味のない音だけが漏れる。 


「ああ……ぐぅぅ……」


 レインとリーラは何も言わない。

 ミラリバスを罵倒したり、シグレを叱咤してくれたり、命乞いとかしてくれるなら、いくらでも良心を選べるのに。


 二人はまるで、シグレの望みが叶うなら死んでも良いとばかりに優しい眼差しを向けるだけだ。


「や……やだぁ……」


 何が嫌なのかわからない。自分でももう何に迷っているのかわからない。


 涙が零れ出す。それを拭いもせず、シグレは剣の柄に手を乗せて、ただただ震え続ける。


「いいネいいネ! これだヨこレ! こういう姿が見たかったんダ!

 さぁさぁどうすル? 帰りたいんでショ? この世界のことなんてどうでもいいんでショ? 帰っちゃえバ、この大陸には二度と戻ってこないんだかラ、スパっと切り捨てちゃってモ、いいんじゃないかナ?」


 呼吸が荒くなっていく。

 頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

 帰りたい。だけど殺したくない。

 帰ってしまえば大陸とは無関係なら殺していいのでは?

 殺して帰って後悔はしないの?

 諦めたくない。何を?

 何を諦めればいい?

 本当に信じられる?

 提案者はミラリバスだぞ。

 でもミラリバスは確かに自分たちを呼び寄せた。

 だけど、でも、だが、しかし、そうはいっても、だけど……


「唯一のチャンスかもしれないヨ? もう二度とないかもしれないヨ?」


 耳朶(じだ)に染み込む道化の声。

 殺しを促すことを楽しむ道化の声だ。


「うう……あぁ……」


 これが師匠の言っていた選択の時――なのだろうか。


 りんごが欲しければ階段を上へ。

 イチゴが欲しければ階段を下へ。


 その言葉が、現実になったのがこの瞬間――


「……ぁあ?」


 ……本当に?


 ふと、疑問が湧く。


 ぐちゃぐちゃになった頭の中に湧くささやかな疑問。


 レインとリーラは何も言わない。シグレがどちらを選んでもいいように、きっと敢えて何も口にしていない。


 ならば、ミラリバスはどうだ?

 美味しいリンゴを食べたいんだろうと、しつこく誘導してくる。


 リンゴを食べに階段を上った先にあるのは、毒リンゴではないのか?

 二人を殺した先にあるのが、毒リンゴだとしたら、自分はどうなる?


 怒りや絶望を娯楽と口にする道化だ。

 毒リンゴをさも素晴らしいリンゴのように見せつけてくることもあるのではないか?


 疑い出したらキリがない。

 藁にもすがりたい渇望は当然あるが、そもそもその藁は掴んで良いモノであるかどうかの精査は必要なのではないか?


 レインとリーラは何も言わない。

 きっと、何を選択しても二人は怒らない。シグレという一人の人間の選択を尊重してくれようとしているように思える。


 ぐるぐるぐるぐる思考は回る。

 呼吸は乱れる。身体は力んだり弛緩したりと言うことを聞かない。

 涙は止まらないし、心臓は早鐘を打っているし、脂汗も冷や汗も特盛りで全身グシャグシャだ。


「はぁ……ふぅ……」


 そもそもまともな選択肢ではないのだ。

 正気な人間が選択するのには無理のある選択肢なのだ。


 ならばどうする。

 考えたことで答えがでないなら――一つだけ、基準を設けるべきだ。


 ……同じ後悔をするにしても、未練が残るにしても、どちらがマシか。


「すぅ……」


 震える身体で、ままならない呼吸で、それでもシグレはゆっくりとゆっくりと、肺を大きく膨らませながら息を吸う。


 そして、膨らんだ肺から全ての空気を吐き出すように絶叫した。


「ああああああああああ――――……ッッ!!」


 構える。

 涙も拭わず、汗も引かず、乱れる髪も、泥も汚れも、その一切を無視して居合いを構える。


 無言。

 呼吸も止める。息は吸わず、吐かず。


 ただ無となり、目を瞑る。


 後悔と絶望と虚無感がうずまく。

 どちらを選んでもこれは残り続けるのだ。


 だから、選ぶべきは、それらがまだマシだと思えるほうだ。


「さぁさぁさぁサァ! どうすル? どうすル?」


 楽しそうな道化の声など聞き流す。


 今この瞬間だけは己を滅し、無となり、虚ろと漂い、選択の斬撃を放つ現象に至る。


 そうしなければ、全てがブレる。


「シィィィィィィ――……ァァァァ!!」


 噛みしめる歯の隙間から音が漏れる。


 瞬抜刃が放たれる。


 斬撃が飛ぶ。

 内候力(オフシーズ)を使用していないはずなのに、斬撃から剣圧が放たれて空を駆ける。


 その斬撃は――

 レインとリーラの――

 僅かな隙間を縫って飛び――


「え?」


 ――その背後にいる道化の神ミラリバスを両断した。


「あらあららラ? 真っ二つになっちゃっタ。

 ま、シグレちゃんが苦しむ姿が堪能できたシ、今日は帰るネ?」


 二つに分かれたミラリバスは、まるで何事もないようにそう告げると、手をひらひら振って姿を消していく。


「オ・ルヴォワール」


 道化が姿を消すと、森は静寂を取り戻す。


 完全に、ミラリバスが消えたのを確認し、剣を納めたシグレは、力なく両膝を折った。


 空を見上げ、木々の隙間から漏れる木漏れ日を浴びながら――


「あああああああああああ――……ッッ!!」


 ただただ衝動のまま、滂沱(ぼうだ)の涙と共に慟哭(どうこく)する。


「シグレ!」

「シグレちゃん!」


 自分たちにその資格があるか分からない。

 ――だけどそれでも、今のシグレを放っておくワケにはいかない。


 レインとリーラは、鋭すぎる斬撃を見て強ばっていた身体に喝を入れ、シグレを抱きしめるべく駆け寄るのだった。



本日はここまで٩( 'ω' )و明日もよしなに

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