10.鋼甲変玉蟲 - メタリード・ピルバグ -
雑談しながらも、シグレとレインは見敵必殺の勢いで、森に住む野獣や魔獣を倒していく。
毛皮や角、牙や肉などの素材を全部回収していけるほど時間はない。なので、生き物が死んだ際、体内で候力が結晶化して生まれる天候石だけを回収する。
素材に比べても換金率が良いし、何よりこれがあれば、討伐の証明にもなるのだ。
依頼とは無関係であっても、天候石があれば倒したことを証明できるし、ギルドからすれば、この森の様子をある程度把握できるというわけである。
そうしてある程度進んだ時――
「二人ともストップ」
シグレが二人に声を掛け、手で制した。
「どうした?」
「ちょっと待ってて」
ここから先は、獣道がより狭くなるいわゆる森緑帯の深層と呼ばれる領域だ。少し行けば未開地区もある。
クロスプリンド街道の中央にある入り口からここまで来るルートは、何度も使っている。
だからこそ、シグレは妙な違和感を覚えたのだ。
「分からない。分からないけど違和感がある。
いつも通っている時には感じない何かが、この辺りにありそう」
ただのカン。ただの杞憂。
取り越し苦労で終われば笑い話だが、本当だった時に厄介だ。
「良く来てる奴のカンは大事だな」
「うん。気をつけて進む……ですよね?」
シグレは二人の言葉にうなずき、より細い獣道へと足を踏み入れていく。二人もそれに倣い、後を追う。
少し歩いていくうちに、シグレは漠然と違和感の正体が分かってくる。
「木が倒れてる?
寝そべった草も多い……この辺りには本来いない魔獣がいる……?」
シグレは周囲を見渡し、呟くように独りごちた。
先の違和感も、見えないまでも、そうやって倒れた草木が意識に引っかかっていたのだろうか。
レインの耳にはそれが届いていたらしい。
「新人が襲われたっていう熊の話もあるし、この森で何か起きてるのかもな」
だとしたら、この状況を作っている魔獣を倒しただけでは終わらないのかもしれない。
「ともあれ、もう少しで予定の場所よ」
シグレが二人に声を掛ければ、少し緊張した様子でうなずいた。
そうして視界が開けた場所へとたどり着くと――
「あれは……」
「何かデッカイのがいますね……」
リーラがうめく通り、木漏れ日に照らされたメタリックシルバーが光を乱反射するかのような半月型の魔獣――
「鋼甲変玉蟲……ッ!」
――言ってしまえば鋼のような甲皮を持った巨大なダンゴムシ。それが、そこにいた。
体高は、一メートルくらいだろうか。
全長は三メートル近いだろうサイズのダンゴムシというのは、見た目が大変気持ち悪い。
そもそも、ダンゴムシという生き物は足がうぞうぞと蠢いているのだ。
その時点で結構、気持ち悪いと感じるシグレからすれば、これほどのサイズのダンゴムシは正直勘弁してもらいたい。
「キュルキュルキュルキュル……」
鳴き声なのか、はたまた関節などが擦れあう音なのか。
鋼甲変玉蟲は音を出しながら、こちらへと体を向ける。
そして――
「散開ッ!」
レインが鋭く告げる。
同時に、三人は三様にその場から飛び退く。
瞬間、鋼甲変玉蟲は小さく飛び上がると、体を丸めて転がってきたッ!
いくつかの木々をなぎ倒しながら転がる鋼甲変玉蟲。
それが、転がった後は草木が潰れて、道のようになっている。
潰されたらと思うと恐ろしい。
三人は心の声を一致させながらも、めいめいに動く。
最初に動いたのはリーラだ。
「冬雪を望む天獣 動き回りし悪意に 冷徹なる足かせを」
鋼甲変玉蟲の体当たりを躱しつつ呪文の詠唱を口にしていたリーラは、杖を掲げて、天候術名を鋭く告げる。
「霜蔦絡凍ッ!」
リーラの掲げた杖の先端から半透明の白い球体が複数飛び出すと、体を開こうとしている鋼甲変玉蟲の周囲に着弾する。
すると、着弾箇所に大きな霜が顔を出すとどんどんと大きくなっていき、鋼甲変玉蟲を飲み込んで凍結していく。
「キュ、キュル……キュ……」
それを見たシグレはチャンスとばかりに地面を蹴った。
「鷹襲爪ッ!」
空中へ飛び上がり、鷹が獲物へ強襲するかのように繰り出す浴びせ蹴り。
「……ッ!」
人間が相手であれば、全身鎧を潰しながら蹴り飛ばせるだけの自信があった技だが、返ってくる手応えは堅く、足に痺れが駆け抜ける。
(以前戦った同種よりずっと堅い……ッ!)
素早く飛び退こうとしたシグレだったが、それよりも早く鋼甲変玉蟲の体が目映く光り出した。
その直後――
「キュルルルルルルル……!」
「……ッ!」
唸るような音を立て、鋼甲変玉蟲が動く。
凍った体を無理矢理動かし、同時に全身から衝撃波が放たれると、自分を包む氷ごと、シグレを吹き飛ばした。
「シグレちゃんッ!?」
驚いたようにリーラが叫ぶのを横目に、レインは口早に呪文を唱えながら、手にしている天候銃刃を鋼甲変玉蟲に向ける。
「飛連水刃ッ!」
天候術名が紡がれると同時、レインの左右に円形の水の刃が生み出された。
「行けッ!」
体を丸めようとしている鋼甲変玉蟲に向けてレインは二つの水の円刃を撃ち放つ。
円刃は空を駆け、進行を妨げる木々の枝葉を無慈悲に切り裂きながら、鋼甲変玉蟲へと肉薄する。
だが迫る円刃に対して、鋼甲変玉蟲が体を丸める方が早かった。
「ちッ!」
舌打ちしながら進行方向に入らないようにレインはその場から横へ飛び――気づいた。
(……狙いは、シグレかッ?!)
鋼甲変玉蟲の向く方向にいるのは、先の閃光によって、背中から木に叩きつけられて尻餅を付いているシグレだ。
身体の打ち付け方が良くなかったのだろう。立ち上がり切れていない。
(止めないと……ッ!)
レインは極限まで集中力を高めて思考を加速させる。
(間に合うか……ッ?)
手持ちの天候術の中で使えそうな術が閃いたので、素早く呪文を詠唱し始めるが――
(ギリギリか……!?)
そんな極限状態において、レインはチラリとリーラに視線を向ける。
自分よりも一足早く、彼女は何かを唱えながら動いていた。
(リーラは、間に合いそうなのか……?)
レインが焦燥と戦いながら詠唱している間に、リーラの天候術が完成し、彼女は杖を掲げながらシグレと鋼甲変玉蟲の間に入って、力強く言葉を放つ。
「|速射氷結連弾ッ!」
その口から紡がれた天候術の名前は、レインには聞き覚えがないものだった。恐らくは、一般的に広まっている術ではなく、リーラが独自に編み出した術なのだろう。
リーラの掲げた杖の先端に天術陣が展開し、そこから小さな氷柱が、無数に発生し連射される。
息つく暇もない氷柱の連射に、勢いよく転がる鋼甲変玉蟲の動きが制されていく。
それでも、完全に止めらそうにはなかった。
(シグレが立ち直ってくれれば早いんだけど、身体ってのは融通が利かないコトも多いからなッ!)
鋼甲変玉蟲の動きが鈍ったおかげで、レインは使う術を変更し、詠唱をし直すのが間に合った。
「流麗産水ッ!」
ただ綺麗な水を生み出す術を、レインは放つ。
バケツを何個もひっくり返したかのような水を鋼甲変玉蟲に浴びせたのだ。
ただそれだけのように思えるが、これはリーラの術と合わせたもの。
氷属性の術とはいえ、今リーラが撃っている術の威力も凍結力も低い。
だが、そこに水を加えたらどうだ。
たっぷり水を浴びすることとなった鋼甲変玉蟲の表面が、リーラの術を受ける度に凍っていく。
それに気づいたリーラも一カ所に連打するのではなく、まんべんなく打ち込むように角度の調整をし始めた。
しかし、これは足止めだ。
決定打にはならないということは二人も充分に承知している。
戦えなくても構わない。
せめて、シグレがここから移動できるだけ回復してくれればいい。
突破されるのが先か、回復するのが先か。
シグレの方が早いことを祈りながら、二人はシグレの名前を叫ぶ。
「シグレッ!?」
「シグレちゃんッ!?」
背中を強く打ち、息が詰まった状態のシグレは、そんな二人の呼びかけを聞きながら、鋼甲変玉蟲を動くことなくただじっと見つめていた。
本日はここまで٩( 'ω' )وまた明日の夜に更新します!
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