孤独な城主とその使い魔
三国の国境にまたがって広がる、深~い深い森の奥。
そこには緑青の蔦に覆われた白亜の壁を持つ荒城が佇んでいる。
かつては栄えたであったであろう、今は廃墟も同然のそのお城には二名の魔物の住人がいた。自身を城主と名乗る頭にヤギのような角が生えた銀長髪の男・ロンド、そしてその使い魔の自由過ぎる化け猫少年・セルフィー。この物語は、この一人と一匹のほのぼの魔物ライフ……ほのぼの、なのだろうか?
「おいこら、セルフィー!! お前一体何をした!?」
此処はお城の塔と塔をつなぐ回廊だ。壁には蜘蛛の巣が張ってホコリを被った美術品たち、そしてそ美術品の間を縫うようにして隙間いっぱいに広がったクレヨンの落書き。
「え~、ご主人のぉ~似顔絵、ですん!」
呑気にもふもふのしっぽを揺らしながら壁の一点を指さすセルフィ―。そこには黒と白の入り混じった何とも言えぬ人型らしきものが描かれていた。ご丁寧に豚のしっぽのようなものが二本、頭から生えている。そしてなぜか四つん這いの格好で描かれていた。ちなみにロンドもセルフィ―も角や獣耳と尻尾が生えている以外はほとんど人間と同様の見た目の魔物だ。化け猫は兎も角、生まれてこの方、赤ちゃんだった時期以降はずっと二足歩行のロンドに今更四足歩行という特殊な趣味は持ち合わせていない。
「お前に任せたのは掃除のはずだが……?」
「ぬぁ~。そんなの魔術で一瞬で何とかなりますってぇ! ほ~れ!」
セルフィ―は何やら地面にクレヨンで幾何学模様をササっと書きあげ手を添えた。すると地面から光が溢れ始めた。
「これは……転移魔法か」
「これでも一介の使い魔ですん! ごみを片っ端から外にポイしちゃえば~……って、あれぇ?」
光が収まると綺麗になった壁と床には先程まで存在しなかったたくさんの黒い物体……。
「シャー―――!!」
セルフィ―はしっぽを倍のサイズに膨らませ威嚇した。
「ナ~」
「ナウナウ…」
「ニャ―」
なんとまぁ、蜘蛛の巣やホコリと入れ違いに黒猫の大家族が召喚されてしまった。恐らく裏山のゴミ捨て場の近くに住み着いていたのだろう、野良にしては毛艶は良いが少々やせ細った猫たちであった。セルフィ―は出した爪を仕舞い、ぼさぼさになった尻尾の毛づくろいをした。
「えへっえへへ、びっくりしたぁ、可愛いですぬぇ~! 黒猫しゃん!」
「可愛いだけでは済まされんぞ、阿呆。お前の使う魔法は毎度ひとつ余分なんだ」
ロンドが眉間を抑えてため息を付くと、雑に首根っこを掴んで猫を拾い集め始めた。
「ふぇ……!? だめぇご主人っ!!」
セルフィ―がすかさずロンドの脚を掴んだ。当たり前だがセルフィ―の小さい手のひらと華奢な腕ではそれなりの筋力を持つ青年であるロンドの歩みを止めることは出来ず、猫を全部集める終わるまで引きずられてしまった。
「? どけ、邪魔だ。猫を山に帰したいのだが」
「この子たち、ご飯少ないって困ってたんですんよぉ。このままだと……おなかぺこぺこって。僕の魔法でここに来ちゃったってことは、きっとご主人の助けが必要なんですんぇ……」
泣きつく使い魔にロンドは小さくため息を付いて耳の伏せった小さな頭を安心させるように撫でた。
この混沌とした状況は二人にとっては割とよく起こる光景なのだ。セルフィ―は召喚・移動系の魔法の異能持ちだが、それらの魔法は時にロンドの能力を必要とする動物や魔物、時には森に迷い込んでしまった人間を呼び寄せる。自ら独りでいることを好むロンドにとってはいい迷惑であるが、それは同時にロンドを本当の寂しさによる恐怖から守るために先代城主が残した思いやりでもあった。先代については一人森に迷い込んだ身寄りのないロンドを保護し、彼に才を見出して時に厳しく時に優しく修行をつけ己の術をロンドに授けた偉大な師匠であり家族のようなものである、とだけ語っておこう。先代城主から受け継いだ高い魔力に再生力、様々なものに対する耐性などの異能はかつて人間であったロンドの身体を完全に魔物へと変化させてしまった。そんな人ならざる強靭なロンドの肉体に、他人の損傷部分や不調部分をセルフィ―の魔法で転移させることで患者を一瞬で完治させることができる。ロンドの痛感は長年の修行によって極めて鈍くなっている上、痛みを感じたところで瀕死の状態でも瞬時に回復・再生してしまうので殆ど負担にならない。二人合わせたら万能の治療薬に成り得るという常識破りの能力だった。
「……はぁ、わかった。猫はこの城で世話する、それでいいか」
「ご主人……! ボク、みんなのお世話、頑張りますん!」
「嗚呼、そうしてくれ。俺は本当に何もしないからな」
そう言葉では言いつつもロンドは無言でセルフィ―に手を貸し、セルフィーは手際よく黒猫からロンドへと怪我や病を転移させていく。そして治療し終えた猫をセルフィ―が数えてゆく。
「いち~、にぃ~、さん、よん……ご~ろく、なな、はち!」
「子猫がこんなにも……これでは飢えるのは当たり前だろう。此処いらは魔素が強い。草や木の実は良く育つが、栄養源となる小動物は怯えてこの城周辺にはやってこない。こいつらは珍しく魔素にも耐えられるようだし、中庭で飼うといい。餌はお前が用意しろ」
「はぁ~い!」
セルフィ―はにゃーにゃ―鳴く猫たちを腕いっぱいに嬉しそうに抱きかかえた。若干名、腕からこぼれて地面に足が付くほど伸びている。それでも黒猫たちはセルフィーに抵抗する気はないようだった。
「だがこのまま放っておくとこの城はじきに猫屋敷になってしまうぞ」
「去勢しますかぁ?」
「お前、仮にも化け猫になる前は猫だったというのに……その、容赦が無いな」
「えぇ~、そうですかぁ~? ボクもそうされてきたんでぇ、問題ないかと思いますん」
「……そんなことまで俺に話すな。さっきお前に任せたと言っただろう。自由にしろ」
「はぁ~い!」
こうして味気ない白いキャンパスに木炭を塗りはじめたように少しづつ賑やかになっていくのだろう。
もう少しこの城を、一人と一匹の行く末を、覗いていけそうならば見届けていってほしい。
お久しぶりです。
第一話で読者を振るいにかけていくスタイルでございます。
ちなみに見た目は少年のセルフィーですがロンドよりも年上です。
続きが書けるといいな。