憧れのひと。
家の中にはいると長兄のサンド夫婦もいた。
何となく顔が強張ってるよ。
「さあさあ、お茶をどうぞ。」
母の言葉に、
「いただきます。」
にこやかに席につくアンちゃん。
ミッチーはその膝に、のそり。と乗ってきた。
ええ子や。空気を読んではる。
アンちゃんは大喜びだ。
「ある程度お年を召したお猫の方が落ち着いて良いのかもね。今度そう言う子もスカウトしましょうか。」
兄夫婦の子供はミルドルと言う。
以前、お正月に落とし玉をせびられた時以来だ。
「ねぇねぇ。お兄ちゃん偉い人?何でお顔に傷があるの?」
「ー!!」ぶったおれた兄嫁。
「こら!ミルドル!伯爵様に何を!も、申し訳ない。」震える父。
「で、伝説のアンディ様に!」狼狽えるサンド兄。
「うーーん、そうだね、色々悪いやつと戦ってるからねえ。」
そりゃねえ。王妃様に唐揚げにレモンをかけて折檻されたとは言えないよねえ。
(前作のグランディ物語、14話。『やめろといわれても。遅すぎる。』に詳しいよ。)
「おい、こないだ敵の親玉、ミズーリを捕まえたのはこの人なんだぞっ!」
ランド兄は絶叫している。
「えっ、すげえ。じゃあさ、じゃあさ、伝説の三羽烏に会った事あるの?」
アンちゃんは物凄く微妙な顔をした。
「あのさア。三羽烏はここの人達にとってどういう存在なわけ?」
まわりをぐるりと見回す。
「…子供達に取っては憧れみたいですよね。絵本がありますから。三人の若者が強い強い忍びになりました。で、終わるやつです。」
サンド兄が下を向いてつぶやく。
「王妃様が描いたアレか。」
はーーっ、とため息をついて、
「その後の話はどこまで知られてる?」
「赤い稲妻が裏切って黒魔に打ち取られた。白鬼は
戻ってきて、2人でこの間の戦いに勝利した。」
父が硬い声で言う。
「あー、だいたいあってるね。ちゃんと教えてあげないとね。」
「レイカ姉ちゃんも知ってるの?」
「うん、だって、黒い悪魔はこの人だから。」
手の平で指し示す。指をさしたら失礼だからね。
「もー!やめてよ、その呼びかた!」
「レイカ、そんなあっさりバッサリ!」
母も慌ててる。
「す、すげー!!じゃあさ、じゃあさ、手裏剣とか打てるのっ!マキビシは?」
ミルドルの目は輝いてる。
そりゃあ、憧れの存在がいればそうなるか。
でもアンちゃんが手裏剣打つのなんか見たことないぞ。
「あーれーはー。王妃様があっちの記憶で思いだして作ったもので、ワタシの専門じゃアないんだけどね。
だいたい忍びの衣装着てるのはスケカクでしょ。」
「デモストレーションとか?何かの演出?」
「そう、レイカさん。あっちでは影の軍団とか言って?そんなの使うんだって?イガとかコーガとか?」
「ごめん、私も日光江戸○でしか見たことない。
忍び。あと、修学旅行の太秦映○村でさ、行ったりきたりする忍びの人形がいたわ。」
ついでに池から出てくる怪獣もね。
「じゃあさ、坊主、外にでなよ。特別に黒魔が見せてやるよ。ホラ。」
アンちゃんが袖から出したのは手裏剣!
持ってたの?
「忍びのたしなみよ。さ、ネコちゃんは危ないから降りてね。」
ぶにゃおん。
渋々降りるミッチー。
「か、可愛い!」
アンちゃんあんた、猫なら何かやっても可愛いいんだろ。
「あの、あんまり危険なことは。」
「懐かしいセリフですね、お義母さん。大丈夫。
ランちゃんだって、今や猫カフェの店員ですよ。
なーんも危なくない。」
みんなで外にでた。
アンちゃんが上着を脱いだので受けとる。
「あのケヤキの木でいいかな。見てなよ、そらっ!!」
シュバババ!!
アンちゃんが投げる。
トトトト!
ケヤキの木に手裏剣がささる。
「うわぁ、凄い!」
「ワタシは本当はナイフの使い手なのさ!」
風で葉がおちる。
しゅ!しゅ!しゅ!
木の幹に葉っぱが縫い付けられていく。
「うわあ!うわあ!うわあ!」
「アンちゃん!凄かばい!」
「あら、坊主にレイカさん、ありがとう。」
「アンディさん、そろそろ中で食事にしませんか、
ねっ、あとお部屋にもご案内しますよ。」
「わかった。ランちゃん、アンタも苦労性だね。」
「お、俺も忍びになる!」
アンちゃんが真顔になった。
「バカだね、坊主。そんな事言うもんじゃないよ。
ちゃんとした貴族の子だろ。ここをつぐんだろ。
それに、入るんなら騎士団だ。
俺らは騎士団には入れない生まれなのさ。
それにね。
俺は運が良くて生き延びたけど、忍になったら、あっという間に怪我して死んじゃうんだよ。」
頬の傷を指して、
「こんなに強くても怪我はするから。」
確かに正論だ。
その傷はちょっと違うけど。
「そうよ。ミルドル。アンディさんはね、身体中傷だらけなんだよ。こないだアバラも折れたし。」
「あら、エッチ。脱いで見せればいいのかな。」
ベストを脱ぐアンちゃん。薄いシャツを通して、
筋肉隆々なのがわかる。
ごくり。
おや?誰かが凝視して息を飲んでるぞ。
母?えっ、まさかの父?
「な、やめてくださいよ!アンディさん!
レイカもなんて事言うんだよう!」
「ランちゃん。キミのペットも凄い事になってるよ。」
「お前!何だそれは!」
ツチノコのツッチーが赤くなったり、保護色になったりと点滅を繰り返してる。
やだ興奮するとカラータイマーになるのかしら。
アンちゃんの飛び道具に危険を感じたの?
「あ、あれが伝説の生き物。ごくり。」
サンド兄の目がランランと輝いていた。
「なあ、ランド。それ、どこで獲れたの?」
「知らないよ。こないだブルーウォーター領でいつのまにかくっついてきたんだよ。」
「いいなあ、俺も欲しいなあ。」
「サンド義兄さん。気をつけないとそいつ噛むヨ。」
「ヨーシヨシ。」
何と!ツッチーがサンド兄さんに大人しく撫でさせているではないか!
「何でえ!」
座りこむアンちゃんに、
ーーにゃお。
ウィスパーなボイスで擦り寄るミケネコ・ミッチー。
デジャヴ。
でも、よくやった。