眠れる獅子は起こしてはいけない。
誤字報告ありがとうございました。
何とも言えない雰囲気の中、レストランの奥からラーラさんがソーセージとポテトを持ってきた。
「お待ちどうさま。」
「美味しそう。そして美味しいわ。」
…みんな良く食べられるなあ。
「さあ、どうぞ。ぐっとやって下さいな。」
アンちゃんがみんなの前にビールのグラスを置く。その顔は怒りに歪んでいる。
「…方針が決まったら私にもお教えくださいませ。カレーヌ様。」
うわあ。目の端に見える。アンちゃんが研いだナイフを眺めてるのが。
ふっ。
髪の毛を一本抜いて刃先に吹き付けたぞ。
ふぁさ。ぷつん。
抵抗なく切れたぞ!
カレーヌ様はキューっとビールを飲み干した。
「うん。とりあえずビールおかわり。あとね、メンチや唐揚げとか?王妃様お気に入りの物を出してっ。
この際憧れのメニュー食べまくっちゃる。」
なるほど、憧れだったのか。確かにあまりカレーヌ様は王妃様とお食事はしてないかもね。
それは良いけどピッチ早くない?
「はっ。ご注文承りました。」
アンちゃんは奥に消えたがどうせ聞き耳を立ててるんだろう。
「ふっふふふ。私があのババアに散々嫌味を言われたのは知ってるかしら。娘しか居ないからよ。
ふん!義兄のとこだって娘じゃん!
だいたいねえ、結婚した時からグチグチ言われてさ。私のことが気にいらなかったのよ。
公爵家の嫁は気位が高いに決まってるとか、可愛い顔してチヤホヤされてきて、人生舐めてたんでしょ。ってね。」
「あ、そうなの。」
カレーヌ様のご主人はカレーヌ様のことが昔から好きだった。息子を取られた気持ちが強かったんだな。
デレデレしてる我が子を観るのが嫌だったのか。よくある話だ。子離れしてないんだな。
エリーフラワー様もビールをあおる。
「ふう、カレーヌ様。ご実家の公爵家にも報告なさったの?」
「まぁだよ。こないだね、レイカと会った時は隠し子がいるとは知らなかったのよ。
ただね、さっきのカードイカサマ親父の娘。
つまり従姉妹がね?旦那のウワキ相手じゃないかと言うウワサがあったの。
いき遅れでさ。昔から旦那が好きだったみたい。
ババアはそいつと結婚させたかったらしいのよ。
ふん。知るか!旦那は昔から私にお熱だったんだから。」
メアリアンさんはワインをゴクゴク飲んでいる。
その後ビールに手を出している。
私は何も喉を通らないのだが。
「飲まずにはやってられませんわ。半年くらい前かしら。お腹が大きな女性が1人で来ましたの。
お腹の子の性別を知りたいと。付き添いの義母は駅で弾かれたけど、ずっとそこで待ってる。
もし、男ではなければ始末しなさいと言われたと。大泣きしてね。」
はあっ、と息をつく。
「私にもビールのおかわりをくださるかしら。ポテトと良く合うわね。」
アンちゃんがビールを持ってくる。
いや、みんな早いって。飲むペースが。
と言うか、強いね?まあ、夕飯にワインがつきものの国だからな。
「もうすぐ、唐揚げもあがりますよ。メアリアン義姉さん。」
「ふふ、アンディ様に給仕をしていただくなんて恐れ多いわね。
で、話の続きですけどね。普通はそんな飛び込みの依頼は受けないの。
だけどね、カレーヌ様の親戚と言うから特別に。
確かにビレイーヌちゃんと似たオーラを感じたの。」
カレーヌ様が鼻で笑う。
「そうね、例の従姉妹だったのね、それが。
そりゃビレイーヌと血は繋がってるでしょうよ。彼女にしたら、ウチの子はハトコですからね。」
メアリアンさんは頭に手やった。
「それでね、ひと目で男の子だとわかったから。
泣いてる妊婦が気の毒になって男の子よ、と言って教えたの。彼女、喜んだわ。くれぐれも貴女には内緒に、と言っていたのが不思議で変だとは思ったの。カレーヌ様の名前を出してゴリ押ししてきたくせに。
…利用されたのね、私。」
そこに出来たてのメンチがきた。
「ふうっ、昼間からのビールは効くわね。
レイカさん、飲まないの?あ、そう?
それでそのふとどきな女は妊婦だから入国出来たのね。キューちゃんは妊婦には優しいからね。
意地悪バハアは弾かれたと。もう嫁姑気取りとはねえ。」
エリーフラワー様は色々、すぐに理解できるのだな。
「でも旦那の子じゃないの?私にあのババア、男の子が産まれたから出ていけ!って言ったのよ!
三日前に手紙が届いたの!
工房や稼いだお金も置いていけ、無一文で娘連れて出ていけ!ってさ!」
「はああ?だって工房とかやってるのはカレーヌ様でしょうに!」
とりあえずワインをひとくち飲んで気を落ち着ける私。
いかん、悪酔いしそうだ。水にしよう。
「ふん。だから良い弁護士を紹介していただきたいの。もうあんな馬鹿には未練もないし、ずっとあの一族にたかられるのはごめんなのよ。」
カレーヌ様が頭を抱える。
「事実を確認したいんだけど。」
エリーフラワー様が言う。
「カレーヌ様。ご主人は今どこに?」
「ババアのとこよ。ババアは跡取りにするって。男が生まれたから私と離縁してあの女と再婚させて、長男夫婦を追い出すんですって!」
「……へえ。 最後にご主人が戻ってきたのは?」
「半年前。」
「うん、お腹の子が男子とわかった頃か。
ハメられたわね。」
「 ? 」
「多分ね?10ヶ月くらい前、ご主人は一服もられたの。そしてこの従姉妹とそう言う関係になった、と思わせられた。」
「エリーフラワー様、なんでわかるの?」
「カレーヌ様。キューちゃんが許さないわよ。不貞をしたヤツを。貴女が産後でふーふー、言ってる時に。
キューちゃんにはご主人がシロなのはわかっていた。だから帰ってきたの。」
カレーヌ様は腕を組んだ。
「じゃア、最近帰ってこなくなったのは、帰ってこれなくなった、と言うことなのね。」
「ええ、キューちゃんの怒りにふれたのね。」
とメアリアンさん。
「ふーん、それでは、あのバカはその後、やはり一線をこえたと言うことなのね。自分の意思でね。
はっ!安定期になったから安心と言われて盛ったか。
私が産後で授乳も大変な時にね!仕事もしてたって言うのに!
確かにもっとボクに構ってよう、って甘えたこと言ってたな!あの僕ちゃん!
おまえがもっと育児に協力しろ!
大した仕事もしてなかったくせに!宿六がっ!
で、松子ちゃんチェックに引っかかったと。
…ふふふふふん、上等じゃねえか。」
カレーヌ様。声は笑ってるけど顔が笑ってないわよ。それにガラが悪くなっているわよ。
バカだの僕ちゃんだの宿六だのと、色んなバージョンで、ののしってるわ。
「多分、その従姉妹は妊娠して父親に逃げられたかで、ご主人を嵌めたか。
または、ご主人が薬をもられても手を出さなかったから、あえて他の男とそう言う関係になって身籠ったか。
そしてご主人に貴方の子よ、と。」
メアリアンさんが淡々と語る、そしてビールを飲む。
「えええ?そこまでする?」
気色悪い。
「まあもともと二股かけてたか、二股かけようとしたか。
そこにインチキギャンブルの伯父さんがかんでいるわね。
娘を、カレーヌ様のご主人の子を孕んだ事にして、嫁がせようとした。
男を孕んでたら、後継にできるぞ、と。占い師に確かめてもらえ。と言ったのね。
その義母さんにもね。」
淡々語るエリーフラワー様。
うん?それって?
「そう。気がついたわね。レイカさん。ローレン子爵家の乗っ取りよ。」
エリーフラワー様はビールをあおった。
「ふっ、けったくそ悪い。ビールくださいな!」
「はい、エリーフラワー様。ただいま。」
鬼の形相のアンちゃんがビールを持ってくる。
「つまり、生まれた子はお姑さんの血筋だけど、ローレン家の血筋ではないのね?」
「ええ、レイカさん。私にはローレン家のオーラは感じられませんでした。
胎児から感じられた父親の姿は、焦茶の髪の茶色の目の男。
感じとしては出入りの商人ですね。妻帯者のようです。」
「え!」
「その従姉妹のお母様は亡くなってますね。
あの時、私が胎児の性別占いをしてた時、側にきてましたのよ。
そんな子供を産んではダメ、父親は平民の男じゃないの!と叫んでました。
私は、平民に嫁いだ貴族令嬢なのだな。男を産めといびられてるのだな、と。同情したのですよ。
死んでからも、娘が平民の子を産むことを憂慮している母親にもね。
…馬鹿みたいですわね。」
一同無言である。
「…ただ、カレーヌ様のご主人と同じ髪と目の色だし、お姑さんは息子さんの子供と信じきっていますね。ローレン家の跡取りだと。」
メアリアンさんの発言は続く。
「だってさ、もうカレーヌ様たちは、ローレン家を出て、名ばかりだった(失礼)ローエン家を継いでるじゃない、関係ないでしょ。」
ローエン家は後継がいなかった、ご主人の父方の親戚と聞いている。
名前がややこしくてすぐ間違えちゃう。
「レイカさん、多分スライドさせる気よ。そのババアは長男をローエン家にして、
次男をローレン家に戻す。なんとしても後継の男子か欲しいのね。」
恐るべき執念である。
ババアは三人の男子の母だ。きっとそれだけが自慢で心の拠り所だったのだろう。
私だって前世では娘しかいなかったから、夫の方の親戚に色々言われたもんだ。
「次は男ね」と。腹が立ったが昭和の価値観を引きずっている人は沢山いた。
きっとオババは、男子に恵まれなかった人を揶揄して来たのだろう。それなのに女の孫しか生まれない。
ブーメランとなって発言が戻ってきたのだ。
意趣返しもされただろう。
自業自得である。
カレーヌ様は目を閉じて下を向いている。
「ねえ、カレーヌ様。どうしますか?
まずご実家に連絡しましょうね。カレーヌ様を溺愛してらっしゃるんですもの。きっとお力になって下さいますわ。」
と、メアリアンさん。
「それからリード様にもお伝えしましょう。
貴女はリード様の幼馴染。しかもあの方は不貞をする奴がお嫌い。締め上げて下さいますわよ。」
怒りながらの発言はエリーフラワー様だ。
「うん、私も王妃様にお手紙を書くわ。カレーヌ様は王妃様のお気に入りのパティシエ。
フォーチュンクッキーだって、ジャ○ィクッキーだって、王妃様のリクエストで作ったんでしょ。
その売り上げを吸い取るなんて許せない。」
「そうね、レイカちゃんの言うとおり。あの馬鹿たれはここに入れなくなって、お金を引っ張れなくなったから、あちらで見よう見まねでジャム入りクッキーやおみくじクッキーの粗悪品を売り出してるのよ。」
アンちゃんからの驚きの情報。
「え!そうなの!それは権利関係をしっかりしておかないと!」
「…それより、カレーヌ様。俺が何とかしましょうか?
アイツらをサクッと。バッサリと。
アラン様に相談して、許可が出ればですけどね。
嫌とはおっしゃいますまい。
王妃様も口添えして下さるでしょう。
だってこれは乗っ取りだ。」
オネエ言葉封印のアンちゃんだ。
手にはナイフが光る。 研ぎたてだぞ!
カレーヌ様は、さっきから俯いて目を閉じたままだ。
「カレーヌ様?」
…ぐう。
「あらやだ。寝てるじゃない!」
素っ頓狂な声をあげるエリーフラワー様。
あれだけガバガバ飲んでたらねえ。
「気が緩んだのですわね。」
「ええ、今日はこちらに泊めましょう。」
「ショコラ、客間を用意しろ。クノイチが交代で見張りをする様に。途中で具合が悪くなられたら介抱するんだぞ。」
「はい。水差しと洗面器を用意しますわ。」
カレーヌ様、ゆっくり休んでね。




