指輪とポスターとシルクと。
サーカスの次の日。エリーフラワー様がレストランに訪ねてきた。
「こんにちは、レイカさん。シンゴ君いる?」
すっ、と影の中からシンゴ君が現れた。
うわ、ビックリした。
「エリーフラワー様、お待ちしていました。」
「こちらがね、頼まれていた指輪の見本品なの。
ラーラさんもお手すきかしら?」
まああ。結婚指輪じゃないの。
「そうですね、サイズもありますし。姉さん、ラーラをお借り出来ますか?」
「そうね、今なら良いんじゃないかな。」
すっかり外堀を埋める気だよ、この子。
やるなあ。
「ようこそ、エリーフラワー様。」
「ラーラさん!ご婚約おめでとう!それでね。」
エリーフラワー様は宝石をいくつか出した。
「こっちはね、婚約指輪用の石なのよ。」
どれどれと覗きこむ。
まあっ、ダイヤにこれはブラックダイヤ?
ルビーにエメラルドだわ。こっちはサファイアよね?
「シンゴ君、結婚指輪もいいけど婚約指輪もね?」
「は、はい。どれも見事な石ですね。」
なんとなくシンゴ君の声が硬い。
わかる、彼はきっとこう言いたいのだ。
――でもそれ、お高いんでしょ。
「ほほほ。これはね、龍太郎君から預かってきた石なのよ。ラーラさんの名付け親なんですって?
好きなのをくれるって言ってたわよ。」
「ううっ。龍太郎!いいヤツ。」
目を輝かせて宝石を選ぶラーラさん。
「あら、どれも見事ね。ねえ、レイカちゃんも欲しいかしら。」
いつの間にかアンちゃんが。
そういえば指輪の交換で結婚指輪はもらったけど、婚約指輪は貰ってなかったな。
アンちゃんを横目で見ると、ちょっと情けない顔をしているわ。
「ごめんねえ。そこまで気が回ってなかったわ。」
「まあ!それはいけませんわね、アンディ様。お金がないわけじゃないんでしょうに。」
エリーフラワー様が責める。
「ううう。」
「あ、じゃあさ。ルビーの指輪を頂戴よ。うちの実家からルビー出たじゃん。キューちゃんが発見してくれて。
そこのを買ってくれればwin-winだわ。」
「win-winの意味はわからないけど、それが良いんなら。」
アンちゃんが肩から力を抜く。
「今度お義母様から最高のものを持って来てもらいましょうネ。」
「うん、そうして。」
きっと親族割引も効くはずだ。
まあ、本当の事をいうと、あんまり婚約指輪にはテンションが上がらないのだけども。
前世の記憶でもさ。あまり付ける機会なかったよね。婚約指輪って。
(せいぜいひとの結婚式にお呼ばれした時とかね。
そのうちサイズアウトしてつけられなくなったりするのだ。)
何しろ食堂で料理作るときは結婚指輪でさえ外していた。
衛生上の理由でね。もちろん手袋もするけどさ。
今世だってレストランでは作るときは外すのよ。
この世界じゃね、指輪に毒を仕込んでると思われる恐れがあるからだ。怖いねえ。
「私、このダイヤにします。龍太郎君の手作りでしょう。パワーがありそうです。
良ければ横にブラックダイヤの小さな石をあしらいたいです。このデザインで。」
ラーラさんが指さす。
「あら、良いわね!」
そこでエリーフラワー様はニヤリと笑って。
「ブラックダイヤって、シンゴ君のイメージだものね?」
「え、そうなんです。わかりますか?」
赤くなるラーラさん。更に赤くなるシンゴ君。
うひょう。背中がむずかゆいぜ。
「じゃあ、私もルビーの横にブラックオニキスをあしらってもらおうかしら、アンちゃんのイメージで。」
「まア♡レイカちゃんたら。」
アンちゃんは何かと面倒くさいから気配りが大事だ。
洞察力が夫婦円満の秘訣である。
ん?そう言えばルビーの指輪と言えば、シンディと被るな。ま、アンちゃんが気づかないならいいや。
「ほほほ。ではラーラさん。結婚指輪はどうする?
プラチナに金をあしらってみたら?」
「あ、ではこれ使えますか?」
シンゴ君が砂金を出す。
「あら、コレはこないだの砂金ね。ふふふ。
ハイド君も出したの。あちらも結婚指輪を作ったのよ。」
あちらは婚約指輪は作らずに代わりにでかいブルートパーズのネックレスだったな。
そこでエリーフラワー様がポスターを広げた。
「ハイド君がモデルをしてくれたの!それでモニターとしてタダにしたのよ。」
《結婚指輪・永遠の愛の輝きをあなたに。エリーフラワー宝石店》
「うわああ!」とシンゴくん。
「ええ?ちょっと盛ってねえか?アイツ。」
と、アンちゃん。
そこには、金髪のカツラを被って微笑むハイド君がいた。
「リード様みてえじゃねえか。」
「おほほほ。だから下に【リード様ではございません】と書いてあってよ。
メイクで似せたのは本当よ。うふふ。
貼ったらすぐに剥がして盗まれているわ。評判は上々でしてよ!」
凄いなあ。リード様よりは骨太で、ロバート・レッドフォードの若い頃みたいだぞ。
「アレ?後ろのシルエットは龍の字じゃねえか。」
「本当だ。え、それに指に何かつけてるわよね?」
「ほほほ。流石にレイカさん、気がつきましたのね。お揃いの指輪を俺もつける!と言って聞きませんでしたの。それで三人でお揃いなのですわ。」
「三人。」
顔を見合わせる私たち。
結婚指輪ってそんな第三者とお揃いにするものだっけな。
「……神獣に好かれるのも良し悪しだワ。」
アンちゃんがため息をつく。
でもね、きっと龍太郎君もメリイさんと結婚したかったのよね。だからよね。
胸がチクリとする。
「こちらのバージョンもありましてよ。」
もう一枚のポスターを見せてくれる。
龍太郎君が大きくなって顔をハイド君に寄せている。というか頬をくっつけている。
肩に回した指には長い尖った爪が付いているが、その上の部分には、指輪が輝いているのがハッキリとわかる。
ハイド君も手の甲を見せて、お揃いですよ、アピールだ。
そして二人?で微笑みあってる(龍太郎君も笑ってるんだろう。開口して目を細めている。)ようだ。
男同士とか異種間ということを差し置いても立派なカップルに見えますよ。うへえ。
「ふん。ハイドのやつ。頭に布を巻いて砂漠の民みたいじゃねえか。」
「ほほ。龍太郎君が【アラビアのロレンス】風にしろ、と指定したのですわ。メリイさんと二人であーでもない、こーでもないとやってましたの。
レイカさん、ロレンスってわかるかしら。」
「ええ、わかりますよ。良い再現度だと思います。」
めっちゃハンサムじゃん。
「こちらも好評ですの。最初あちらを見て、ハイド君に熱をあげたお嬢様が、これを見てクールダウンするんですよ。ほほ。」
……はは。
「じゃア結婚指輪も用意したんなら、ハイドのとこはもう結婚するのか?エリーフラワー様、聞いてますか?」
アンちゃんの問いに眉をひそめるエリーフラワー様。
「…それがね、ちょっと迷ってるみたいなの。
ドレスなんだけど。」
「 ? 」
「ソレイユ産のシルクが手に入らないかな、とね。」
アンちゃんが目を見開く。
「あー!そう言うことか。メリイさんのお母様がこだわってるのか。」
「メアリアンさんの物になったでしょ、あのドレス。借りるとしてもデザインもスタイルもね。」
確かに。メアリアンさんにピッタリと合うように仕立てたドレスだもんね。
「う、うーん。どうするか。あのタヌキに聞いてみるか。」
「お願いするわ。サードさんが手を尽くしても手に入らなかったもの。
でもね、メリイさん自身はそんなにこだわってなくて、お母様に気を使ってるだけだから。」
「あの、エリーフラワー様。」
「あら、ラーラさん。結婚指輪はどれにする?
サイズはどうかしら。」
「ハイ、デザインはこれで、サイズはこっちで。
…ではなくて。
そのシルクなんですけど、モスマンの繭でしょ?
ソレイユ地方のシルクはモスマンの繭だから手に入らないってスダンが言ってましたけど。
アイツはあちこちに潜入してて、物知りでしたからね。
モスマンならネモ様が気安いのでは?お尋ねになったらいかがですか?」
何ですって!?




