名前は最初の贈り物である。
その後、五日くらいたってから、カレーヌ様のお祝いとお見舞いに行った。
カレーヌ様は上機嫌だった。
「うふふふ。女の子よ!可愛いでしょ。」
「うん、可愛い。」
「ふふふのふ。あの婆ア、ざまあみさらせ。」
「ど、どうしたの、カレーヌ様。そんなに毒を吐いちゃって。」
ブラックなカレーヌ様にドキドキするアンちゃんだ。
私の前ではいつもこんな感じだけどね。
可愛い顔をして毒を吐く。
読者の方はリ○ちゃん人形が毒舌と思って下さると良いのではないか。
(うふふ。私○カちゃん。この豚野郎。いっぺん死んどけ?)って感じである。
「あの婆アってお姑さん?」
「そうよお。長男のとこにも娘しか生まれてないんだけど。次男のウチに男の子が生まれたら、引き取るってうるさかったのよオ。」
「なんと。」
「だけどさ、こないだドラゴンがこの国の周りを飛び回ってんじゃん。それでびびったところに、女の子でしょ。もう、顔も見に来ないんですってよ。
ふん、来るなっ!!」
「え?だって、もうそちらのご実家抜けて、別の家を継いでるじゃないの。それなのにそんな事言うわけね?」
「うん。」
「カレーヌ様。ご夫君は間に入ってくださらないので?」
あら、アンちゃんの顔がこええぜ。
カチャ。
ドアが開いた。
「はいるよ、カレーヌ。お客さんかい?
あ、アンディ?久しぶりだな!?」
「…これはジャスティン若様。ご無沙汰しております。」
ああ、カレーヌ様のお兄様、ヴィトー公爵令息様。アンちゃんは昔家族でこの家に仕えていたんだもんなあ。
カレーヌ様によく似た美形さんだ。
綺麗な金髪、青い目。
「お兄様。こちらレイカよ。私の大親友の。」
「初めまして。」
「貴女がレイカさんか!いつもカレーヌから聞いております!
大親友だと!お世話になってます。
いやあ、この子はお友達の少ない子でしてなあ!
良い子なのに、誤解されやすくて!」
まず、もう大親友でいいです。
はい、お世話はしました。
それは知ってます。
根は悪くないですね。
と頭の中に浮かぶが、
「こちらこそ、お世話になっております。
カレーヌ様といると楽しいですよ。」
と返しておく。
「嬉しい!レイカあー!!」
カレーヌ様が抱きついてくる。
「あらあら。」
「こほん。カレーヌ様、レイカは身重でございますから。」
「おお!そうですな!お子様が生まれたらカレーヌの子と仲良くしてやってくださいね。」
「ほほ。勿体ないことですわ。」
軽く受け流す。
「お名前はお決まりになりましたの?」
「迷ってるのよー、あ、そう言えば婆アが自分につけさせろ、と言ってうるさいのよ。」
「へえ。」
「コホン。我が公爵家には代々伝わる名前がございましてな。
子爵家の婆アなぞに口は出させませんぞ。
美姫になること間違いなしの名前があります。
実際、これらの名前をつけられた娘はみんな美人になりましてね。
カレーヌもそうです。」
「まあ、そうですの。」
「ええ、他にも伝わっている名前はですな。
ビレーヌ、ビジョーヌ、キレーヌ。
どれも名だたる美人でして。」
美であり、美女であり、綺麗であるのか。
「はあ。」
「後は、ビシソワーズ。」あ、それはちょっと。
カレーヌ様の娘さんがオシャレ料理にならないことを祈って、病室を後にした。
ゆっくりと馬車に乗って帰る。
「でも、ご実家との付き合いが復活したのヨネ。安心したワ。」
アンちゃんがほっとした顔でいう。
「ご母堂もすぐいらっしゃるわよ。お孫さんの顔を見に。」
「そうネ。ジャスティン様の所は息子さんばかりだもの。」
「レイカちゃんもそろそろだものね。
ミネルヴァちゃんの誕生日の頃だったわね。」
そう、六月二十日なのだ。
流れる景色を見ながら思う。
ウチの子の名前はなんじゃらほい。
「アラン様、もうお名前決めてくださったのかしら。」
「幾つか候補があるみたいでね、今選定に入ってる。」
「選定。」
「そう。紙に名前を書いたものを並べて、水に浮かべて最後まで沈まなかったものとか。
それが第一次予選。」
いやいや?
それなんの水占い。
普通さ、画数とか語呂とかさ?由来とか、意味とか。ねえっ?
「ウシの甲骨に名前を刻んで焼いてみて、それが第二次予選。」
…すみません。古代人ですか?
…以前、倉敷の大原美術館で甲骨文字を見ましたよ、ええ。アレはすごかった。
――ちょっと現実逃避しちゃったよ。
「全力で楽しんでらっしゃる。」
はあっ、とアンちゃんはため息をついた。
恐る恐る聞いてみる。
「どんなのが候補かわかる?」
「一部は。多分ね、王妃様が噛んでる。あまりコチラで聞き覚えがないもの。
サキとか、アスカとか、ナナ、オリエ。」
あー、
早紀に明日香。奈々、織江。容易に漢字で変換できる。
というか、王妃様。和田慎二のファンですね?
「そのへんなら、まあ、なんでも。
でももっとご自分でお考えになるのかと。」
王妃様の名付けが不満だったんじゃないのかい。
「うん、それでご自分の案は、
レキ、カスカ、バナナン、ゴリエ。王妃様に影響されたんだね。
なんかね、考え過ぎて訳が判らなくなられたらしいんだ。はは。」
乾いた笑いをもらすアンちゃん。
…やめてくれええっっ!!ふざけとるんかいっ!
まだビシソワーズのほうが、マシじゃあああっっ!!
「今度ね、紙飛行機にして飛ばして選定するとおっしゃってる。
一番遠くまで、飛んだやつにするって。」
アンちゃんは遠い目になってる。
うううっ。
仕方ないっ!
「メアリアンさーん、どうにかならない?
ゴリエは嫌だよおお。ペコリナイトになっちゃうよう!」
帰宅したら事務所にいたメアリアンさんに即、泣きついた。
「神託出たとか、嘘ついて?アラン様に進言してえっ!
キキとかララとかにして!せめてキラキラネーム!」
「それはちょっと。でもいい手がありますわ。」
「何?」
「飛行機をすり替えるのですわ。」
「その手があったか!」
以下。アンちゃんの報告である。
母からキューちゃんに頼んでもらい、
アラン様の飛行機飛ばしの現場に潜んでもらった。
飛行機をそっと尻尾で仰ぐキューちゃん。
空高く、飛行機が舞い上がる。
その中でも、二つの飛行機が遠くまで飛んで落下する。キューちゃんの匙加減が絶妙だ。
「拾ってまいります。」
もちろん、拾うのは忍び。
手の中で王妃様が命名した名前の飛行機と入れ替える。
「なるほど、アンディ、お前の娘の名前が決まったぞ。」
「ははっ。」
ランとアスカ。
―柴田昌弘もお好きだったようだ。
「あら、じゃア今度から、ランちゃんと呼んだらややこしくなるワね。
ランド義兄ちゃんと呼ばなくっちゃ。
ウフフ。」
うわあ。ランド兄嫌がるだろうなあ。
めでたくウチの娘は狼少女と超少女に決まった。
キューちゃん、ありがとう。
和田慎二を、あたしンちと聞き間違えられた事が、
二回あります。