もしかして転生者かもね?そうかもね?
シンゴくんと入れ替わるようにエリーフラワー様が奥から出てきた。
後ろにエドワード様とウチの母が付き添っている。
母はサファイア君を、エドワード様はミネルヴァちゃんを抱いている。
「お邪魔するわ、レイカさん。アンディさん。」
本来ならもう、エリーフラワー様は新居に引っ越されてるはずなんだがウチの母が世話をして、ついでに私も世話をしてもらってる関係でここに居るのだ。
お仕事は隣の猫カフェにツートップを呼んでいる。
「あのねレイカさん、履歴書って知ってる?」
「ええ、まあ。あの履歴書ですよね?」
と言ってこの世界では見たことはなかった。
こちらの就職は紹介状オンリーなんである。それに面接で決まるのである。
ハロワみたいに紹介状ありきなんである。
「誰か履歴書を持ってきたんですか?」
「そうなのよ。あんまり馴染みがないでしょ。
それでね、せっかくだからもっと詳しく自己紹介してね、と言って送って来たのがコレなのよ。」
うわあ。各種ビーカーとかスポイトみたいなのが、的確な絵で描いてある。
駒込ピペット?なるほど。
それからアルコールランプでビーカーを温めてる図があって、金網の絵の横に「石綿注意!!」と二重線で書いてある。
ゴミを出す時に「割れモノ危険!ガラス」と、赤ペンで書いてあるみたいな感じで、一文字一文字ごとに、小さな二重丸がついているよ。
あら、この人ってさ。転生者なんじゃないの?
「レイカさん、最後にね、昭和生まれ、平成没って書いてあるのよ。
わかる?」
わからいでか。
「ええ、分かりますよ。この人私や王妃様と同世代でしょうね。前世日本人だと思いますよ。」
「なんだって?そうなのか?」
おや、アンちゃんの目の色が変わった。
エドワード様も真顔だ。
母はキョトンとしている。
「やっぱり。今度面接しようと思うの、
この図のピペッターなんか素晴らしいわ。」
「王妃様もお喜びになると思いますよ。というか他にもいたんですねえ。前世日本人。」
あ、そうだ。
「先にメアリアンさんに見てもらったらいいですね。ウチらは魂が二重にピッタリ重なってるのでしょ。」
「なるほどね、レイカちゃん。王妃様に会わせる前には見極めが必要だな。」
おおっ、アンちゃんがマジだぜ。
「ところでエリーフラワー、その転生者疑いはどこの誰でごわすか?」
「以前話した公爵令嬢よ。王都から出たいらしいの。理由によってはシェルターも考えてる。」
「なるほどね、ネモさんにも話を通した方がいいか。王都についたら速攻メアリアンさんと一緒にその令嬢に会ってもらうか。」
アンちゃんはウンウンと頷いた。
「レイカちゃんはさ、そのお嬢様に質問を用意して。転生者ならわかるってやつ。
あのアンケートはもう古いかな?」
「うん。平成没ならギリギリわからないことがあるはずなの。アベノマスクとか、2020とかね。ただね平成もそこそこ長かったから。平成のいつ亡くなったのかしらね。」
「本当は質疑応答してもらいたいんだけど。」
アンちゃんが目を見開く。
「エリーフラワー様!レイカちゃんをそんな危険かも知らない女性にあわせるなんて!ダメですっ!
妊婦なんですよっ!」
いや、アンちゃん。貴族のお嬢様1人に何をビビってるの。
「他所の国の草だったらどうしますか!」
そこまで疑う?
「いつ何ですか?」
「三月十六日を予定してるわ。」
「ちょうどエラ様の予定日の頃かー!仕方ない、ミノちゃんに来てもらってえ!」
「それは良いけど。貴族のお嬢様びっくりして倒れない?」
「ブルーウォーター公国に住むならさ、UMAの洗礼も必要だよ。あとさ、シンゴをつける。」
なんで、シンゴさん?
「婚約破棄されるかも、のお嬢様だよね。その人。そしたらシンゴが面識があるはずだ。
万が一偽物とすり替わったりしていても、ね。」
ああ、そうなのか。頭の中で繋がった。
ウェディングドレスのキャンセル。
薄々気がついていた婚約者の浮気からの、中庭でのプロポーズの目撃。
王都からでて働きたい。公爵令嬢なのに。
そして、何日か後の卒業式での婚約破棄予定。
公爵家はお嬢様に恥をかかせてしまう事になるけど、あえて止めないのか。
そして相手の男を社会的に抹殺するつもりなんだな。アラン様にも立ち会いしてもらって。
それから、お嬢様は自分の立場をどう思っているのか。
エリーフラワー様に渡した書類を見ればそこそこの知識があると見た。
研究所に取り込まれるだろう。王家の監視もつくだろう。
転生者だと黙っていればご実家の領地で平和に幸せに暮らせたかもしれないが。
ああ、そうか。だから王都ではなくここなのか。
ネモさんに守られて、悪意のあるものは弾かれる。
エリーフラワー様の研究所だって、鉄壁の要塞なんである。
浮気男が改心して、
「俺が悪かった。会ってくれないか。ついでに許してくれないか。またまたついでにちょっと金貸してくれないか。またまたまたついでに、公爵様にも会わせてくれないか…」
なんて言っても絶対入れないのである。
それでついに卒業式は行われて、アラン様の目前で本当に婚約破棄は行われたそうだ。
ええー、本当にやったんだ。馬鹿じゃないの。
〇〇とは、結婚しないっ!□□と結婚する!ってやつ。
婚約破棄されたご令嬢はメリイ様。グローリー公爵の一人娘で、転生日本人候補の人だ。
お兄様がお二人いる。公爵の掌中の珠で婿養子を取るはずだった。
親友の遺児のルート様。
育ててもらった恩も忘れて、
「あ、好みじゃないから、結婚嫌っす。
赤毛のボッキュボンと結婚したいっす。てへ。」
と、やったらしい。
(※レイカの見解です。)
うわー、もう一度言う。馬鹿じゃないの。
アラン様は卒業式の後、王にご報告をされてからウチに来た。
そしてアンちゃん相手に愚痴ってる。
「あんなもの、二回も見るとげっそりする。なんでああいうのをやらかす奴らってあんなに自信満々なのかね。」
あら、一回目はセバスチャンの事を言ってるのね。
お茶会でやらかしたからね。
「まったく自分にどれくらい価値があるって言うんだろうなあ。勝手にしろ、というのが正直な感想だがね。
今回は幼馴染の許嫁で、面倒なことに公爵の姫が相手ときたもんだ。」
仏頂面でウチでコーヒーを飲むアラン様。
「多分ねえ。注目されたいんですよ。承認欲求の塊です。」
アンちゃんがアラン様にコーヒーを淹れる。
似合ってるよ、蝶ネクタイ。
「理解出来んなあ。」
ほっといても注目される王太子様と、
「理解できませんね。」
存在を隠すのが仕事の影のアンちゃんが言う。
「ほほほ。それでウチの子供たちを見にこられたんですのね。心が癒されますでしょ。」
やはりいつも注目されているエリーフラワー様と、
「ウチの子の可愛さは別格ですからな!」
嫉妬心とか暗い感情を持たないエドワード様。
うん、この人たちには縁がない世界だよね。
(…特にお子様の顔を見たいわけではなくて、ただの息抜きとは絶対言えないアラン様だった。)
「ちょうど良かったですわ、アラン様。今度お生まれになるお子様のためにご用意しましたのよ。
ベビー服の新作。
あとこちらのベビードレスはね、こないだの最高級品のシルク。あれが余りましたの。
それでピンクと水色に染めたのですわ。」
「アラ、そうなの。あのウェディングドレスの奴ね。」
アンちゃんが目を開いた。
エリーフラワー様は声を落として続けた。
「デザインにもよりますが。メアリアンさんはピッタリとしたドレス。多分ご用意されていた公爵家はふわっと広がったドレスを想定されてたのだと思いますの。それで余りが出たのですわ。」
あらー。気の毒だわ。親御さんの気持ちを考えると。
「まあ、王太子アラン様の、世継ぎの王子様たちのベビードレスになるのですからね。光栄なのでは。ほほほ。是非お持ち下さいな。」
アラン様の頬がゆるんだ。
「才女殿。ありがとう。必ず使わせてもらうよ。
ヤァ綺麗な色だね。」
そこへ、シンゴさんが入ってきた。
筋トレは終わったのかな。
「ご報告申し上げます。三月十五日、公爵家で話しあいがもたれるようです。」
「あら、その次の日メリイさんはこちらで面接よ。
前泊すると聞いてるわ。
…修羅場にいなくてよかったわね。」
私もそう思います。




