忍びのおきて。
連日、母はエリーフラワー様の病室に通って世話をしている。
私も安定期だし、運動がてらについていく。
行き先は病院だしね、まあ、何かあっても安心よ。
時々オー・ギンさんがついてきてくれる。
そのほかにも若い忍びの子が交代でついてきてる。
「アンディがうるさいですから。」
ふふふ。と笑うお義母さん。
「私も孫が楽しみですよ。」
そこで真面目な顔をした。
「シンディの形見みたいなのが、こないだ白狐様から出てきたんですか?」
「形見というか、もともとガルダインのものですし。
ペンダントの材料に使われて穴もあいちゃってますよ。」
そうですか。
と、オー・ギンさんは物思いにふけった。
「ええと、彼を悼んでらっしゃるんですね?」
「いいえ?」
あら?
「ただね、時々思うんですよ。なんでシンディはあんなにアンディに執着していたのか。
羨ましかったんですね。本当に。
火事で亡くなるまではアンディは仲が良い家族と暮らしていた。
シンディは決して家庭に恵まれてなかった。
その後だって私達が育てた。アラン様にも良くしてもらった。
…シンディはアンディに成り変わりたかったんですよ。」
「げっ。」
思わず声が出た。
「彼は自業自得です。このままでは何かに利用されたでしょうしね。」
「…。」
「私は安心しました。冷たいようですが、白狐様の口からプラチナしか出なかったなら。本当にもう、いないんですね。」
…うん。
「多分。シンディを少しでも悼んでくださるのは
きっと王妃様だけです。小さい頃から目をかけて下さって。
それに本気で彼は王妃様を慕っていましたからね。」
エリーフラワー様の病室についた。
退院したら一か月まではウチにきて、その後は研究所の方に移動するそうだ。
今日はスタッフのリーダーさんが二人来てた。
開発の研究所のリーダーと、縫製部のリーダーさんだ。
「あら、こんにちは」
「レイカさん、お久しぶりです。うちのトップ(エリーフラワー)がお世話になっております。」
「あら、アラエルさん。」
メガネのいかにも研究者って感じの若いお兄さんだ。
王都で一緒のカマの飯を食べた仲間だ。
研究所には良く泊めてもらったからね。
もう1人はヒルダさんだ。この人は凄腕の裁縫の腕を持っていて、こないだウェディングドレスが特急で出来たのはこの人のおかげです。
この人とも付き合いは長いんだよね。
以前の妊娠でエリーフラワー様が、抱っこベルトを私の話から書き起こしたのを、すぐにパターンを起こして作りあげたのだ。
この二人がこちらにいるとなると、いよいよブルーウォーター公国での研究所や工場が始動か。
「グランディ王国内では、ベビー服と乾麺やベビーフードの工場を残すのみですね。研究施設はこちらで、寮はこちらで、託児所と病院は、、、。」
みんなで話を詰めている。
筑波の学園都市ってこんな感じ?
「エリーフラワー様。学園の求人に結構応募がありますよ。お給料がいいですからね。」
「女性も?」
「ええ。何人か。その中には成績優秀な子が。女生徒の中では首席。
学校全体的では五位に入ります。」
「まあ、すごい!やはりアレかしら。ご実家が貧しくて?」
「いえ、公爵家のご令嬢です。冷やかしでしょうか?」
「……。」
「彼女の希望はブルーウォーター公国内で働きたい。
第三者が入れない安心な寮に入りたいと。」
「何か訳がありそうね。毒親とか。」
「他の女生徒は二人とも男爵家です。やはりギカント戦で被害を受けたところでしてね。」
「うん、その二人はすぐに採用。あちこちの部署に回して適正を見て。
公爵家のお嬢様は卒業式後に会いましょうか。
…シェルターに入れることも考えましょう。」
その後、いくつか指示を聞いて、二人は帰って行った。
「具合どうですか?」
背中を撫でてやる。
「昨日よりいいわ。まだフラフラするのよね。レイカさんとこの居住区とレストランには第三者は入れないから、退院したら猫カフェで打ち合わせね。」
「やあ、ご機嫌よう。ご出産おめでとう。」
ドアを開けて入ってらっしゃったのはアラン様だ。
「アラン様。ありがとうございます。」
「お久しぶりでございます。」
「王国の若鷹様に、ご挨拶申し上げます。」
コンサート以来だな。
「おお、レイカさんに、ご母堂も。」
そこへ、シュッと入り込んできたのはアンちゃんだ。
「あら、アンちゃん。今日は護衛のお仕事ね。」
「そうよオ。―ほら、アンタたちもおいで。」
出てきたのは先日紹介された、シンゴくんとロンドくん。
もう1人いるな?
「もしかして、ヤマシロさん?」
「ほう。さすがレイカさんだ。エリーフラワー殿。
ウチの新しい護衛達だ。お見知りおきを。
おお、可愛いらしい坊っちゃんだな!
…お祝いの品だ、納めてくれ。」
護衛たちが廊下から恭しく運んできたものは。
なんと!でかい木彫りのクマだった!?
いや、ほんと。
目を疑って二度見したけど、やはり木彫りのクマなんだよ。
なんで?なんで、なーんで?
と頭の中にブラビのタイミング的な?フレーズが流れた。
口にシャケを咥えているお馴染みのやつだ。
しかも、ゆうに全長1メートルはあると思われる。
テラテラと磨きこまれて光っているよ。
美しいし、すごい。重そう。
…だけど何故なんだ?ここは北海道なのか?
おや、アラン様が汗をかいている。
「…あの、実は母上と合同のお祝いなのだ。
というか母上がこれにしろとおっしゃって。
い、急いで彫らせたのだ。
なんだろ?クマを倒したキンタローという英雄にちなんでとか。
魚を咥えていることで、そのう、食にも困らないだろうと、あと男の子には五月人形とかいう縁起物があるとかないとか?
…レイカさん、わかるかい?」
「アッ、ハイ。わかるかわからないかと言えば、
わかります。」
「そうか!」
うん、受けを狙って作らせたけど出来上がって我に返り長男に持たせたのね。
ひでえ。アラン様とばっちりじゃないか。
「まず、これは北海道というところの有名な民芸品で、以前はどこの家にもあった物です。
王妃様は懐かしくなってお作らせになったのでしょう。」
無駄にクオリティの高いそれを見つめる。
今にも動きだしそうだ。超一流の芸術家の作品ではないのか。
まるで高村光雲の老猿を彷彿とさせるのだ。
作り手の熱意を感じるこだわりの一品だ。
でもねえ。木彫りのクマかあ。
昭和は遠くなって今はハードオフによく並んでいるんだけどねえ。
「それから、さっきの解釈は色々混じってますが、縁起物として入り口に置かれると邪を祓う――かもしれません。」
――だってさあ、床の間ないじゃん。
「まあ、そうなの?早速入り口に飾りますわ!」
「ええ、それが宜しいかと。」
「よ、喜んでもらえて、良かった。」
アラン様、護衛のみなさんお疲れ様でした。
「そうだ、アンディ。」
「なんですか?アラン様♡」
「♡を付けるな、♡を!この二人な、オマエに預けるから鍛えてやってくれるか?
ああ、まず一人ずつな。」
「…かしこまりました。じゃアさ、シンゴ。オマエからだな。」
アンちゃんが目を細くしてじっと見て、薄く笑いを浮かべる。
うわあ。なんか冷気を感じたよ。
「は、はい!」
「頼むよ、アンディ、オマエの後継にしてくれ。」
「はい、アラン様。さ、シンゴ、ついてこい。」
みんな出ていった。
「なんか、アンディさん、人が変わったみたいね。」
「お母さん、アレが本当なのよ。」
オネエ様じゃないときのアンちゃんはマジなんだぜ。
「―黒目黒髪でしたね、あの忍。二人とも。」
すっ、とオー・ギンさんが現れた。
うわ、この人の存在を忘れてた。
だからアンちゃんは誰も残さずに出ていったのか。
「そうね。サー・スケとシンディのことが尾を引いてますね。」
エリーフラワー様も言う。
白い髪と赤い髪の忍び。しばらくアラン様の近くには存在しないだろう。
…まあ、ただ単に暗い髪の色のほうが、
闇に〜まぎれて〜生きて、ヒトに姿をみせられぬ任務にはいいかもねえ。
妖怪人間じゃないけどさ。