曇りガラスの向こうは。風の町かもね。
腹がたった。そりゃ、婆さんたちが説教に通うはずだ。
「ブルーさんって砂漠で保護された娘さんの面倒見てるんですって。
彼女がシンディさんに説教してる時はグリーンさんが入れ替わりにあっちに行って彼女たちを守ってます。
常に説教するのはひとりなんです。」
はあ。変なローテションだこと。
「それでパープルさんは?」
「良くわからないけど、シンディさんにハニトラ?のやり方を教えたのはあの人だとか。
リーリエさんから聞いた、シンディさんの鬼畜なやり方が腹がたったとか。それで説教に。」
やはりあの人は以前ハニトラ担当だったのか。
シュッとしてると思った。
「それで三人交代で説教して、残りは他の場所にいるローテーション。」
それはキッツイわ。妊婦に対する配慮無いのかい。
「…聞くともなしに聞こえてきて。あの人ニンゲンのクズ的な人なんでしょうか?」
うん!その通り!
「私も最初あの人を庇ってたんでそれが良くなかった。」
うん?
「私の前ではお婆さん達は説教を控えてたんですけど。するとシンディさんは私のところへ逃げこむようになって。」
「へええ。」
「今朝起きたらなんか泣けてきて。この指輪なんですけど。」
「このルビーの指輪がどうしたの?」
「よく見てください。欠けてます。今日落としたら欠けたんです。
ルビーが欠けますか?コランダムでしょ、サファイアと同じものでしょ、モース硬度9なんですよ!」
(この世界にもモース硬度の概念あり。転生した宝石関係のひとが知らしめたと思われる。)
「つまり、ガラスなの?これ?」
「親の形見だよ、キミに。と言われて喜んでいた私がバカでした。」
「あ、でも。知らなかったのかも。ほら、お母さんって早くに亡くなったんでしょ?」
ふっ、と笑うパティさん。
「昨日の夜また来たんです。ブルーさんが。
かなり怒っていたんです。
私は寝たふりをしてましたが聞こえました。
カチャさんとレミさんが全く同じ指輪を持っていたと。
ーー偽物のルビーの指輪を。
うっ、うっ、うっ。親の形見って同じものが3つもあるんですかね?
朝、ゆるくなった私の指から指輪が落ちて、カチンと欠けました……」
私は立ち上がった。
ゆらり。自分の足元から怒りのオーラが立ち昇るのを感じる。
髪の毛が逆立つのも、感じる。
コツコツ。
ゆっくり床を踏みしめて近づく。
あれだけ、あれだけ、説教されたのに。
まだ女の子たちにちょっかいをかけてたなんて。
コツコツコツコツカツ!
本妻と同じ指輪を渡して、それがみんな偽物!
妊婦なのに指がやせて指輪が落ちるなんて、どれだけ!
妊婦はな、どっちかと言うと浮腫むもんなんだ!
アンちゃんとシンディは真っ青になって震えていた。何故アンちゃんまで怯えてるんだろう。
コツン。到着。
「死ねや、ドクズ。」
お妃様からもらった鉄扇が火を吹いた。
ビシッ!バシッ!ビシバシ!!
「避けるなっ!」
握りしめた手に爪がくいこむ。怒りのあまりコントロールが狂ってテーブルや壁に半分は当たっている。
「レ、レイカちゃん、やめて、あなたの手を痛めてしまうわ!」
あら、アンちゃんが私を止めるなんて。
確かにジンジンしてきたわ。
ドーパミンで痛みを感じないわけね。
では。
「スネちゃま、この女の敵を噛んでおやり!」
「そんな、ネモさん以外の人の言う事を聞くわけが、、ぎゃっ!?か、噛まれたあーー!!」
シンディは痺れて動けない。
「ふん。後何回か猶予があるみたいねえ?」
「レイカちゃん、貴女の後ろに青い光が見えるんだけど!」
アンちゃんが震えてるわ。ヤー・シチさん達もだ。
他の若者たちも座りこんでる。
なんか怒りのパワーが溢れてる。
今ならもしかして呼べるかも?
「ミノタウロス、カモン!!」
来た。
ぐおおおー!!
雄叫びをあげてるよ。
「た、確かにレイカちゃんに懐いてたけどさ、まさか呼べるなんてえ!!」
アンちゃんの絶叫。
「オイ、カス野郎。あんまり女をバカにすんじゃねえっ!」
カタカタカタカタ。
白鬼の歯の根が合ってない。
「ふん。ミノちゃん、こいつの頭、ねじきれる?
それとも去勢がいいかなあ。」
良いお顔で親指を立てるミノちゃん。
「や、やめてね、レイカちゃん。妊婦さんの前だし、ね?」
アンちゃんが私にすがりつく。
あーそれもそうね。
すん。
我に返った。
「ごめん!ごめんね、パティさん。怖がらせて。」
パチパチパチ。
あら、パティさんが拍手をしているぞ。
その表情は泣き笑いだ。
「ありがとう、ありがとうございます!すっとしました。うっうっ。」
「そうだよ!そんな親父ならいらないよ!」
「ウチの母は父の愛人にどれだけ苦められたか!」
「ぜーったい、借金つくるぜ、そいつ。打つ買う飲むでね!」
口々に叫ぶ孤児たち。みんな苦労してたのね。
「れ、レイカちゃん。もう大丈夫なの?」
「あーなんか、自分ではなくなったみたい。憑依?
ミノちゃん、呼び出してごめんね?
スネちゃま、勝手に命令してごめん。」
2頭とも頭を左右に振った。
多分、なーに、気にすんなよ、だな。うん。
まだシンディは動けない。
その手にパティさんはルビーの指輪を握らせた。
「返すわ。指輪もあなたも要らないわ。」
「お、俺に返すくらいなら、捨ててくれ、、」
バーン!
ドアを蹴破るようにしてネモさんが現れた。
「何事ですかっ!外にただならぬオーラが流れてましたよっ!
キューちゃんによる粛正ですかっ!!」
ミノタウロスを見て目を丸くするネモさん。
「なんでここに?ミノちゃんが?え、レイカさんが?
ん?なんだい?スネちゃま。えっ、噛んじゃったのかい。」
ネモさんが満面の笑みを浮かべた。
「それは仕方ないなあ!」
「ね、ネモさん。」
「なんだね、シンディ。今キミの鬼畜さを動物達から聞いてるところなんだけど。」
「あ、あと何回噛まれたらお終いなんだ?」
「そんな事が気になるのかい?」
「あ、当たり前だ。」
ネモさんの声は硬くなった。
「ガルダインは三回だった。」
「では、あと一回?」
「もしくは2回。
スネちゃまの気分だね。毒の量は。
それからね、ブルーウォーター公主としてパティさんの離縁を認める。彼女、弱ってるからすぐ入院させる。
ーーまったく妊婦を弱らせて。
少しお婆様たちも考えてくれないとね。」
可哀想な女性に弱いネモさんだ。
「り、離縁なんて嫌です。」
「へえ。思う存分砂漠の娘さん達を口説けるのに。
それとも。」
ネモさんの目は冷たかった。
「未亡人になってもらうかい?」