通りすがりに思いだす、レイデイ。
「婆さん。レイデイの事を知ってるのか?」
アンちゃんの声が、かすれていた。
「おまえ。母さんと呼べよ。」
シンディの声が苛立っている。
あ、そうか。アンちゃんたちのお母さんはレイデイというのか。
シンディ、アンディ、亡くなった妹さんがメロディ。そして母はレイデイ。
スケカクさんとヤー・シチ夫妻の顔もこわばっている。
「ふん。あんたの母親なんだろ?俺には関係ないんだと。
あんた自身がしょっちゅう言いに来てたじゃねえか。そっちの家庭が本物で俺の家は任務の為の嘘だと。嬉しそうに語ってたよなあ?」
「お前、ひどい奴だな。シンディ。アンディの母親の記憶をおとしめたのか。」
氷の様なリード様だ。彼はマザコンだから、こういう展開には厳しい。
「!!私だって辛かったんです!
物心ついたら母はいなくて。時々帰ってきて弟と、妹があちらにいると。
こちらが本当の家族なら何故いてくれないのか、と。アンディが妬ましかったのは、事実です。」
「だからといって孤児になったアンディにわざわざ意地悪を言いにくるとは。」
ヤー・シチさんがため息をついた。
「アンディには貴方たち養父と養母がいた。羨ましがって何が悪いんですか。」
「お前の父だってアンディが引き取られたときはまだ生きていたではないか。」
「その半年後に、なくなりましたけどね。母の死がこたえたんだ。」
グリーン婆さんが言った。
「カレーヌ様の家に潜り込むのはなかなか大変だったのじゃ。馬番にハニトラをかけて、夫婦になるしかなかった。
執事がギガントの間者というのはほぼ確実じゃったし。」
アンちゃんはため息をついた。
「そうですね。今となっては気の毒だとは思いますよ。記憶にある限りは父も祖母も妹もいて暖かい家庭でしたからね。母?がどんな気持ちだったかは知りません。シンディの家に時々戻ってたんなら、不満があったんでしょうよ。
――母方の祖母が具合悪くて見舞いに行く。と言って時々留守にしてましたからね。」
ブルー婆さんが言った。
「レイデイはな、このままだとカレーヌ様の執事にバレて殺されるかもしれない。その時は子供たちを頼む、と言っていたのです。」
パープル婆さんも言った。
「そうよ、シンディ。我等が食事だの差し入れしてやったではないの。忍びとしての修行もね。」
へえ。なら良いじゃないの。
「レイデイは非業の死を遂げたのじゃ。さぞかし無念であったろう。」
グリーン婆さんの声は重い。
「ええ、それはわかりました。
だけども、コイツがクズである事と、仲良くしたくないのは話が別ですよね。」
アンちゃんは三人の婆さんの目をじっと見回した。
パープル婆さんはため息をついた。
「そうね。シンディ。なんでレミさんとやらにちょっかいを出したの。」
シンディは下を向いた。
「砂漠の民の六人の娘は頼りなさげだったんです。
力になりたい気持ちだったんですよ。
セティという彼女たちの仲間の男はいたけど、彼女たちからはあまり良く思われてなかった。
だけどひと目で彼は強いとわかったから、警戒して観察しました。
彼がご執心なのはビッキーという娘だとはすぐわかりましたから、彼女からは距離を取りましたね。」
そこで上を向いて、言葉を続けた。
「あとの五人は触れなば落ちん、という感じでしてね?
どうも彼女たちの元の主?ガルダインって奴に似てるって言われて親しみを持たれたんです。
で、その、レミさんはかなり俺の好みだったので、
ちょっと据え膳食わぬは男の恥みたいな。」
女性陣の怒りは渦巻く。
あれか、奥さんが妊娠中にふらりとする奴か。
「それにパティとリーリエのバトルにも疲れたから。ふっと現実逃避したくって。」
「理解できんな!」
リード様は、怒る。そうでしょう。
貴方はまっすぐな王子様だ。
「拙者も理解出来ませんな!!」
更に真っ直ぐなエドワード様だ。
「ええと?スネちゃまに噛まれるのと、キューちゃんに焼かれるの。
どっちがいいかな??どっちも一瞬だから苦しくないよ。」
キューちゃんがじっと見ている。
白鬼の髪の中からスネちゃまが鎌首をもたげている。
ネモさんが究極の二択を迫ってるよ。
「念の為にアラン様の許可が欲しいところですが、リード様に命じられましたら、サクッとコロリとやりますよ。」
アンちゃんは薄く笑った。
「やめてくれっ!三婆様、とめて下さい!
母のレイデイに頼まれたんでしょ、見捨てないで!」
うわお。30越えた男が泣き落としだよ。
(多分ね?アンちゃんより3つ上でしょ。アンちゃん今28だし。)
「お前の父も女癖が悪かったな。レイデイも苦労したんじゃ。」
グリーン婆さんがため息をつく。
「え?」
シンディがポカンとする。
「レイデイを住み込みの草にしたのはおまえの父から逃がそうとしたのさ。暴力もあったから。
だけど、あいつに気づかれて。時々戻ってこないとシンディ、お前を殺すと。レイデイは逃げられなかった。」
「は?」
アンちゃんが信じられないと言う顔をする。
パープル婆さんは続ける。
「古い忍びならみんな知ってるよ、ねえ?スケカク。ヤー・シチ、オー・ギン。」
みんなうなずいた。
「私達も差し入れだ、指導だとオマエのところに行ったのは、オマエをあの父から、暴力から守るためさ。
――レイデイが死んでからはいきなり魂が抜けたようになったがね。」
通りすがりのレイデイ。
新井素子さんの小説のタイトルです。
好きだったわー。星に行く船。イメージアルバムのLP買いました。そういう時代だったんですよ。