親友の赤点回避のために勉強を教えていた
「諦めよう、もう無理」
美乃の何度目かわからない弱音。私はその言葉を聞くや否や、「無理じゃないよ、がんばろ。ほらあと少しがんばろ!」と何度目かわからない励ましの言葉を送る。
「さっきもあと少しって言ってたよぉ」
「あれ?そうだっけ?」
私はすっとぼける。美乃は泣きそうな顔をしながら、「ほんとに無理なのぉ、もう今日は諦めようよ」と泣き言を言う。
「ほんとにあと少しだけ、がんばろ!」
「やだー、もうムリー」
駄々をこねる子どものように美乃がなる。私はぼそりとつぶやく。
「夏休み、美乃とは遊べなさそうだね」
それを聞いた美乃は、「あとちょっと頑張る」と弱弱しく言う。私は「頑張って」と言う。そして、美乃は目の前に広げられたノートに、隣に置いてあるワークの問題の答えを書き始めた。
私はその答えを見ながら、時折間違えていればアドバイスをしていく。
美乃は私の親友だ。中学一年生で初めて出会ってから高校も同じで、そのまま5年間同じクラスで過ごし、仲を深めてきた。
美乃は来週に迫る今一学期の期末テストに向け、最後の追い込みをしている。ここで赤点を取れば、美乃は夏休みの半分近くが勉強漬けになる。美乃の両親が美乃の成績を憂い、成績が悪ければ夏休みは塾に通わせるとしたのだ。
美乃はすぐに私に助けを求めた。自分でいうのもなんだが私は学年でトップクラスの成績を持っている。そのため、美乃は私に勉強の教えを乞うた。私は二つ返事で承諾した。
美乃と夏休みあまり遊べないのは嫌だったし。
それにあの時の半べその表情を見れば、断ることもできなかった。
美乃の飲み込みは悪くないと思う。一番の問題は、すぐに勉強を辞めようとするところだった。10分ごとに、「もう無理」とか「頭いたくなってきた」とか「もう諦めて遊ぼう」とか他にも様々な泣き言を言う。私はそれをなだめ、励ましてきた。
勉強を教えることより、美乃を勉強させるのが一番苦労するところだ。
私の苦労の甲斐もあってか美乃はなんだかんだしっかり勉強することができていた。私の目の前では・・・
まあ課題のようなものを私が出せば、やってきてくれるので、まあ私の目の前でも頑張っているのだろう。授業中、今でも時折寝ているのを見るが、気のせいだと信じている。
切りのいいとこまで終わったので、私が美乃に声をかける。
「はい、じゃあ今日はここまで」
「やっと終わった」
美乃は机に突っ伏す。私は苦笑しながら、机の上を片付けていく。
「ねえ、琴葉、ほんとありがとね」
突然の感謝の言葉に私は驚いた。
「いきなり何?」
「いや、なんか言っときたくて」
「そういうのってテスト終わりに言うんだよ」
と私が言うと、美乃は「確かに」と言う。私は「今の聞かなかったことにしとくから、テスト終わったらもう一度言って」と返す。
「わかった。テスト終わりに絶対言う」
「まあでもテスト壊滅的だったら、むしろ私が謝んなきゃだけどね」
と、私が言うと、「それは私のせいだから。琴葉のせいじゃないよ。琴葉には超頑張ってもらってるんだから」とすぐに美乃が真剣な顔で返す。私はその言葉に嬉しさを覚える。私はその嬉しさを心の内に秘め、茶化すように言う。
「じゃあ、私の頑張りがなくならないように美乃頑張ってよ。私の目の前以外でも」
「頑張るよ、頑張る」
美乃は若干目をそらすように答える。私の目の前以外ではあまり勉強できていないようだ。私が「頑張ってね」と釘を刺すように言うと、美乃は「頑張る」と小声で返した。
「まっ無理せずにね。頑張りすぎてダウンするのが一番だめだし」
「そうだよね、そうだよね」
と美乃は目を輝かせて言う。なんか私の言ったことの都合のいいところだけを美乃は抽出した気がする。まあそこは今日は何も言わないでおく。
「でね、でね。琴葉、行きたいところあるんだけど」
「いきなりだね」
美乃はスマホをしばし操作し、私に画面を見せる。それは駅前にできた新しいカフェのホームページだった。
「ここのケーキ超美味しそうなの!だから今から行こうよ」
私はいいよと言おうと思った瞬間、一つのことを思いついた。私にはその思い付きを実行するために言葉を発する。
「美乃、全額おごってあげようか?」
「おごり?まじ?」
美乃は目を輝かせる。私はニヤリと笑いながら、次の言葉をつなぐ。
「美乃が私の特別課題を明日までにやってくると約束したらね」
美乃の目の輝きは一瞬で失われた。私の特別課題、一度出したのだが美乃からはとても不評だった。美乃は「やっぱおごりじゃなくても」と言い出す。
私は「そっかぁ、せっかくおごってあげようと思ったのに」と残念そうに言う。「今日はそういう気分なのになぁ」とも続ける。
すごい悩んだ様子を見せた、美乃はしばらくしてぼそりとつぶやく。
「特別課題、頑張ります」
それを聞いて、私はすぐさま「言ったね、美乃。じゃあこれね」と鞄に入れたプリントの束を美乃に渡す。美乃は嫌そうに受け取った。
「絶対おごってよね!」
「わかってるわかってる」
「一番高いの頼むからね!」
私は「いいよー。でも特別課題終わらなかったらお金返してね」と返した。美乃は「絶対終わらせる」と意気込むように言った。
そして、私たちは駅前のカフェへと向かった。
翌日、美乃は特別課題を終わらせていた。とても憔悴仕切った様子で、前日の美味しそうにカフェを食べていた美乃の姿はかけらもなかった。私はあまりの様子に悪く思いながらも、その日もしっかりと勉強をさせた。
「この鬼、悪魔」とかなんとか言われたが、「美乃と遊べないのが嫌なだけなのに」と私がしおらしげに言ったら、「それはずるいよぉ」と美乃は言って勉強を頑張ってくれたのだった・・・