特殊クエストも楽しいもので 3
それは、本気で忘れていたレザードの道具袋から転がりでてきた。
今のところ唯一の公式イベントにてイベントボスのうちの一体が落とした、真っ黒な鉱物の如き輝きの、欠片。
<悪魔の断片>
アイテムの情報を見ても、要領を得ない説明文が記載されていただけという謎アイテムでもあった。
「新月の晩に、かー」
ただそれだけがメッセージとして託された特殊イベントアイテム。
レザードは道具整理の際に床に転がったそれを摘むと、窓の明かりに透かすように掲げてみた。
光を拒絶する真なる黒。
窓明かりに屈すること無く淡い陽光を切り裂いて自身の存在を誇示するがごとく。
「使い方も分からんしなー、結局面倒になって仕舞ったままにしたんだっけ」
新月の晩に外にでも持ち出せばあの悪魔の指が復活でもするのかねぇ、とペン回しならぬ欠片回しをして考えこむレザード。
現在メンツハウスには彼一人。
シオンとジオは仕事にてここ数日ログインすら出来ていない模様。
あとの一人は、近くにいるはいるが・・・
流れるようによどみなく指の間を踊る<悪魔の断片>を、ぼーっと眺めつつ。
レザードは最近ジワリと上がってきた<分身>についての運用を思案する。
攻勢に使う場合は割と気楽なんだけど、防御に使うときがなぁ・・・出しやすさは回避の手軽さに負けるし、物理絶対回避という瞬間移動の絶対性には及ばないし・・・ううむ。
珍しく頭を使って唸るレザードの前、荷物を広げた丸テーブルの空きスペースに置かれる竹筒。
「ひと息入れな、レザード」
裏の竹林から戻ったメリウが、竹筒をコップ替わりに清水を汲んできたようだ。
見れば外の人のステータスが喉の渇きを警告していた、危ない危ない。
「お、わりぃ。 いただきます」
キューッと喉に清水を流し込む。
若干溜まっていたストレスゲージや喉の渇きを訴える渇きゲージが、キューッと下がっていく。
「根詰めてどうしたん? っと、懐かしいねその黒い塊」
水を飲む間も器用に回し続けていた<悪魔の断片>を苦笑いで指さしつつ、メリウも手にしていた竹筒で水を飲む。
気分的に中の人も美味しい水が飲みたくなるのは人情というものか。
「あー、結局どうやればクエスト始まるかもわからなかったんで放置してたんだよなー」
もう掲示板で売っちゃおうかー、とか言い始めるレザード。
「新月の晩に、か。 それだけ聞くと殺人事件でも起こりそうなミステリ系クエストだったりして」
悪魔が来りて笛を吹く~、おお嬢ちゃん尺八ウメェじゃねぇかへっへっへあぶなっ、と、サンドカッターを回避するメリウ。
「ちっ」
舌打ちだけして鋼線を自動巻取りで手首内側につけた円形ケースに収納し(手首に巻尺がついてるイメージが一番近いか)、人差し指の先端で高速回転させていた<悪魔の断片>を袋に投げ入れる。
「んー、たしか今日か明日の夜あたり月の出ない新月の晩だけど、試しに夜がきたら使ってみるかい、それ」
シオンとジオがそれまでに来るといいんだけどねぇ、とメリウ。
まぁ、特殊クエストアイテムは基本的になんどでも使えるもんだし・・・最悪様子見くらいにはなるやねー、と気楽に言うメリウ。
「あー、そだねー。 やるだけやってみようか。 いつまでも残ってて目障りだったし」
即時、特殊アイテムを目障り言わない、とメリウに突っ込まれるレザード。
「んじゃ、具体的には今日の晩が45分後か。 ちと風呂にでも入ってくるよ」
寝る前に入るつもりだったけど、下手すれば長期戦かもしれないしねー、と、一時ログアウトするメリウ。
「あいよ、んじゃまた後で」
適当に手を振ってメリウを見送ると、レザードも中外両人乗準備を整え始めた。
暗すぎて目で追えねぇ。
レザードは地面に幾つか転がした松明が順次消されていくのに舌打ちしながら、それとの戦闘を続行していた。
実にシンプルなクエストであった。
<悪魔の断片>は、新月の晩に取り出しただけで即時復活を果たし襲いかかってきたのだ。
クエスト、黒の復活。
イベントボス1体を倒せ、という、実にシンプルな内容だった。
「レザード、左っ」
もはや通常視覚は捨てて気配視覚で戦うメリウには高速で地を駆ける<分身悪魔>が辛うじて追えている。
しかし自身への攻撃ならカウンターも狙えようが、敵は執拗にレザードを狙い続けていた。
「あっぶねぇ、俺も気配視覚欲しくなるなー」
メリウの警告で二連回避行動を取り、事なきを得るレザード。
ジオがいれば暗視魔法でどうにかしてくれるんだが、と無いものねだり。
「しかし、狙われてるねぇ。 何か思い当たるフシはあるかい?」
もう特殊アイテムは敵になっちゃったしなぁ、とメリウ。
「んー、わかんね。 もしかしたら生まれの不幸のあたり?」
何がしかのマイナスあるんだったよねアレ、と、超絶に不自然な格好で敵の襲撃をいなすレザード。
ああ、そういえばそんな設定もあったね。
ってか、敵が悪魔って、お前の血筋は天使とかなのか?
「あーもう、先刻から<爆炎壁>かき消されてお前の視覚確保も儘ならねぇー」
くけー、と悲鳴を上げるメリウ。
ああ、さっきからナニしてるんだろうと思ったら。
「あー、すまね。 世話かける」
一応、目が慣れてきたのか朧気ながらは視えるんだけど・・・とレザードは困り顔。
「NP。 ってか、役に立ってないしなー。 いっそ<塔>まで引っ張ってって皆を強制徴兵・・・ゲフフン、善意のご協力いただくべきか」
魔法がかき消される、つまりは<分身悪魔>の抗魔力が飛び抜けて高くメリウの魔法威力が0以下にまで抑えられてしまっているという、実に魔法使い殺しの敵であった。
メイン魔法使いで、一応威力も二桁出してるのになぁ、とスネかけるメリウ。
「もし初心者とかがいたら酷いMPKになるだろが。 戦って死ね」
地面に張り付いて足元の石をハンディ投石機で投げつけるレザード・・・おお、ヒット。
うははは、気持ちいいほど悶絶してやがる、今だメリウっ。
「おうさナイスだ! <爆炎壁>」
燃えろよ燃えろ、周囲を朱に染め上げろぃ。
直接ぶつけるでなく、光源としての利用。
敵のターゲットであるレザードを中心とした、半径50mの即席コロセウムの完成だ。
そんな遠くの魔法は流石に消しに行けまいて。
炎の魔法、その照り返しに姿を赤く染め上げられた<分身悪魔>。
闇を切り取った人型のそれは、かすかに身を捩って自身の目を腕でかばう。
「おお、単純な話で、コイツ目が弱くて光を消して歩くルーチン組んであると見た!」
それ以前に姿が見えればこっちのもんさね、と、レザードが槍を投石機にセット。
引き絞られる体という名の弓。
自身の柔軟の限界に挑むがごときその投げ槍は。
音もなく<分身悪魔>の頭部、両目を真っ直ぐに叩き潰し、その衝撃に耐えきれず欠けた切っ先をも追加の刃として、主の怨敵に喰らいつく。
「殺ったか!」
待て、フラグを建てるなメリウ。
「殺ってねぇよ! まだ動いてるっつーの」
握ったままの投石機も敵に向かって投擲して幾ばくかのダメージを与えつつ、レザードが律儀にツッコミを入れる。
両目(と、恐らくは頭の中身)を失った<分身悪魔>は、既にレザードはおろかメリウすら攻撃範囲にも入れられず、いたずらに腕を振り回してのたうちまわる。
それを好機と見たのはレザード。
それを危機と見たのはメリウ。
「トドメ」
直接駆け寄り必殺の直突きを食らわさんと駆け出したレザードを。
「お前をトドメる」
足引っ掛けてコカしたメリウが襟首つかんで諸共に空へ逃げる。
数秒後。
その場は、<分身悪魔>を中心に発生した腐臭漂うような魔法汚泥の渦に飲まれた。
実に効果持続年単位という、長大なる呪いの汚泥魔法が、それの正体であった。
生きとし生けるものを情けも区別も容赦もなく。
問答無用で腐敗の極致にぶち込むという、最悪レベルの暗黒魔法。
流石イベントボス。
洒落にならない自爆魔法であった・・・。
後日。
実戦闘員二人立ち会いのもと、血反吐吐いて威力を上げたジオの<解呪>三回を以てしてその腐敗汚泥は浄化された。
そして。
元・汚泥沼の中心点。
そこには、まるで<分身悪魔>がへばり付いてそのままその形になった、というような。
夜闇を切り取り鍛え上げたと言われて納得するような。
そんな刃を新たに得たレザードの愛槍<十文字>の姿が、あった。
破損した自身の切っ先を、仕留めた獲物を喰らって取り込み。
新たなる姿を得た<十文字>は。
「なんか格好良くなっちゃったなお前」
軽い口調の主の手へと、無事、帰還を果たしたのだった。
「あれ、今回はワチキ、ハブ?」
久々にログインしてきたシオンが、なにか盛り上がっている三人の後ろ姿を後目に、寂しく呟いた。
そんなこんなで今回はこれまで。
また、そのうちに~ ノシ
異世界っぽいもの(仮)、はじめました。
ネトゲと異世界と、あと一編の三部作になる予定~。
コツコツと書いていきますので、読むものがない時の暇つぶしにご利用下さい。