雑多な日常も楽しいもので 2
ヒュッと風切り音をさせて、シオンの首筋に刃が迫る。
「あー、あぶねぇー」
毛の先ほどの焦りも見せず回避し、迫った刃を辿るように相手に肉薄。
そのまま<先の先>にて斬り捨てる。
力なく崩れ落ちる相手に軽く頭を下げると、シオンはその場・・・舞台の上に立つもう一人の男に目を向けた。
「勝負あり、勝者、シオン」
目を向けられた男、審判が手を挙げ、シオンの勝利を宣言する。
周囲からの歓声が、体中に叩きつけられた。
ベヒモス撃退に活気づく町で行われているユーザーイベント、撃退祭。
その催し物の一つである剣術大会に、シオンは参加していた。
順当に勝ちあがり、今勝った事ですでに決勝進出を決めている。
決勝の相手は、準決勝で侍組のリーダーを破った飛び入り参加の男であった。
このゲームにしては珍しい老年PCで、白髪をオールバックになでつけ、質素な和装に身を包む老紳士といった風情である。
獲物は日本刀。
流派は侍ギルドマスターレベルの人間にしか伝授されないとされるモノの一つ、一刀流。
前試合を見る限り、かなりの使い手なのは間違いない。
「さて、んじゃいっちょヤリますかぁ」
撃退祭、露天エリア。
ここぞとばかりにテキ屋プレイをするクラフター達の巣窟と化したココにて。
ひときわ目を引く屋台が、あった。
客引きには特殊仕様の美形PCが長い髪をポニーテールにまとめ、無愛想な無表情を客に振りまく。
「あー、俺に声かけられても困る。 店はあっち」
ウィッグ装備のレザードであった。
ご丁寧に、どこから調達したのかわからぬフリフリの似非メイド服を着用し、憮然とした美少女に擬態している。
「淫魔おメ子のぶっといフランクフルト屋にようこそぅー」
もうすべてがツッコミどころだったが、あえてツッコまん。
後、閑話だがツッコマンって書くとレ○プ魔みたいだよね。
テントの下で汗流しながらフランクフルトを焼く女型<悪魔>形態のメリウが、にこやかに客を出迎えた。
ねじり鉢巻にストライプのエプロン、無駄と言われ続けた能力値・表現力に由来する技能<演技>にて、キャラクターの表情が豊か豊か。
「おメ・・・というか、メリっさん。 この前しょっぴかれたって聞きましたけど・・・ふぅ」
露天に顔を出した同士、侍組サブリーダーさんがおメ子をガン見しながら言った。
流石、ちらちら盗み見る、などというテンプレ行動は起こさぬ漢よ。
気に入った、後ろでナンパされてるレザをファ○クしてもいいぞ!
「あ、ボク、ロリ系はちょっと・・・」
この漢、筋金が入っておるわ・・・。
「誰がロリータだと・・・? ってかメリウ、客引き意味ないんじゃね、これ?」
しつこいナンパを物理的に黙らせたレザードが店主に詰め寄る。
某日、メリウが貸した100金貨のカタに労働力として連れてこられたわけなのだが・・・
「ああ、ぶっちゃけると、実はそこら辺どうでも良かった。 レザードを女装させて周囲の反応が観たかっただけだった。 今は反省していぬ」
つまり、反省はしてなかった。
「・・・んじゃ、俺行くわ・・・」
もうコイツに何言っても無駄だ・・・・と、肩を落として、腹いせに店主に向けて石でも投げつけておく。
甲高い音を立てて石が額にクリーンヒット。
おうふ! と悲鳴を上げて尻餅をつくおメ子に、追撃の牛乳が降り注ぐ。
・・・ソフトクリーム用の素材だよ! やましい用途で用意したんだよ!(もはや隠す気もない)
「あいたたー、チトからかい過ぎたー。 十分客の視線集めてくれたから役割は果たしてくれてたよーぃ有難うー!」
去りゆくレザードに手を振り礼を言うおメ子。
さて、んじゃ自分は続きを売りますかね・・・と立ち上がる。
周囲を見ると、前かがみになったPC達の列が。
キャラ形状的には裸エプロンに牛乳ブッカケでM字開脚状態だったしね、さっき。
・・・エロっ。 ふぅ。
「「「「・・・ふぅ。 あるだけいただこうか」」」」
貴様ら、そのおっ勃てた自前のでもかじってればいいと思います。
喧嘩だ喧嘩だー、という騒ぎをのぞきに来たジオは、決闘用モードでなくガチの生き死にモードで戦闘を繰り広げる男達の姿を見つめていた。
流石に刃物を抜くような事態にはなっておらず互いに素手での殴り合いだが・・・・。
がっごっ、っと、互いの顔面を打ちぬきあった二人は、同時にその場に崩れ落ち、石畳に大の字に横たわった。
「ヘヘヘ、いいパンチ持ってるじゃねぇか」「はっ、おまえこそなっ」的な展開になりかけるが、それにジオが即介入した。
「間に合いましたな。 どうやらまだ始まったばかりというところですな」
息も絶え絶えの二名を見下ろし、満面の笑みを浮かべる癒し系。
「え、ちょ」「もう戦えないんですが」言い募ろうとする足元二名に対し振り下ろされる白銀の腕。
強制的に全快させられた二名は、恐る恐る立ち上がってジオの顔色を伺った。
何この超・笑顔、もしこのまま戦わずに逃げたら、俺らどうなるの・・・?
「ファイッ」
畜生、ファイッじゃねぇよ! と、喧嘩していた理由すら忘れ、ただ何をされるかわからぬ恐怖に駆り立てられ、男ふたり、互いの拳を、互いに打ち込む。
瀕死になったらまた全快、瀕死になったらまた全快・・・。
ああ、諍いって、なんて醜いんだろう・・・。
何度目かのダブルノックダウンの後、二人から泣きが入り喧嘩騒ぎは終了した。
血反吐吐きながら回復をやめなかったジオの姿が、もはや恐怖レベルだったのだが、それは閑話。
その後回復しようとフランクフルト屋を訪ねて賢者になるのも、閑話。
舞台戻って剣術大会決勝戦。
侍マスターレベルの男は、奥義の炸裂を以て、自身の勝ちが確定したと判断した。
準決勝で戦った練度の高い侍を斬って落とした自慢の20連撃である。
噂の灰剣士でも、魔法無しのルールでは受け切れまい・・・。
男の予想は、まぁぶっちゃけ大外れも大概なもので。
「<止め>」
カチン、と、食い込むような動きを見せ、連撃を封殺するシオン。
その表情は、ちょっとなにを考えているか読めないほどに無表情である。
必殺の奥義を出会い頭に止められた。
男はあわてて距離をとる。
決めた、決まったはずだった。
そんな考えが頭の中を巡るなか、無表情だった目の前の男が静かに口を開いた。
「いいなぁ、奥義ぃ?」
ワチキが苦労してようやく半分くらい熟練度溜まってきたって段階なのに、もうバカスカ使いやがって・・・・この妬みで人が殺せるならばっ。
シオンの嫉妬に、火がついた。
妬ましい妬ましい妬ましい。
大事なことなので三度言った。
「今度はこっちの番だ、よな・・・見せてやろう、ワチキの奥義(予定)その1を」
ゆらぁり。
脱力の極みといった風情の無気力さを醸し出しつつ、石畳に切っ先が引きづられていた二本の長剣が跳ね上がる。
左右10回の連続攻撃。
<止め>を試みようとする相手の剣を、新規追加の流派技能<牽制>にて打ち消し、体勢の固まったそれに、残り19回の斬撃が襲いかかる。
結果としては、無論、一撃一撃でも人型サイズの生物では致命傷になる剛剣を19倍受けて跡形が残るわけもなかった。
トラックに撥ねられた、もしくは電車に飛び込んだ、といった感にブッ散らされた侍マスター?のグロさを以て、町内剣術大会は幕を下ろした。
優勝賞金をぶんどって意気揚々のシオンが舞台を降りる。
その行く手を阻むが如く、いつものメンツが、揃って出迎えた。
「見てたぜー、いつの間に新規技能なんて流派に入れてたん?」
ポニテ似非メイドのままの(着替えろよ)レザードが、興味深そうに先程の<牽制>について尋ね。
「決闘用モードは生き死に無くてつまら・・・げふふん、怪我がなくてなによりですな」
ジオが咳払いしつつシオンの無事をよろこ・・・・ぶ?
もはや隠す意味もないことを見て見ぬふりをする情が、いつものメンツにもあった。
「おつかれさま。 フランクフルト食うか?」
おメ子さんが硬くて太くて雄々しいフランクフルトをシオンに差し出す。
紙袋に入れてあるとはいえ、胸の谷間から出すのはどうかと思います。 ふぅ。
「あー、その、なんだ。 皆、満喫したみたいやね、今日」
ジオ辺りはいつも満喫してる気がしなくもないが、細かいツッコミは命に関わるのでスルー、スルー。
「「「うん、程々に」」」
シオンはどうだったい? と、三人は聞き返し。
「ん、ほどほどに楽しめた」
口の片側だけをぐぐぐ、と上げて、シオンは笑ってみせた。
そんなこんなで今回はここまで。
本当はクラフター城壁修復話になる予定だったけど、そこら辺は後日に。
「「「「最近暑いから水分と塩分はこまめに取りなさいなー 手足痺れてきたらヤバイぞぅ!」」」」