スタートダッシュも楽しいもので 1
走れ走れ走れー。
「ぼっくらぁのー生まれたァ まーちぃはぁ♪」
β最後のイベントで滅ぼされたじゃん、とセルフツッコミなメリウ。
移り住んでて良かった良かった・・・。
某月某日(土)、製品版いよいよスタート。
いつものメンツ、全員休日につきサーバが開くなり即ログイン。
あっれ、MMO恒例のログインオンラインが、無い、だと・・・?
「すてっきー、どう考えても数日は運営とか罵倒して過ごすのが定例イベントなのになー」
シオンもいつにもなく上機嫌、ひとまず目指すは拠点の町を見下ろす小高い丘。
「速攻土地買って、俺達の拠点を作るのだー」
最先行するレザードが背後の仲間を置き去りにしかねない勢いで疾走・・・スタミナ切れで失速。
家を買う・・・それはゲームの中でも、ドリーム。
まだまだ資金はそれほどでもなく、まずは土地だけ用意するのだー、というわけだ。
「まぁ、ライバル少なそうなので急ぐ必要もないのですがな・・・」
無駄に箱庭魂に火の点った現拠点町にクラフター達がマンションじみた塔を建築開始している現在、わざわざ郊外まで良く必要もないと思うのは当然かも知れませんがねぇ、と、ジオ。
しかし、ちら、ほらと自分の土地を求めて四方に散るプレイヤーたちの姿も見受けられる。
油断は禁物、走れ走れ。
そして、息も絶え絶えに目的地を確保した段階でメリウが飛んでればもっと早かったことに皆が気づいたが、キャラクターが動けるようになるまでは更新・変更箇所のマニュアルを読むのに忙しかったのでどうでも良くなった。
大きな変更点は、なんといっても蘇生条件の緩和、である。
死体になったキャラクターの腐敗は基本的には廃止に。
蘇生費用もそれほど法外にはならず、無駄に死にまくらない限りは払えるレベルに落ち着いた。
ただ、基本的に・・・であって、落とし穴的なものもあった。
生き返るだけは生き返れても、四肢や眼球、動くことはできても目立つ傷跡、などの欠損治療費が跳ね上がったのだ。
よって、よほどβ時代に資産を貯めこんででもいない限りは、生き返った後に友人知人の再生を含む回復魔法などに世話になるのが、製品版開始後のスタンダードになった。
また、いきなり微温くしてんじゃねーよ、というマゾ・・・古参プレイヤーにも配慮し、β時代のルールもオプションとして選択可能としていた。
ゲーム的利点は、若干の成長確率上昇。
古参プレイヤー的には、それプラスで、スリルが。
手塩にかけたキャラクターが、あっさりと失われる恐怖。
βを生き抜いた、もしくはそのルールに慣らされてしまった人間にとっては、吉報であったようで。
右手で、未鑑定な刀槌(仮)を構えたメリウの足元に、疲労困憊状態の灰騎士仮面が大の字に寝転んでいた。
連続攻撃殺しの新スキル、導入。
既存流派にも配分され、ひっそりと追加されたそれによって、必殺の40連撃が無効化されていた。
行動は単純明快、シオンの連撃1発目を、メリウの刀槌が<止め>て、以下を出させなかったのだ。
「こりゃ、ひどいわなー・・・結構あっさり<止め>られちゃうんだね・・・」
あまりにあまりなバランス調節に、メリウも呆然。
実質、単発攻撃を防ぐ防御力があればいいという・・・。
流派に追加されてるし、説明文見る限りだと対連続攻撃用だよねこれー。
シオン試しに適当に撃ってみてーってキサマなに仮面かぶって・・・待てその構えは・・・<止め>・・・あー、スタミナ消費が<撃とうとした連続攻撃分消費される>のか、これ・・・
「なん・・・だと・・・」
中の人まで息も絶え絶えに呟くしか無いシオン。
1発目で止められただけなのに消耗が40発分という理不尽を噛み締める。
今までの決戦兵器的キャラ運用が製品版早々方針転換せざるを得ないのか・・・?
そんな剣士たちの生暖かな戦慄を崩すのは、アップデート内容を熟読しきったジオであった。
「いえ、これはもしかして・・・シオン、貴方の流派に追加された効果、あるじゃないですか。 それを全力で使ってみてください。 そこの棒持った不審者に」
「不審者・・・だと・・・」
ちょっと自分でも不審者だと感じているので何も言い返さず、一応<止め>準備をするメリウ。
シオンはある程度スタミナが回復したのか立ち上がると、ジオと内緒話をボソボソ、と。
あー、あー、これね。
もしこのデータの通りなら、ダメージ量は連続攻撃に及ばないけど、ほぼ確実に当てられるわけか・・・しかもスタミナ消費なし、だと・・・
傍から見ていたレザードには、それは奇妙なものに感じられた。
シオンが放ったのは何の変哲もない唐竹割り。
振りあげて、振り下ろしただけ、に見えた。
しかし、それを防御・・・先程の<止め>だろう・・・しようとしたメリウの刀槌が、まるで間に合っていない。
初めから当てる気はなかったのか、地面すれすれで止まった剣には血や臓物の付着無し。
「うわ、何今の・・・見えてたけど反応ができないって・・・何それ催眠術?」
恐らく、今のと同じものが来るぞー、と前もって約束されていたとしても。
回避も受け流しも出来ない、操作しようとしても反応が返って来なかった。
今の技能に対しては防御行動が取れない、と、判断したメリウ。
もはや、魔法でも使っている、という方が説得力があった。
「これは、ひどいわ・・・威力が単純に1発になるけど、相手に防御されないならほとんど素通しで・・・あー、でもこれ連撃と併用できないのか」
新たなる力に、思考が内側に向き始めているシオン。
自分の使えるものとの運用変更などを練り始めたのであろう。
メリウとレザードはそれを放置すると、ジオに詰め寄った。
「「説明。 三行で」」
教えろ! ジオ先生っ。
「・・・と、いうわけで、普通の人が使えば成功回数に応じた防御系技能へのマイナス効果が出るスキルなわけです。 で、スタミナの消費がない、という特性に着目すれば・・・」
ジオ先生の講義が続く。
<先の先>
追加された、恐るべきスキルの名である。
平均的な剣士キャラクターであればせいぜい6~7回成功が限度の、防御阻害攻撃だ。
それらのプレイヤーが使う限りは、せいぜい防御技能系の判定が、決定成功から成功に格下げされる・・・程度で済むはずのバランスどりである。
しかしながら、それを流派お化けのシオンが使うと・・・結果は見てのとおりであった。
「これ、さ、敵が使ってきたらイチコロで殺されるんだけど・・・」
今まさに、本当なら殺されていたメリウが呻く。
流派天才系の人間ネームドとか出た日にゃ、最悪先制取れないとそれで終わるという寸法である。
運営の野郎、適当に作ったスキルぶち込んで俺らにテストさせる気かいな・・・
「流石にそこら辺は考えてると思うけど・・・きっと、なにか対抗策があるとかじゃないかね」
まだ見ぬ何かがって辺りが地獄だぜー、とシオン。
「ぶっちゃけ物理的な防御行動は不可と考えていいってことは、つまり」
メリウが人差し指を胸前でピッと天指し。
「魔法、か? でも、正直俺らのもってる防御魔法って、魔法武器での防御より弱いぞ?」
新魔法を覚えなきゃいけないってことかいな、これから、全員が。
面倒な・・・とレザードが眉を潜める。
「魔法かー、嫌だけどしゃーないかー・・・嫌だけどー」
大事なので2回言いました、シオンです。
適当に追加要素確認してから、βの延長線上で遊べるかと思ってたのに、いきなりバランス大変更とは・・・。
「あ。 土地確保のダッシュですっかり忘れてたけど、最終日の報酬内容とか確認すれば突破口とか開けるんじゃ?」
魔法の巻物系等なんてあったっけっかなー、と首を捻りつつもいうレザード。
それがあったなー、と周囲も手を打合せ。
ボス撃破後の隠し部屋から拝借していた物品等を、皆が物色し始めた。
「案外あるもんだね・・・でもこれ、レベル4魔法じゃ・・・」
様々な未知物品を、町に戻って鑑定したいつものメンツ。
そしてその中に、一筋の光明が発見された。
<瞬間移動>
短距離を文字通り瞬間移動する、大魔法であった。
このパーティの防御行動が、受け流し、回避、結界、瞬間移動、の四択になった瞬間である。
βテスト時代、魔法種類は全7レベルのうち3までの開放に留まっていた。
製品版では、一気に全解放されたようだが・・・βからの残り未鑑定品でそれが出たということは。
「しまったー、未鑑定品のまま取っておけば上限上がってた可能性もあったかー!」
後の祭り、であるが、騒ぐ気持ちもわかるぜレザード。
「即時鑑定でしたからねー、生きる力が欲しくて」
時代が悪かったのです、と、ジオ。
「ま、無いものねだりしてもしゃーないし。 瞬間移動だけでも酷いレベルのアドバンテージを得てるぜ、わちき等?」
シオンは流石のポジティブシンキング。
「そだね、んじゃひとまず修行ポイント残ってる人ー、限界レベルまで瞬間移動覚えてから皆の師匠になってー・・・って、皆ポイントなし・・・?」
あっれ、なんで自分に視線集まってるのかなー?
「魔法的にはお前さん一択じゃねぇか、任せたポイント残ってるメリウ」
シオンさんに肩を掴まれました。
「いつも自前でスキル取ってたお前が貯めたポイントが、今輝くとき!」
レザードさんに退路を絶たれました。
「すみません、スクロールで覚えてしまうとギルドの規定に引っかかっちゃいまして・・・」
ああ、ジオのほうは仕方ない。
最悪宗教裁判なんだったよね、カルト系魔法ギルド。
満場一致で、メリウが瞬間移動を覚え・・・修行ポイントで熟練レベルを最大まで伸ばし・・・皆の魔法の師匠契約を終えて講義をし・・・晴れて<瞬間移動>が、パーティに浸透した。
が、現状のままではメリウ以外は熟練レベル1,早めに修行ポイントを稼ぐか訓練を行って実用レベルまで叩き上げる必要が出てきたわけで・・・。
「死なないための防御手段を死ぬ現場で鍛えるのも、現実的じゃないよね」
シオンの言葉で、魔法の訓練決定。
結局その日は、早い者勝ちの土地購入及び新規スキルとその影響、そして対策・・・等に費やされることとなった。
列挙するとそれほどスタートダッシュしてるようにも見えないが、まぁ別にトッププレイヤーというわけで無し。
「今後のゲーム世界を渡り歩く土台を作った、と考えればいいさー」
と、マイペースにリーダーがまとめたところで、今日はここまで。
「「「「おつかれー」」」」