翁のカエル
昔々、あるところに一人の翁が住んでおりました。
その翁の家には大きな池があり、そこにはたくさんのカエル達が住んでいて、翁はそのカエル達をたいそう可愛がっていました。
わざわざ川から池へと水路を作って水を引いて流れを作り、池の水が淀んでしまわないようにしていたり、池の中にヤゴやタガメと言ったカエルやオタマジャクシを食べてしまうものがいたら、そっと網で掬って池に引いた川の下流に放したりと、それはそれはカエル達を大事にしておりました。
そうして池ではカエル達がたくさん増え、池から水路を伝い近隣の田んぼへと広まっていき、田んぼからもたくさんのカエルの声が大合唱となって聞こえるようになりました。
田んぼの持ち主たちは翁が大切にしていたカエルだと知っており、また田んぼに沸くボウフラをオタマジャクシが、稲に着く害虫をカエルが食べてくれるので彼等もカエル達を大切にして、ますますカエル達はその数を増やしていきました。
翁とカエルと村人達がみんな仲良く暮らしていたある日のこと。
その日は皓皓と輝く満月が美しく、村中が白い月明かりに照らされた明るい夜でした。
ゲコォォォォッ、ゲコォォォォッ、ゲコォォォォォッ、ゲェェェコォォォッ!!
突然、カエル達の大きな鳴き声が、まるで雷鳴のように村中に響き渡ったのです。
これは何事か、と村人達が慌てて家の外に出ると、そこには信じられない光景が広がっていました。
無数のカエル達が、揃ってある方向を向いて、目から大粒の涙をぽろぽろと零して悲しげに泣きながら鳴いていたのです。
涙を流すカエルという信じられないものを見た村人達は、これは何事か起こったに違いないと、カエル達が向いている方を見ました。
そして村人達は気付いたのです、その方向にあるのは翁の屋敷であることに。
翁に何かあったに違いない、そう考えた村人達は慌てつつも、カエル達を踏んでしまわないようにしながら夜道を走りました。
不思議とカエル達は人間がどこを通るか分かっているかのように道の端に寄っていて、寧ろ村人達を導くかのように道を作っておりました。
満月の灯りに照らされた夜道は明るく、松明などの灯り抜きでも走るのに困ることはありませんでした。
そうして村人達が翁の屋敷へと到着し、屋敷の敷地の中へ入ると池のある方からひと際大きく、カエル達の鳴き声がしていることに気付きました。
村人達がそちらへと向かうと池から大小様々なカエル達が顔を出して、大粒の涙をぽろぽろと零しながら鳴いているではありませんか。
そして村人達は池に面した翁の部屋の障子が開いており、そこから翁が布団に横たわっているのが見えたので急いで翁の元へと向かいました。
横たわっている翁に声を掛け、揺すってみても翁は目を開けることはありませんでした。
そう、翁はもうすでに息を引き取っていたのです。
たった一人、誰にも看取られることなく旅立ってしまった翁でしたが、その顔はとても穏やかで安らいでおり、どこか微笑みを浮かべているかのようでした。
人に看取られることはなかったけれど、大事な可愛いカエル達に看取られたからであろうと、村人達は翁のその顔を見てそう思いました。
それから夜明けを待ち、翁の葬儀を始めた頃になると不思議とカエル達はその姿を見せなくなりました。
翁は村のお寺に埋葬され、その墓標にはカエルを愛し、カエルに愛された翁、ここに眠ると刻まれることになったのでした。
それから数多の年月が過ぎ去り、翁の池も、村の田んぼも埋め立てられて住宅地へと姿を変えてしまい、カエル達の姿は見えなくなってしまいました。
それでも翁の命日になるとどこからともなくたくさんのカエル達の鳴く声が響いてきて、その声は遠い昔を懐かしみ、大切な人を想って鳴いている、人々にはそんな風に聞こていると伝わっているそうな。