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第66話 第二章エピローグ・聖母の願い

 オルバジェリア大陸北部・ヒュヴィア地方。海を挟んでリオルディア王国の対岸にあるこの地には古代からヒュヴィア王国が栄えてきたが、十八年前にアラジニア王国に征服され滅亡した。

 現在はアラジニアの統治下に入っているヒュヴィア人の間にはアラジニア語やジュシエル教が広まり、民族の同化が急速に進みつつあるが、先祖代々受け継いできた独自の文化と宗教を守ろうとする動きも未だ根強い。


「アラジニアの侵略者どもは聖地エスティムをロギエル教徒の大軍に攻められ、今や苦境に陥っている。奴らの支配を覆し、ヒュヴィアを再興する好機は今だ。武器を取って立ち上がるのだ!」


 ヒュヴィアの残党の貴族や騎士、そして重税に苦しんでいた民衆らは武装蜂起し、エスティムの防衛に兵力を割いて手薄となっていたアラジニア軍を追い出して辺境の港町・カヘナを制圧することに成功した。今後はここを拠点に占領地を拡大し、ヒュヴィアの旧領全ての回復を目指す手筈である。


「そうですか……レオナルドがエスティムで」


 捕虜にしたアラジニア人の将兵らを町の広場に引きずり出したヒュヴィア人の兵士や農民たちは彼らを取り囲み、これまでの圧政への恨みを込めて皆で暴行を加えながら処刑してゆく。凄惨な復讐の光景を離れた場所から冷ややかに眺めながら、ヒュヴィアの王族の数少ない生き残りであるイゼベル・アビヤノス王女は聖地から届けられた報告に深い溜息をついた。


「まだ絶対の確証まではありませぬが、ここまで調べましたるところ、我らが聖地で接触したラシード・アブドゥル・バキなるマムルークの将軍が、十年前に亡くなられたと思われていたレオナルド様である可能性は高いものと存じます。王女様にも一度ぜひ彼とお会いになり、その目でお確かめいただければと」


「承知しました。戦のことはひとまず配下の者たちに任せ、私もエスティムへ参りましょう」


 絶世の美女と呼ばれるイゼベルの容姿はまだ二十代前半ほどの若さとしか思えない一方で、年季と苦労を人の何倍も重ねてきた老人のような陰鬱な影も見え隠れする。主筋である彼女の美貌を直視できるはずもなく、エスティムから戻ったヒュヴィア人の騎士アシュラフ・サージドは深く頭を垂れて謝罪の言葉を口にした。


「申し訳ございませぬ。王女様。実は、まさかレオナルド様だとは夢にも思わず我らが襲いかかり、瀕死の重傷を負わせてしまったのですが……御子(みこ)は幸運にも輝かしき獅子のゼノクとなって蘇り、ご健在にございます」


 蜘蛛の魔人アラーネアゼノクとなって覚醒直後のレオゼノクと戦ったアシュラフは敢えなく敗れて逃亡したのだが、もし勝ってあそこでラシードを殺してしまっていたら一大事だった。運命の悪戯を楽しむように、イゼベルはくすりと笑って家臣の失敗を寛大に許す。


「どうやらレオナルドは、そう簡単には死なぬ強運の星の下に生まれているものと見えます。十年前も今回も、他者の横槍がその運命を変えることはできなかった……」


 それは彼自身にとっては幸なのか不幸なのか、イゼベルには分かりようもない。ただ彼女としては愛するレオナルドが生きていてくれたことがこの上なく嬉しいし、それは祖国再建を目指すヒュヴィアの人々にとっても同じだろう。


「されど、憎きヨナシュ人どもは再び御子を抹殺せんと刺客を繰り返し差し向けております。レオゼノクとなられた御子は凄まじき強さでその度に奴らを撃退しておられますが、急がねば万が一という事態にもなりかねませぬ」


「よく分かりました。……皆の者、聞きなさい」


 捕らえたアラジニアの役人たちを血祭りに上げていたヒュヴィア人の兵士や民衆らに向かって、イゼベルは冷たく気品に満ちた、それでいてよく通る凛とした声で告げた。途端に喧騒が止んで静かになり、皆が地面に片膝を突いて王女の言葉に静かに聴き入る。


「我らの王は間もなくこのヒュヴィアへ帰還することでしょう。私は彼を迎えにエスティムへ参ります。私が帰るまでにアラジニア人たちに奪われた我が国の領土を元通りに取り戻し、栄光ある王の凱旋の準備を整えておきなさい」


「オオーッ!!」


 興奮して気勢を上げる軍勢は進撃し、次なる攻略目標の町へ猛然と攻め出してゆく。彼らの姿を見送りながら、イゼベルは遠く離れた聖地に向けて呟くように言った。


「どうか私が行くまで死なずに頑張っていなさいね。新たな王、我が愛する息子レオナルド……」

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