第63話 終末を告げる月光(4)
「さあ言え! 俺が魔王ロギエルの仔だというのはどういう意味だ」
エキヌスゼノクを捕らえたレオゼノクは、月光を浴びて輝く右手の鉤爪を相手の喉元に向けながら尋問を始めた。
「言わないともっと痛くなるわよ。さあ、早くレオ様の秘密を白状して」
エキヌスゼノクが答える気配がないのを見ると、彼に組みついて拘束していたレオパルドスゼノクが腕に力を込めてきつく締め上げる。つい力が入り過ぎてしまう彼女をたしなめつつ、レオゼノクは穏便さを意識した低い声で言った。
「話してさえくれれば命は助ける。お前たちの神に誓ってもいい」
「ぐむ……」
こうなってはどうしようもない。観念したエキヌスゼノクは悔しげにうつむくと、おもむろに口を開いて自分が知っている情報を語り始めた。
「全ては……アビヤの黙示録に予言された通りに進んでいるのだ。レオナルド……お前は古代ジェプラーに現れたもう一人のレオゼノクの血を……ウグッ!」
突如、エキヌスゼノクの胸に青い光の矢が突き刺さり、海胆を模した厚い装甲を突き破って心臓まで達した。驚く二人の前で、エキヌスゼノクは口から血を吐きながらどさりと倒れる。
「……しまった!」
絶命したエキヌスゼノクの体内の魔力が制御を失い、暴発して全身を木端微塵に吹き飛ばす。至近距離で発生した強い爆風を腕をかざして防ぎながら、レオゼノクとレオパルドスゼノクは光の矢が飛んで来た方向に目を向けた。
「お前は……!」
「また現れたわね」
暗闇の奥からゆっくりと、薄気味が悪いくらいに規則的な足取りでこちらへ歩いて来たのは青い蜂の魔人・アピスゼノクであった。その隣には、セイレーンゼノクに変身した天使アスタロトの姿もある。
「教えないのが愛だって口酸っぱく言ってたのにねぇ……。不親切をしそうになった悪い子は始末してあげたわよ。レオちゃん」
「その呼び方は気に障るわね。私以外の者がレオ様のお名前を略すのは不敬だわ」
不快感に顔をしかめたレオゼノクより先に、レオパルドスゼノクの方が相手の呼称に突っかかる。愉快げに哂ったセイレーンゼノクは彼女を指差して見下げたように言った。
「訳も知らずに悪魔に忠誠を尽くして、実に哀れで滑稽なものね。あなたも本当のことは知らずに逝った方が、衝撃を受けたりしなくていいかも知れない」
「お気遣いは嬉しいが、俺たちは騙されたまま死ぬ方が悔いが残る質でな」
今度はレオゼノクが代わりに反駁する番だった。敵はいつもこうして思わせぶりなことを言うだけで、核心については決して話そうとしてくれない。
「命が惜しければ真相を話せ。さもないと……」
「私たちも狩るって言うの? それは恩知らずね。一度はザフィエル教徒の子として曲がりなりにも信心があったお前の過去の歩みに免じて、知れば気が触れてしまうような恐ろしい真実は聞かせず楽に死なせてあげようっていうのがザフィエル様のご配慮なのに」
これだから人間という生き物はよく分からない、と呆れたように首を傾げたセイレーンゼノクは、無言のまま微動だにせず隣に立っているアピスゼノクに顎で指示を送る。
「殺ってしまいなさい。アピスゼノク」
指令を受けたアピスゼノクはおもむろに左手を持ち上げ、手首を覆う装甲を無数の光の粒に変えて変形させると、必殺武器の毒針・メルキゼデクを出現させた。
「――殲滅」
ただ一言、呟くようにそれだけを言うと、アピスゼノクは疾風の如き速さでレオゼノクに突進する。太く鋭い針の一撃を咄嗟に片腕で防御したレオゼノクだったが、強い衝撃を受けて自分の身長の五倍ほどの距離まで地面を引きずられて後ろへ押される格好となった。
「レオ様!」
間合いが開いたところにすぐにレオパルドスゼノクが割り込み、レオゼノクを守って立ち塞がる。機械的な動作でメルキゼデクの先端を彼女に向けながら、アピスゼノクは静かに魔力と殺気を高めた。
「やっぱり敵だったのね。今日こそ決着を付けましょうか」
「――破壊」
同時に掌から発射した光弾をぶつけ合って対消滅させた二人は駆け出し、接近戦を開始する。メルキゼデクの針を突き出して攻撃するアピスゼノクの左手を、レオパルドスゼノクは得意の上段蹴りで弾いて更に右手の鉤爪を一閃するが、顔面を斬りつけられたアピスゼノクは一瞬動きを止めただけで、痛みを感じる様子もなく冷然と反撃してくる。
「互角か……雌豹ちゃんも相当戦い慣れてるみたいだし、やっぱり出力を抑えたままじゃ厳しいわね」
レオゼノクもすぐに殴りかかって来て、さしものアピスゼノクも数的不利に陥って若干手こずっている。じっと戦いを見物していたセイレーンゼノクがはわざとらしく溜息をつくと、片手をかざしてアピスゼノクに向けて念を送り始めた。
「もうちょっと潜在能力を引き出してみるわね。きついかも知れないけど我慢して」
「グッ……ァァァァッ……!」
二人を殴り飛ばしたアピスゼノクが頭を抱えて苦しみ出し、その全身から青色の禍々しい光が炎のように立ち昇る。眠っていた力を強制的に解放させられて、アピスゼノクは全身に走る激痛に耐えながらどんどん魔力を高めていった。
「おい、危ないんじゃないのか。体が壊れるぞ」
肉体への負荷を無視して、外部からの操作で無理に魔力を引き出そうとするのはどう考えても危険だ。敵ながら惨い扱いに怒ったレオゼノクは抗議の声を上げるが、セイレーンゼノクは構わず念を送り続け、地面に倒れてのた打ち回るアピスゼノクの戦闘力を爆発的に上昇させた。
「レオ様……いえ、ラシード将軍。気をつけて。あいつ、さっきまでとは魔力が段違いだわ」
体中の痛みに悶えていたアピスゼノクが突然落ち着きを取り戻し、ゆっくりと立ち上がって蜂のような大きな目を二人に向ける。あふれる魔力を全身に迸らせながら、アピスゼノクは再び猛然とレオゼノクらに突撃していった。




