第47話 女王蜂への洗礼(4)
「ううっ……か……神様……」
ふらふらとした足取りで、薄暗い林の中を何かに導かれているかのように歩き続けるスザンナ。そんな彼女を突如、茂みの奥から伸びてきた細い紐状の光が強かに叩いて弾き飛ばした。
「うっ……!」
「ラビの権威を軽んじる者には、苦しみの末の死という罰を与えねばなるまい」
肩から生え出た無数の触手の一本を鞭のように振るってスザンナを襲ったのは、バルジライが変身した海月の魔人・プルモーゼノクであった。地面に倒れたスザンナが痛みを堪えて立ち上がると、プルモーゼノクは青白く発光する伸縮自在の触手を不気味に動かして再び狙いを定める。
「神様……!」
禍々しい怪人の姿を見ただけで、スザンナは恐ろしさと吐き気で卒倒しそうになる。プルモーゼノクは触手の一本を長く伸ばしてしならせ、怯える彼女の体に勢いよく振り下ろした。
「きゃぁっ!」
電流を帯びた触手で打たれ、感電したスザンナは悲痛な叫び声を上げた。プルモーゼノクは更に複数の触手を肩から伸ばして振り回し、倒れているスザンナの背中を繰り返し打ちのめして痺れさせる。
「神様、助けて……!」
体を走り抜ける高圧電流にあえぎながら、スザンナは目を瞑って必死に神に祈る。すると彼女の脳裏に、それに答えるかのように天からの声が響いた。
――戦え。
「うっ……!」
強い偏頭痛と共に、その声は聴覚を介さず脳に直接届いてくる。戦えという、胸の奥に眠っている人間の野蛮な本能を呼び覚まそうとするかのような忌まわしい言葉。普段は神の声に静かに聞き入っているスザンナが、この時ばかりは反射的に拒絶反応を示した。
――戦え。我が選びし救世主よ。
「うっ……やめて……神様っ……!」
両手で頭を押さえながら、スザンナはその声に抵抗しようとするように叫んだ。その間にもプルモーゼノクは電流を帯びた触手を続けざまに叩きつけ、混乱する彼女を容赦なくいたぶってゆく。その様子を離れた茂みの陰から窺っていたメリッサは、さすがに黙って見ていられなくなった。
「全く、世話の焼ける彼女さんね……仕方ない」
プルモーゼノクと戦うために変身の呪文を唱えようとしたメリッサは刹那、強い魔力がこちらに急接近してくるのを感じて振り向く。次の瞬間、猛然と突っ込んできた不言色の獅子の戦士がプルモーゼノクに飛びかかって組みついた。
「レオ様……」
「逃げろ!」
レオゼノクに変身したラシードが駆けつけ、プルモーゼノクの体を押さえつけて羽交い絞めにしたのである。怪力ですぐに振りほどいたプルモーゼノクだったが、レオゼノクはすかさず相手の脇腹に強烈な蹴りを浴びせ、柔らかい地面の腐葉土の上に倒れ込ませた。
「早く! 逃げるんだ!」
「ううっ……」
レオゼノクが発した声がラシードのものと同じだとは、錯乱状態のスザンナは気づくことができない。プルモーゼノクとレオゼノクが戦っている隙に、スザンナはもつれそうになる足で何とか立ち上がり林の奥へと逃げていった。
「まさか貴様が現れてくれるとはな。あの小娘より先にあの世へ送ってやろう。魔王の子レオナルドよ」
「いい加減にしろよ。どいつもこいつも思わせぶりな科白ばかり……!」
プルモーゼノクの触手で叩かれて感電したレオゼノクは怒りをたぎらせ、猛獣のように咆える。再び飛んで来た触手の一本を右手の鉤爪で刎ね飛ばし、もう一本を左手で掴むと、レオゼノクは高圧電流に耐えながらその触手を引っ張って凄まじい力でもぎ取った。
「き……貴様」
「ウォォォォッ!!」
怯んだプルモーゼノクに、突進して距離を詰めたレオゼノクは激しい猛攻を加える。遠くからそれを見ていたメリッサは、またも戦慄に身震いした。
「レオ様……またお怒りのようね」
バジリスクゼノクを相手に切れた時と同じだ。怒ったレオゼノクはプルモーゼノクの腹と顔面を続けざまに殴りつけ、更に足払いで再び転倒させる。
「つぁっ!」
「ぐっ……本性を見せたな。レオゼノク!」
起き上がろうとしたプルモーゼノクの頭に回し蹴りを喰らわせ、レオゼノクは再び相手を引っ繰り返して腹を乱暴に踏みつける。凶暴性と残酷さが増したその戦いぶりから目を背けるように、メリッサは茂みの陰からそっと離れてその場を去った。
「邪魔が入ったか。バルジライがレオナルドを倒せるなら、それはそれでいいんだけどね」
残念ながら彼の実力ではそこまでの成果を期待するのは酷だろう。マナセはそう思案を巡らせながら、スザンナの後を追って林の中を悠然と歩いていた。面倒だが、ここは自分が手を汚さなければならないようだ。べたつく返り血を浴びた己の姿を思い浮かべて、潔癖症のマナセは不快そうに目を細める。
「おっと、先客かな。これは好都合だ」
遠くに邪悪な強い魔力を感じる。スザンナを狙って動き出したアッハーズのものだ。ここは敵であるジュシエルの配下の天使に彼女の始末を任せるのも手間が省けていいだろうと、立ち止まったマナセは腕組みをして口元を歪めた。
「いや、魔力が二つ……? 何だ。この気は……? まさか」
林の奥からスザンナに接近してくるアッハーズとは別に感知される、もう一つの魔力。そんなはずはない、とマナセは思わず自分の鋭敏な第六感を疑った。他でもないスザンナ自身の体から、異常なほどの強い魔力が燃え立とうとしているのだ。
「そうか、そういうことか……! 彼女、本当に」
これは想定外の事態となった。マナセは表情を強張らせ、柄にもなく焦った様子でスザンナの元へと走っていった。




