第40話 餓狼の戦士(3)
「おら、どんどん作れ! 休んでる暇はねえぞ!」
神聖ロギエル軍に包囲されているエスティムの街はまさに戦時体制である。普段は商人が使っている倉庫が今はアラジニア軍に徴発され、戦のための矢を作る兵器工場として利用されている。その工場を視察に訪れたサディクは声を張り上げ、工員として駆り出された周辺住民たちを威圧的に急き立てていた。
「順調か? ワキール」
籠城戦の長期化に備えて矢の増産の役務を担当しているのは、サディクの部下のワキール・ファウジである。マムルークの士官学校時代からの付き合いになる同い年の上官に作業の進捗具合を訊ねられると、小柄で目つきの鋭い彼は汗水垂らして矢の製作に勤しんでいる大勢の民を見渡して嫌味を言うように答えた。
「思ったよりやる気のない奴が多くて、捗りませんね。本当なら鞭でしばいてでも、もう少し能率を上げたいところですが」
「いいぜ。俺が許す」
あっさりと、サディクは工員たちへの体罰を許可した。嬉しそうに愉悦を見せたワキールは壁に立てかけられていた鞭棒を手に取り、勢いよく床を叩いてピシャリという炸裂音を倉庫内に響かせる。
「お前らは弛んでるんだよ! もっと真面目にやらねえと叩きのめすぞ!」
働いている民たちの間に、たちまち恐怖と動揺が走る。鞭打ちの刑に遭わされては大変だと、人々は慌てて矢を作る手を速めた。
「あっ……!」
まだ小さなアラジニア人の少年が、焦ったために力加減を誤って作りかけの矢を折ってしまった。それを見たワキールは長い鞭を引きずりながら大股で歩み寄り、怯えるその子を威嚇するように見下ろして叱りつける。
「お前、何をやってる。貴重な矢の部品を壊しやがって」
「ご……ごめんなさい。申し訳ありません。マムルーク様……」
恐怖に震え、床にひれ伏して必死に謝罪するその男児に、ワキールは容赦なく罰を与えようと鞭棒を握った右手を振り上げる。だがその時、背後から伸びてきた手が鞭を掴んでそれを制止した。
「相手は子供だ。むごい真似はよせ」
「……ラシードかよ」
振り向いたワキールは面白くなさそうに舌打ちし、ラシードの手を乱暴に振りほどいて鞭を下ろす。そこへサディクが近づいて来て、不満げな顔をしている自分の部下に代わってラシードに言った。
「また民衆の味方なんかして善人気取りか。むかつく奴だぜ。ここは俺たちの縄張りだぞ。何しに来た」
「お察しの通り、お前らに虐げられている哀れな民を助けに来たのさ。……ってのは冗談だがな」
皆がこちらに注目して騒然となっている倉庫内の様子をぐるりと見渡してから、ラシードは話した。
「今朝のあの家屋の倒壊の件だがな、どうやら何者かに破壊されたものらしい。それで犯人を捜してこっちに来たって訳なんだが、何か知らないか」
「知らねえな。もし知っていてもお前には教えてやらん」
跳ねつけるように冷淡に、協力を拒む態度を示しながらサディクは答え、それからわざとらしく口元を歪めてラシードに言う。
「だが一つだけ、特別に俺様の推理を聞かせてやろうか。あの事件はきっとヨナシュ人の仕業だ」
「何だと」
ラシードにとってヨナシュ人は幼い頃の同胞である。それを知っていてわざと彼らが犯人だと決めつけたサディクに、ラシードは瞬間的に怒りが沸騰しそうになるのを何とか抑えた。その反応を面白がるように、サディクは意地悪な薄ら笑いを浮かべつつ言葉を続ける。
「なぜそう思うか、ってか? まあ、神様のお告げって奴かな。敬虔なジュシエル教徒の俺に、天からそうささやく声が聞こえるんだ」
「面白くもない戯言だな。可憐な聖女とかならともかく、お前や俺みたいな柄の悪い不良信者に神が直々に声なんてかけるかよ」
芝居がかったサディクの科白に、ラシードも毒舌でやり返す。二人の間に言い争いが勃発しそうになったその時、ラシードの第六感がこの倉庫のすぐ近くで燃え立つ強い魔力を捉えた。
「っ……!」
ゼノクに覚醒して以来、少しずつ自分の中に芽生えてきた感知能力。サディクと睨み合っていたラシードは目を背け、彼を敢えて無視するように言葉もなく駆け出した。
「フン……あいつも感じやがったか」
倉庫の外へ出て行くラシードの背中を嘲るような目で見送りながら、呟いたサディクは隣に立っていたワキールと顔を見合わせ、にやりと哂いながら互いにうなずき合った。




