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第36話 誓いの乙女(5)

「偉そうだなあ……これだからラビの先生方の中でもヒゼキヤ派は嫌いなんだ」


 去って行くマナセの後ろ姿を見送りながらシメオンがぼやく。マナセの父であるヒゼキヤを中心としたザフィエル教ヒゼキヤ派のラビたちは民衆を見下し、傲慢で高圧的な態度を取りながら説法をしてくるため身分の低い民たちからの評判はすこぶる悪いが、今は彼らがこのエスティムにおけるザフィエル教の権威と化している以上、一般の平信徒はとにかく我慢して従うしかない。


「まあ、宗教家なんてのはどこも似たようなものさ。ジュシエル教の教師もやたら横柄なのが多くて、俺もマムルークの学校では神学の授業が一番嫌いだった」


 まだ腹立ちが収まらない様子のシメオンをなだめてラシードが語っていたその時、先ほどから遠巻きにこちらを見ている群衆の一人にルツが気づいて反射的に目を背けた。顎鬚を長く伸ばした背の高いアラジニア人の若い男性である。


「あの人、この近くの神学校(マドラサ)に通ってるムニールさんよ。大のヨナシュ人嫌いで、ザフィエル教は悪魔の教えだっていつも言っててうるさいの」


 今度は何なんだと面倒くさそうに顔をしかめたラシードに、ルツは小声でそう説明する。ムニール・ワジリという名のこの青年は神学校でジュシエル教を学んでいる熱心な学生として知られ、またザフィエル教を敵視している生粋の反ヨナシュ主義者としても有名だった。シメオンたちの店にも押しかけてきて客の前で差別的な罵声を浴びせてきたことがあり、その時は営業妨害として憲兵に通報して摘まみ出してもらったくらいだ。


「こういうのは、学びたての頃はどうしても思想が尖ってしまいやすいものだからな。無視するに限ると思うが、あまりしつこいようだったら……」


「あっ……!」


 ラシードが言い終わらない内に、歩き出したムニールは憎しみをたぎらせた目でこちらを睨みながら近づいてくる。ミリアムが気づいて声を上げたのに反応して、皆はまた一斉に振り向いた。


「何だ。まさか喧嘩でもする気か?」


 スザンナに何か文句を言いに来たのか、あるいは手荒な真似でもするつもりだろうか。軍服を着て刀を佩いたマムルークの自分が一緒にいるのにいい度胸だな、と思いつつラシードが警戒したその時、大股で歩いてきたムニールの身に異変が起こった。


「邪教を広めるヨナシュ人の女め。地獄に落ちろ!」


 怒鳴りつけるようにそう叫んだムニールの全身が紫色の光に包まれ、それが魚のような無数の鱗状の鎧と化して、彼は(まぐろ)の魔人・テュンヌスゼノクに変身する。唸りを上げて猛然と向かってきたテュンヌスゼノクは、魚の(ひれ)を模した三日月型の右手の刃を振るってスザンナに襲いかかった。


「危ない!」


「きゃっ!?」


 シメオンが咄嗟にスザンナを庇い、横から彼女に飛びついて押し倒すようにして避けさせる。狙いを外れた鋭い鰭状の刃は二人の後ろに生えていたオリーブの木に当たり、一撃で幹を真っ二つに切断し倒れさせた。


「大丈夫ですか? スザンナさん」


「シメオン君……」


 素早くスザンナを助け起こしたシメオンは勇気を振り絞って身を楯にし彼女を守ろうとする。そんなシメオンの前にラシードが更に割り込み、テュンヌスゼノクの行く手を阻みつつ二人に言った。


「早く逃げろ! こいつは俺が倒す」


「ありがとう兄さん。さあ逃げましょう。スザンナさん!」


「で、でも……!」


「いいから。お兄ちゃんなら大丈夫よ。ルツお姉さんも早く!」


「え……ええ」


 シメオンとミリアムに促されて、逃げるのを躊躇っていたスザンナとルツは二人と共にその場から走り去る。横目でそれを見送ったラシードは体に力を入れて魔力を高め、ゼノク化の呪文を詠唱した。


変身(ゼノキオン)!」


 突進してきたテュンヌスゼノクの手刀を後ろに飛びのいてかわしながら、空中で眩い黄金の光に包まれたラシードは着地と同時に獅子の装甲を纏ってレオゼノクの姿となる。右腕を軽く振ってしならせるいつもの仕草をしてから拳を握ったレオゼノクは、再び攻めかかってきたテュンヌスゼノクと戦闘を開始した。

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