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筋肉第9話 チュパカブラ

 牛崎みるくの実家は酪農農家だった。

 市街地から離れた場所に位置する丘の上にある牛崎牧場は観光地にもなっており、実家と併設された店では様々な乳製品も販売していた。


 今現在の時刻は、午後10時。

 牛崎みるくは、緊張の表情で牛舎の前に立っていた。

 横には、祖父の牛崎(うしざき) 乳太郎(にゅうたろう)が立っている。

 乳太郎の手には、猟銃が握られている。

 

 「今日こそぶっ殺してやる」

 

 乳太郎は低く呟いた。

 両眼に、恐ろしいまでの決意と信念が宿っていた。


 牛崎農場は、ある怪現象に悩まされていた。

 朝になると牛が一頭変死しているのである。

 変死している牛には、血が一滴も残っていなかった。

 それが、1週間続いていた。


 そして、昨晩。

 乳太郎は、夜中に妙な影を見た。

 見た事の無い形の影が、ピョンピョンと跳ねるようにして裏山の方に逃げて行ったのである。

 牛達を襲っていたのは奴に違いない。

 そう思った乳太郎は、罠を仕掛けた。

 そして、つい先程、その罠が作動した音が鳴り、家から飛び出して来たのである。


 ごくりと、乳太郎は息を呑んだ。

 恐る恐る、牛舎の扉に手を掛けた。

 その瞬間。

 ばんっ、と、扉が勢い良く開いた。

 同時に、猿ほどの大きさの影が飛び出して来た。

 

 「おわっ」

 

 思わず乳太郎は仰向けに転倒した。

 転倒した状態で、必死で猟銃を振った。

 銃身が、その生き物の側頭部を強かに叩いた。

 

 「チュパっ」

 

 妙な声を上げて、その生き物が横に跳んだ。

 乳太郎は立ち上がり、その生き物を初めて直に見た。

 

 「何者じゃ! 貴様!」

 

 乳太郎が声を上げた。


 「あ! チュパカブラ……!?」


 みるくの口から自然と声が漏れた。

 チュパカブラ。

 テレビや雑誌で紹介されていたのを見た事がある。

 その通りの姿をしていた。

 身体の大きさは猿よりちょっと大きいぐらい。

 獣毛は生えておらず、爬虫類のような質感に覆われている。

 背中には棘のようなものが縦に生えている。

 そして、両目は異常に大きく、怒っているかのように吊り上がっていた。


 「なんだお前らはっチュパ!」

 

 突然、その生き物が高い声を出した。

 乳太郎とみるくはぎょっとした。

 

 「しゃ、しゃべった……!」

 

 呟きながら、みるくはスマートフォンをぎゅっと握りしめた。

 

 「当たり前チュパ! この星の言語ぐらい調べてあるッチュ!」

 

 チュパカブラは、牙を剥き出した。

 

 「こ、この星だと!?」

 

 乳太郎が叫んだ。

 

 「そうッチュ! この星! 地球!」

 

 「という事は、貴様、う、宇宙からやって来たのか!?」

  

 乳太郎の身体がぶるぶると震えていた。

 

 「そうッチュ!」

 

 叫びながら、チュパカブラは突然跳躍した。

 大きな口を開き、鋭い牙が月明かりを反射した。

 その時。

 ずどんっ、という銃声が鳴り響いた。

 

 「ぐえっ」

 

 同時に、チュパカブラの身体が「く」の字に折れて吹っ飛んだ。

 乳太郎の撃った弾は、チュパカブラの腹に命中していた。

 

 「やったか……!?」

 

 乳太郎が言った瞬間。

 

 「飛び道具とは卑怯っチュ!」

 

 突然、乳太郎の背後で声がした。

 2匹目がいたのか!?

 乳太郎が振り向くと同時に、2匹目のチュパカブラが猟銃を奪い取っていた。

 

 「こんな危ないものしまえっチュパ!」

 

 2匹目のチュパカブラは猟銃を放り投げた。

 

 「卑怯者どもッチュ! 男なら素手でやれやッチュ!」

 

 そう言いながら、2匹目のチュパカブラはみるくの方を向いた。

 みるくの身体が、びくりと震えた。

 

 「おいっ! お前の相手は俺だ! 孫は関係ねぇだろ!」

 

 乳太郎が叫んだ。

 だが。

 

 「弱そうな奴から仕留めるっチュ!」

 

 そう叫びながら、2匹目のチュパカブラがみるくに向かって跳躍した。

 牙と爪が、月光を反射してきらりと光った。

 みるくは、ぎゅっと眼を瞑った。

 その時。

 

 ごっ……!

 

 という、鈍い音が鳴り響いた。

 みるくは、眼を開けた。

 目の前に、巨大な影が立っていた。

 一瞬、熊が現れたのかと思った。

 だが、すぐに違うと分かった。

 見た事のある背中だった。

 同じ高校の制服である。

 その制服の背中部分が、分厚い筋肉に内面から押されている。

 スカートから覗く脚は、丸太のように太く岩のようにごつい。

 そして、ウェーブのかかった赤髪。

 その後頭部がゆっくりと動き、月光に煌めく赤い瞳が、みるくを見下ろし、穏やかな声が聞こえた。

 

 

 「大丈夫かい? お嬢ちゃん」

 

 「お、鬼木坂さん!」

 

 みるくの顔が、ぱっと明るくなった。

 

 「うわっ!? な、なんじゃっ!」

 

 乳太郎は突然現れた巨体に驚き、身体をびくりと震わせた。

 

 「安心しな。お孫さんのクラスメイトだよ」

 

 鬼木坂奮子はそう言うと、足元に横たわるチュパカブラを見下ろした。

 側頭部に、拳の形の跡があった。

 鬼木坂奮子が、左の拳で殴った跡である。

 

 「チュ……チュパ」

 

 そのチュパカブラが、むくりと起き上がった。

 銃弾を腹に受けて倒れていたチュパカブラも、むくりと起き上がり始めた。

 

 「な、何チュパカ……お前……」

 

 「おいてめーら」

 

 鬼木坂奮子は、右手と左手で、それぞれのチュパカブラの頭を掴んで持ち上げた。

 

 「農家の人が手間暇かけて育てたもんを、勝手に奪うんじゃねーよ。てめーらが想像するよりもずっと大きな損害なんだぜ。分かるか?」

 

 赤い瞳で、鬼木坂奮子がチュパカブラ達を睨み付けた。

  

 「ぐっ……くっ……お、おいら達も生きる為に必死なんだっチュ……!」

 

 「そうっチュ! おいら達に飢え死にしろと!?」

 

 頭を掴まれているチュパカブラ達は、身を捩った。

 鬼木坂奮子が手に力を込めた。

 チュパカブラ達の頭が、みしりみしりと鳴った。

 

 「あぎゃ……痛っ……いででででッチュ」

 

 「血が欲しけりゃ野性の動物を狙え。楽だからって人のもんを奪うな。奪われた人の気持ちを考えろ」

 

 迫力のある声で、淡々と鬼木坂奮子が言う。

 

 「くっ……お、お前、いったい何だッチュ!」

 

 「なんでプロレスラーが女子高生のコスプレしてるチュパ!」

 

 「おれはれっきとした女子高生だ。文句あるか」

 

 にやりと、鬼木坂奮子は不敵に笑った。

 

 「2度と人のものを奪うな。次やったら殺すぞ」

 

 そう言って、鬼木坂奮子は手の力を緩めた。

 どちゃっ、と音を立てて、2匹のチュパカブラが地面に落ちた。

 

 「くっ……覚えてろっチュ! ボスに言いつけてやるっチュ!」

 

 2匹のチュパカブラは、ぴょんぴょんと跳ねて山の方に逃げて行った。

 乳太郎とみるくは、しばらく唖然としていた。

 

 「まぁ、これで大丈夫だとは思うが。もしまた来たらおれに言いな」

 

 鬼木坂奮子は2人に向かって言った。

 

 「あ、あの……お前さんは……」

 

 乳太郎が恐る恐る聞いた。

 

 「鬼木坂奮子さん。私のクラスメイトだよ」

 

 みるくが、穏やかに微笑みながら言った。

 鬼木坂奮子は、優しい瞳でみるくを見下ろした。

 

 「また明日な。お嬢ちゃん」

 

 鬼木坂奮子はそう言って背中を向けると、ひゅっと跳躍した。

 一っ飛びでどれ程の距離を跳んだのか。

 一瞬で、夜の闇に紛れて見えなくなった。

 

 柔らかい夜風が、乳太郎とみるくを包んだ。

 困惑の表情を浮かべる乳太郎に対して、みるくは優しい微笑みを浮かべていた。

 

   

 翌日。

   

 

 「鬼木坂さん」

 

 休み時間。

 牛崎みるくは、鬼木坂奮子の背中に声を掛けた。

 昨夜、自分を守ってくれた、頼もしい背中である。

 奮子は振り向いて、おう、と言った。

 

 「あの、昨日はありがとう。これ、お礼にチーズケーキ作ったんだけど」

 

 少し恥ずかしそうに、みるくは小さな紙袋を渡した。

 奮子は受け取って、にこりと微笑んだ。

 

 「へぇ。ありがとう。頂くよ」

 

 奮子の笑顔を見て、みるくはたまらなく嬉しくなった。

 味は口に合うだろうか。

 気に入って貰えると嬉しい。

 

 そして、昼食の時間。

 

 みるくは、ちらりと鬼木坂奮子を見た。

 いつものようにキャベツ一玉と干し肉と特大握り飯を食べ終えたところだった。

 ふいに、紙袋を取り出して、中のチーズケーキを取り出した。

 

 「わぁ! なにそれ! 美味しそう!」

 

 奮子と向かい合って昼食を食べている芝犬千代がはしゃいだ声を出した。

 

 「一口ちょうだい」

 

 犬千代がペロリと舌を出した。

 

 「駄目だ。このチーズケーキには想いが込められている。おれが食うのが礼儀だ」

 

 そう言って、奮子はチーズケーキを一口で食べた。

 

 「うむ。美味い」

 

 呟きながら、奮子の赤い瞳が僅かに動いた。

 離れた席の、牛崎みるくをちらりと見やった。

 ずっと奮子を見ていたみるくと、目があった。

 その瞬間。

 奮子が、微かに微笑みを浮かべた。

 みるくも微笑みを浮かべた。

 急に照れ臭くなって、みるくは顔を背けた。

 頬が、紅く染まっていた。

 

 「あー、奮子ちゃんのケチ」

 

 芝犬千代の元気な声が、みるくの耳に届いていた。

 また、作って来よう。

 そう思った。

 

 

 

 





 



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[良い点] また1人奮子に惚れちゃった予感!?奮子は罪な女ですね〜
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