筋肉第8話 振り込め詐欺
牛崎みるくは学校帰りにコンビニに入った。
入ってすぐに、ATMの前で携帯電話を手にしながら機械を操作している老婆が目に止まった。
杖を機械に立て掛けており、左手に携帯電話を持って、右手で何やら操作している。
はい?
はい?
5?
え?
6?
え?
2ですか?
老婆のそんな声が聞こえて来る。
(振り込め詐欺かも知れない)
牛崎みるくは直感でそう思った。
思った時にはもう、足を踏み出して老婆に話し掛けていた。
「どうかしましたか」
牛崎みるくが言うと、老婆がこちらを見た。
「おや、待たせてしまっているかねぇ。ごめんねぇ、なかなか数字が聞き取れなくて」
糸のように眼を細めて、老婆が言った。
「いえ、待っていたわけではありません。お金を振り込めって言われたんですか?」
「そうそう。なんだか孫が事業で失敗したから、2百万円振り込んでくれって電話が来てねぇ」
「それ、詐欺だと思います」
「おや、そうなのかい」
老婆はそう言うと、電話相手に向かって言った。
「あんた、孫じゃないのかい、詐欺なのかい」
数秒の後、ぷつりと電話が切れた。
「おや、切れちゃったよ」
老婆はしげしげと電話を見つめた。
「とりあえず、警察に行きましょう。近くに交番があります。私も一緒に行きますね」
「おや、悪いねぇ」
老婆はにっこりと笑った。
牛崎みるくも、優しく微笑んだ。
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警察署でいくつかの書類を書いた後、牛崎みるくは振り込め詐欺を未然に防いだとして、感謝状を貰った。
「いやぁありがとう。最近の女子高生は正義感の強い子が多くて良いね」
口髭を生やした警察署長が、柔和な笑みを浮かべた。
「いえ、そんな」
牛崎みるくは謙遜して眼を泳がせた。
何枚かの感謝状が壁にかけてあり、それらに視線が止まった。
その視線に気付いた署長が、穏やかな声を出した。
「ああ、これはね、過去に未成年者に送った感謝状の控えなんだ。これを見るとね、私も元気になるんだ。牛崎みるくさん。君の名前も、この部屋に永遠に飾られるよ」
署長は笑いながら口髭を撫でた。
「そうですか」
なんだか照れ臭いような嬉しいような気持ちになった牛崎みるくの視線が、ぴたりと止まった。
「あ、この名前……」
つぶらな瞳が、ある一枚の感謝状を捉えていた。
正確に言えば、そこに書かれている名前である。
獅子崎 礼央、と書かれている。
「おや、獅子崎さんを知っているのかな?」
署長は穏やかな笑みを崩さずに髭を撫でた。
「はい。私の通っている高校の、空手部の部長だと思います」
牛崎みるくは一年生の間で話題になっている話を思い出していた。
空手部部長の獅子崎礼央。
去年の全国大会で個人戦優勝を果たしており、佇まいは威風堂々としていてとにかくかっこいいと評判だ。
みるくはちらりとその姿を見た事があったが、その闘争心溢れる面構えも相まって、雄ライオンを思わせる波打つ茶髪が印象に残っていた。
「ああ、じゃあ、牛崎さんも玄女の生徒なんだね」
「はい。この春、入学しました」
「なるほど。かっこいい先輩がいて良いね。ほら、見てごらん」
そう言うと署長は、獅子崎礼央の感謝状を指差した。
「獅子崎さんはね、警察も手を焼いていた武闘派珍走団の解体に協力してくれたり、警察が長年追っていた指名手配犯逮捕のきっかけも作ってくれたんだ。それに、怪人も何人か倒している」
「凄いですね。なんだか街のヒーローみたい」
「うんうん。彼女はまさしくヒーローだよ」
署長はにこりと笑って口髭を撫でながら、はっはっと笑った。
「あ」
牛崎みるくは、またもやひとつの感謝状に載った名前に目が止まった。
そこには。
鬼木坂奮子。
という名前が書かれていた。
「おや、鬼木坂さんの事も知っているのかね」
「はい。クラスメイトなんです」
牛崎みるくは、あの大きな身体のシルエットを思い出していた。
「そうかそうか。鬼木坂さんも玄女に通っていたのか。いや〜やはり凄いな玄女は」
「あの、鬼木坂さんはどんな事をしたんですか?」
「1ヶ月前、とある老人ホームで火事があったんだけどね。彼女はあの火の中に飛び込んで、利用者30名と職員10名を全員救い出したんだよ」
「うわぁ、凄い。本当に玄女ってヒーローばっかりなんですね」
牛崎みるくは、健康診断の時に見た鬼木坂奮子のあの肉体を思い出していた。
あの人はいったい何者なのかな、と思った。
獅子崎礼央と鬼木坂奮子。
警察から感謝状を貰った事のある女子高生ヒーロー達と同じ学校に通っていると思うと、誇らしい気持ちになった。
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翌日。
「うわっ! みるくちゃん! 胸おっきいなぁ!」
教室内に元気な声が響き渡った。
声を出したのは、下着姿の弁軽 虎美。
程よく締まった身体をしており、肌は健康的に日に焼けていた。
ショートの明るい茶髪を揺らしながら、下着姿の牛崎みるくに抱き着いていた。
「えっ、ちょっと」
牛崎みるくは顔を赤らめて、虎美を引き剥がそうと身をよじった。
「わぁ! ほんとだね! 柔らかい!」
芝 犬千代も牛崎みるくに飛び付いて、胸をつついている。
犬千代も、下着姿である。
「ちょ、ちょっと」
みるくの顔が、益々赤くなって行く。
「なぁなぁ! 何カップなん?」
虎美が両手でみるくの胸を揉みながら聞いた。
「ねぇ、ちょっと、やめてよ」
みるくは抵抗しているが、虎美と犬千代は屈託の無い笑顔を浮かべながら、なかなか止めようとしない。
「ウチのクラスではみるくちゃんが一番巨乳やなぁ! ええなぁ!」
虎美は、更に激しくみるくの胸を揉みしだき始めた。
「んっ、そんなの知らない……やめてってば」
「あはは。みるくちゃん、可愛いねぇ」
犬千代も喜んでみるくの身体を触っていた。
「ちょっと待つアル」
そんな声が聞こえた。
みるく、虎美、犬千代は、同時に声をした方を向いた。
そこに、下着姿の班田 チャンが腰に手を当てて立っていた。
チャンもよく引き締まった痩身であり、腹筋が見事に割れている。
艶のある黒髪を、2つの団子が横に並ぶように結んでいる。
「このクラスで一番の巨乳は、奮子ネ」
そう言って、チャンは下着姿の鬼木坂奮子の側に寄った。
「ほら見て。この胸、雨宿りが出来そうアル」
チャンは鬼木坂奮子の大きく迫り出した胸の下に頭を入れた。
「おいおい嬢ちゃん、止めてくれよ」
鬼木坂奮子は心底困った顔をした。
「確かにすげーな! 鬼ちゃんは胸筋が半端じゃないからおっぱいも大きいんやな!」
「私も雨宿りしたい!」
犬千代はみるくから身体を離していた。
「ウチもさせてや!」
虎美と犬千代は、同時に鬼木坂奮子に駆け寄り、身体をべたべたと触り始めた。
「こら、嬢ちゃん達、離れてくれ。これじゃ着替えられねーよ」
鬼木坂奮子は、困った顔で呟いた。
元気娘2人から解放された牛崎みるくはほっとしていた。
ちらりと鬼木坂奮子を見る。
あの屈強な身体に、人が集まっている。
警察署に飾られていた感謝状を思い出す。
火事に見舞われた施設から人々を救ったという話は、まだ誰にもしていなかった。