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筋肉第52話 コンビニ

 獅子崎(ししざき) 礼央(れお)は大きく息を吐くと、手に持ったタオルで汗を拭った。

 たった今、自宅でのトレーニングが終わったところだった。

 時計は21時半を示している。

 しっかりとタンパク質を摂ってシャワーを浴びて寝るか。

 そう思った時だった。

 ふいに、近くに置いておいたスマートフォンから着信音が鳴った。

 画面を見ると、アホ、と表示されていた。

 

 礼央は舌打ちをした。

 面倒だなと思いつつも、通話ボタンを押した。

 

 「なんだよ」

 

 礼央が不機嫌そうに言うと、電話の向こうの相手が必死そうな声を出した。

 

 『(あね)さん! 今、時間ありますか!?』

 

 男の声だった。

 以前、縁のあった知多(ちた) 速夫(はやお)の声である。

  

 「ねぇよ」

   

 苛つきを隠さずに礼央が言った。

 

 『助けて欲しいんです! 今、家に象岩(ぞういわ)が現れて!』

 

 礼央は目を見開いた。

 象岩(ぞういわ) 鼻緒(はなお)

 前に闘った大男だ。

 ゾンビみたいにタフな野郎だった。

 一撃必殺の正拳突きでぶちのめしたが、その後、赤帽子が連れて帰って行った。

 

 『妹を連れ去って行ったんです!』

 

 「!」

 

 礼央の茶髪が、ぶわりと逆立った。

 知多(ちた) 速夫(はやお)の妹。

 知多(ちた) 速江(はやえ)

 以前、象岩を倒した報酬として紹介して貰った。

 車椅子に乗っていて、とても素直で可愛らしい子だった。

 リハビリを頑張って、以前のように走りたいと言っていた。

 あんな純粋な子を。

 またしても。

 あの野郎。

 

 「今から行く。場所は分かるか」

    

 礼央の声が低く冷徹なものになり、両方の瞳が肉食獣の眼光を放った。

 肉体から炎のような闘気が揺らめいている。

 

 『光芒山公園に向かっているらしいです! 象岩を目撃した仲間達が、今も尾行しています!』

 

 「分かった」

 

 ぽつりと言って礼央は電話を切った。

 そして自室を出て、廊下を歩いた。

 長い廊下を歩き、広い玄関に差し掛かった時。

  

 「お嬢。お出掛けですか」

 

 黒服を着たスキンヘッドの男が礼央に声を掛けた。

 顔に大きな傷がある。

 刃物のような鋭い目付きの男だった。

 

 「ああ」

 

 礼央は男の方を一切見ずに、靴を履き始めた。

 

 「念の為行き先を教えて頂けませんか」

 

 黒服の男が言うと、礼央は背を向けたまま言った。

 

 「ちょっとコンビニ行って来る」

  

 そう言って礼央が立ち上がった時。

 

 「おい、礼央」

 

 黒服とは別の男の声が聞こえた。

 礼央は舌打ちをしながら振り返った。 

 黒服の男は脇に避けており、その隣に和服を着た男が立っていた。

 年齢は50代ほど。

 凄まじい威圧感と覇気を放つ男だった。

 大型の猫科の肉食獣を思わせる顔付きをしており、豊富な茶髪と茶色い髭が熱気に揺らめいている。

 名は、獅子崎(ししざき) 獅子雄(ししお)

 礼央の父親である。

 

 「あんだよ」

 

 礼央が冷たく言った。

 獅子雄と礼央の視線が衝突する。 

 父親と娘の間の空気がぴりぴりと張り詰めている。

 

 「あんまり派手に暴れんなよ」

 

 獅子雄が言うと、礼央は何も言わずに背を向けた。

 

 「コンビニ行くだけだっつーの」

 

 そう言い放ち、礼央は玄関の外に出た。

 ぴしゃりと横開きの扉を閉めた。

 玄関扉の外に、獅子崎組、と書かれた表札が照らされていた。

 

 「……」

 

 スキンヘッドの男は、乱暴に閉められた玄関を無言で見つめている。

 

 「おい、照光(てるみつ)

 

 獅子雄が、ぽつりと言った。

 照光と呼ばれたスキンヘッドの男は、視線を向けた。

 

 「へい」

  

 「礼央のやつ、異魂(いこん)について知ったようだな」 

 

 「ええ」

 

 「誰から聞いたと思う」

 

 「おそらく同じクラスの生徒だと思いますがねぇ」

 

 「同じクラスか」

 

 獅子雄は伸ばした髭を指でいじりながら、娘のクラスメイト達を思い出していた。

 照光も同じように思い浮かべている。

 組長の娘のクラス名簿は、全て頭の中に入っている。

  

 「そうだな。多分、桃坂(ももさか)ちゃんだろうな」

 

 獅子雄は、娘のクラスメイトの内の、ある1人の女生徒を思い浮かべていた。

 風になびく、桃色の髪。

 凛とした佇まい。

 全てを見通しているかのような桜色の瞳。

  

 「でしょうねぇ」

 

 照光も同じ女生徒の姿を思い浮かべている。

 後ろに結い上げた桃色の髪。

 菩薩のように達観した眼差し。

 神の子とも形容できるあの超戦闘力。

 

 「礼央は覚醒したら桃坂ちゃんにリベンジを挑むだろうか」

 

 「お嬢の性格なら、挑むでしょう」

 

 「だよなぁ。しかし覚醒してもあれには勝てんぞ」

 

 「ですね。桃坂(ももさか) 桃華(ももか)は正に天下無敵。この世の誰も勝つ事は出来ないでしょう」

 

 3年B組。

 桃坂(ももさか) 桃華(ももか)

 玄米女子高等学校の、現生徒会長の名である。

 

 



 

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