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筋肉第51話 体験

 日辻山(ひつじやま) 洋子(ようこ)はふと目を開けると、見知らぬ天井が視界に入ってきた。

 ここはどこだろう。

 私は眠っていたのか。

 ずいぶん温かい布団で眠っていたみたいだ。

 身体がぽかぽかする。

 ふと横を見ると。

 

 「!?」

 

 洋子はびくりと身体を震わせて眼を見開いた。

 なんとすぐ近くに、奮子の寝顔があったのである。

 近くというよりも、身体が密着している。

 しかも奮子に腕枕されているではないか!

 

 (ええええっ!? ちょっ!? ええええええええっ!?)

 

 洋子の顔が瞬く間に真っ赤に染まっていく。

 状況が理解出来ない。

 なぜ奮子と密着して寝ているのか。

 なぜ腕枕されているのか。

 というかここはどこなのだ。

 奮子の家なのか。

 確か田舎道を歩いていたはずではなかったか。

 いつの間に……。

 

 「……!」 

 

 洋子はたくましい腕に頭を預けながら、目の前の奮子の寝顔をまじまじと見つめた。

 艶のある赤い髪。

 凛々しい眉毛。

 意外と長いまつ毛。

 すっと通った鼻筋。

 ふっくらとした桃色の唇。

 

 (……かわいい)

 

 洋子の心に自然と湧き出て来た言葉だった。

 普段の奮子はとてもかっこいいいのだが、寝顔はこうも可愛いのか。

 聞こえてくる静かな寝息も耳に心地いい。

 やがて洋子の視線は、奮子の唇で止まった。

 

 「……」

 

 色香の漂う唇をじっと見つめる。

 無意識のうちに、洋子の顔が奮子の顔に近付いていく。

 まるで吸い込まれるようであった。

 今の洋子には罪悪感がなかった。

 ただ自分の本能のまま、欲望のままに身体が動いていた。

 そして奮子の寝息を自分の鼻先に感じるほど近付いた瞬間。

 

 ぱちりと、奮子の両目が開いた。

 宝石のような赤い瞳が、真っすぐに洋子を見つめた。

 洋子の身体が硬直した。

 直後、津波のような後悔が押し寄せて来た。

  

 「よう。起きたか」

 

 穏やかに目を細めて奮子が言った。

 羊子はばっと上体を起こした。

 

 「あ、あの、あのあのあの……! わ、私……!」

 

 洋子は自分の顔から湯気が出ているのではないかと思った。

 凄く熱い。

 

 「ワリィな。添い寝してたらおれも寝ちまった」

 

 言いながら、のそりと奮子も上体を起こした。

 

 「いや、あの、いや、ど、ど、どうして、私、ここに? ていうかここ、ふ、ふ、奮子の家?」

 

 洋子の胸が破裂しそうな程高鳴っている。

 

 「ああ。あの畑の道で、おれがお前を抱き抱えて走っただろう」

 

 「う、うん……!」

 

 そう言えばそうだった。

 そのあたりまでは覚えている。

 

 「おれがスピードを出し過ぎたせいでな、お前は酸欠状態になって、失神しちまったんだ」

 

 「え、そ、そうだったんだ……!」

 

 「ああ。危険な目に合わせちまった。すまなかったな」

   

 「ううん。ううん! 全然! 全然全然良いよ! 謝らないで」

 

 洋子は両手を振りながら言った。

 奮子に謝ってほしくない。

 だって私は、奮子に抱き抱えられていた時、本当に幸せだったのだから。

  

 「そうか。優しいな、羊子」

 

 奮子が穏やかな表情で見つめて来る。

 洋子は自分がその赤い瞳に吸い込まれそうな感覚を覚えた。

 自分の胸の高鳴りをうるさい程に感じる。

 

 「静かだろ、ここ」

 

 ふいに、奮子が外を眺めて言った。

 

 「え?……あ。うん。そうだね」

 

 羊子も窓の外を眺めた。

 清掃の行き届いた境内を、心地良い風が流れている。

  

 「神社に住んでいたんだね。奮子」

   

 「ああ。驚いたか?」

 

 「まぁ、ちょっとびっくりしたけど……奮子って感じもする」

 

 「ふふ。そうか」

 

 奮子は目を細めて唇を綻ばせた。

 優しく穏やかで、楽しそうな笑顔である。

 羊子の胸が再びとくんと跳ねた。

 この笑顔を見る度に、抱き着きたくなる衝動に駆られる。

 

 「あの……奮子のほかに、ご家族もここに住んでるの?」

 

 「おれ1人だよ。両親は海外に行ってる。兄貴はどこかの山の中にいる。妹は県外の祖父母の家にいるんだ」

 

 「そうなんだ」

 

 奮子ってお兄さんと妹さんがいたんだ。

 どんな姿なんだろう。

 やっぱり似ているのだろうか。

 ていうか、山の中……?

 

 「兄妹いたんだね。仲は良いの?」

 

 「まぁ、昔はよく遊んだよ」

 

 「そう」

  

 「羊子は兄弟いるのか?」

 

 「うん。弟が1人いるよ。中学1年」

 

 「そうか。おれの妹は中3だ」

  

 「そうなんだ。お兄さんは?」

 

 「21歳かな。2年以上前に千日修行を始めて、それっきりだ」

 

 「千日修行って……?」

 

 「何も持たず丸裸で山に入って、1000日過ごすんだ」

   

 「え……丸裸で? 冬は?」

 

 「獣の毛皮とかを確保するしかない」

 

 「す、凄いね」

 

 羊子はなんとなく奮子と似たような風貌の男の人を想像した。

  

 「そうだ羊子、野性の獣を狩って食べた事はあるか?」

 

 「え? ないよ」

  

 「よし。じゃあ今から狩りに行くか。そんでジビエ料理を振る舞うよ」

 

 「え? え?」

  

 狩り?

 ジビエ料理?

 今から?

  

 「うむ。おすすめは猪だ。猪鍋にしよう」

 

 ーーーその日、羊子は奮子と一緒に狩りをした。

 その後に食べた猪鍋は、羊子にとって今までで一番美味しい肉料理だった。

 

 


 

 


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