筋肉第49話 電話
「断る」
そう言って、奮子は人差し指で山羊子の額を押して、自分から離らかした。
「酷いですね。羊子にも同じ事をするんですか?」
「さぁな」
「ずるい。羊子にならキスするんですか?」
「羊子は本当にお前の事を知らないのか?」
「話を逸らしましたね」
山羊子は妖艶に笑ってから続けた。
「知らないはず……ですが、薄々勘付いているかも知れませんね」
「……怪皇會のメンバーは知っているのか」
「知っていますよ。羊子の人格の時に偶然会っても、話しかけないでと頼んであります」
「羊子にお前の存在を打ち明けるべきだ」
「……ですよね。まぁ、いずれは話そうと思っています」
山羊子は外を見つめながら、頬をぽりぽりと指でかいた。
「羊子とどうやって会話するつもりなんだ?」
「やり方はいろいろありますよ。夢の中とか、あと鏡を使ったりも出来ます」
「そうか」
奮子は静かに小さく笑った。
もうひとつの人格の存在を知るのは、他人から教えられるよりも自分自身から知らされる方がまだマシかも知れない。
「なぁ、山羊子」
奮子が茶を飲みながら言った。
その時。
突然、携帯電話の着信音が鳴った。
山羊子のポケットから鳴り響いていた。
「おや、誰でしょうか」
山羊子はスマートフォンを取り出すと、登録されていない番号が表示されていた。
「出ても良いですか?」
山羊子は画面を奮子に見せながら聞いた。
奮子は静かに頷いた。
同時に、妙な直感がよぎっていた。
髪が僅かに揺らめいた。
「はい。もしもし」
山羊子が電話に出た。
すると。
『ああどうも。狂木です』
電話の向こうの男の声が、そう言った。
奮子の赤い髪が、天に向かってぶわりと逆立った。




