筋肉第48話 思想
静かに一口茶を飲んでから、奮子が言った。
「……おれは怪皇會に入るつもりはない。だが、狂木は必ず殺す」
「そうですか。入りたくなったらいつでも言ってくださいね。基本的に既存メンバーの推薦で誰でも入れますから」
山羊子は微笑みを浮かべたまま茶を飲んだ。
「……お前はいつ怪皇會に入ったんだ?」
「2年前ですかね。楽巳亜さんの紹介で入りました」
「そうか」
奮子は静かに茶を飲んだ。
日辻 山羊子の話が本当だとすると、確かに怪皇會の思想と自分の信条には被る部分がある。
確かに人間ほど善悪が極端な生き物はいない。
人間の持つ慈愛は本当に美しいものだが、残酷な部分は本当に醜い。
心の優しい人間だけの社会。
そういう社会こそが、人間達にとって真の幸福なのかもしれない。
だが、善人のみを残して残りは排除するというのは、何か違うような気もする。
「他に聞きたい事はありますか? 奮子さん」
「狂木は誰の推薦で入ったんだ?」
「側近の内の1人らしいです」
「……そうか」
奮子は再び眼を伏せた。
そしてあの顔を思い出す。
狂木 血弦。
余裕を浮かべた佇まい。
あの薄ら笑い。
そしてあいつに人生を狂わされた人々。
奮子の顔をまじまじと眺めていた山羊子は眼を丸くした。
奮子の瞳に、突然怒りの炎が宿ったからである。
「何があったんですか? 狂木博士と」
「いずれ分かる」
奮子は一口茶を飲むと、いつもの冷静な瞳に戻った。
「お前は狂木に無理やり悪魔の血を飲まされたのか?」
「いえ。私から頼みました」
「なぜだ」
「てっとり早く強くなりたかったので。私の異魂と相性が良かったですし」
「……」
奮子が無言で見つめると、山羊子は悪戯っぽく笑った。
「また飲んだら怒りますか?」
「ああ。もう飲むな」
「分かりました。奮子さんがそう言うなら」
「……」
「ほかに聞きたい事はありますか?」
「……怪皇會は理想郷を作る為に、罪なき人々を犠牲にしないと言い切れるか?」
「それは無理ですね。犠牲というのは必ず出ます。平和や平穏というのは、いつの時代も犠牲の上に成り立つ物ですから。特に改革序盤は必ず武力を行使します。一般人の巻き添えは確実でしょう」
「……そうか」
奮子の眼がどこか切なげに光った。
「グレートリセットはいつ始まるんだ?」
「準備が整い次第……らしいです。まぁ、まだ先じゃないですかね。怪皇會と衝突しそうですか? 奮子さん」
「場合によってはな」
「そうですよね」
「……」
「ねぇ、奮子さん」
ずいと、山羊子は奮子に近寄った。
「もしも怪皇會と奮子さんが敵対したら、私、奮子さんの味方についても良いですよ」
そう言って、山羊子は両腕を奮子の首に回した。
お互いに吐息がかかる距離で見つめ合った。
「私、奮子さんの事、大好きですから」
「そうか。少し離れてくれないか」
「嫌です。このままキスしてくれたら離れてあげても良いですよ」
山羊子はにこりと妖艶な笑みを浮かべた。