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筋肉第47話  虐間姉妹

 森の中に、古びた神社があった。

 かなり昔に建てられたものであるらしいが、朽ち果てている訳ではなく、境内や建物には掃除と手入れが行き届いており、清浄な空気が満ちている。

 その境内の中のある一棟に、畳の敷かれた客間があった。

 そこに置かれたちゃぶ台に、2人の女子高生が向かい合って座布団の上に座っていた。

 1人は、鬼木坂(おにきざか) 奮子(ふるこ)

 もう1人は、日辻(ひつじ) 山羊子(やぎこ)である。 

 ちゃぶ台の上には、熱い緑茶の入った湯呑みが2つ置かれている。

 

 「熱いうちに飲みな」

 

 言いながら、奮子は湯呑みを山羊子に差し出した。

 

 「ありがとうございます。ていうか、神社に住んでたんですね、奮子さん」

 

 湯呑みを受け取りながら、山羊子は境内を見渡した。

 

 「まぁな」

 

 応えながら、奮子は湯呑みを口に付けた。

 

 「さて、教えて貰おうか。怪皇會(かいおうかい)狂木(きょうき)の事」

 

 奮子は茶を飲みながら、赤い瞳で真っ直ぐに山羊子を見つめた。

 山羊子は茶色い瞳で、見つめ返した。

 

 「良いですよ。そういう約束ですからね。聞かれた事には正直に答えましょう」

 

 山羊子は薄く微笑んでから、茶をすすった。

 

 「熱っ!」

 

 直後、口から湯呑みを離した。

 

 「まず今の怪皇會のメンバーを全員言え」

 

 奮子が言うと、山羊子はにこりと眼を細めて頷いた。

  

 「はい良いですよ。まずは怪皇と2人の側近。この3人が始まりであり、トップと右腕と左腕です。そして怪皇の思想に賛同し、下に集った解魂人(かいこんびと)が以下11名です。

 ブラックドラゴン・黒澤(くろさわ) 竜司(りゅうじ)

 最凶双子姉・虐間(ぎゃくま) 炎爆(えんばく)。 

 最凶双子妹・虐間(ぎゃくま) 氷瀑(ひょうばく)

 超大自然愛好家・岩ゴリラマン。

 ザ・優等生・狛野(こまの) 狛彦(こまひこ)

 ネクロマンサー・骸塚(むくろづか) ネロ。

 頼れる姉さん・火蛇(ひだ) 楽巳亜(らみあ)

 河川掃除屋・瀧川(たきかわ) 鯉太郎(こいたろう)

 銃火器の申し子・弾間(だんま) 銃子(じゅうこ)

 悪魔研究家・狂木(きょうき) 血弦(ちづる)

 そしてこの私、現役JK・日辻(ひつじ) 山羊子(やぎこ)

 です。一応言いますが、私は怪皇と側近を見た事はありません。ついでに言うと、岩ゴリラマンの本名も知りません」

 

 山羊子が言い終えると、奮子は僅かに眼を丸くして言った。

 

 「虐間(ぎゃくま)姉妹がいるのか」

 

 「ご存知でしたか。会った事ありますか?」

 

 薄く笑いながら、山羊子は茶をすすりながら言った。

 

 「ああ。三年前に会った」

 

 「そうですか。会ったのは処刑現場ですか」

 

 「ああ」

 

 「ふふ。私も処刑現場を一度見た事がありますが、あの双子はやる事が本当にえぐい。やられる男たちも自業自得ですがね」

 

 「……まぁな」

 

 奮子は無言で茶を飲んだ。

 そして初めてあの姉妹を見た時の事を思い出していた。

 三年前。

 中学一年生の時。

 阿武内市にて。

 奮子はとあるギャングの男達のアジトを突き止めて、輩共に怒りの鉄槌を喰らわせるべく走っていた。

 男達を全員皆殺しにするつもりだった。

 この男達は数日前に家出中の女子中学生を誘拐し、暴行の末に殺害し、山中に埋めたのである。

 奮子はまさに鬼の形相で疾駆していた。

 女子中学生の苦痛と無念。

 そして事前に防げなかった後悔。

 それらを思うと涙が出る程に悔しく、溶岩のように怒りが噴出して来る。

 やがてギャング達のアジトである廃工場に辿り着いた奮子は、正面の扉を勢い良く蹴り飛ばした。

 そのまま廃工場の中に飛び込んだ瞬間。

 奮子がまず感じたのは、濃い血と排泄物の匂い。

 そして死臭。

 そこには、ギャングメンバー10名の男達の凄惨な死体が転がっていた。

 男達の死体はどれも損壊が激しく、この世の地獄とも言うべき凄惨な拷問の末に絶命していた。

 その血の海の中に、2人の女が立っていた。

 それが、虐間(ぎゃくま)炎爆(えんばく)虐間(ぎゃくま)氷瀑(ひょうばく)だったのである。

 

 ーーーーーーーーー

    

 ーーーー 

 

 『なんだ? お前』

 

 最初に声を出したのは姉の炎爆だった。

 炎爆の獰猛な赤い瞳が、真っすぐに奮子を射抜いた。

 

 「……これは、あんた達がやったのか」

 

 奮子は炎爆を見つめて言った。

 同時に隣に立つ氷瀑の姿も見る。

 獰猛な表情を浮かべる炎爆に対して、氷瀑の表情は涼し気である。

 

 『そうだけど。なんか文句あんの?』

 

 炎爆の瞳に刃物のような鋭さが宿った。

 

 「文句はない。おれもこいつらを殺すつもりだった」

 

 『へぇ。どうやって?』

 

 炎爆の顔に好奇心の色が広がり、口元にも僅かに笑みが浮かんだ。

 

 「殴ってだよ」

  

 『あ? ちげーよどうやって拷問して殺すつもりだったのかって聞いてんだよ』

 

 「拷問はしない」

 

 奮子が言った瞬間。

 炎爆の顔が一気に怒りの形相になった。

 眼をかっと見開き、頬に怒筋が浮かび、赤い髪が逆立った。

 

 『てめぇ!』

 

 炎爆は怒鳴りながら一気に詰め寄り、奮子の胸倉を掴んだ。

 当時の奮子の身長は170センチ。

 炎爆も同じぐらいである。

  

 『こいつらを拷問しないで殺すだと!?』

 

 炎爆は至近距離で唾を飛ばしながら怒鳴った。

 

 「ああ」

 

 表情を変えずに奮子は頷いた。

 

 『舐めた事言ってっとマジ殺すぞコラ。このクズ共が楽に死んで良いわけねぇだろ馬鹿!』

 

 「確かにクズだが、拷問するのは違う」

 

 『あ!? てんめぇ~この野郎……!! こいつらが被害者の女に何したか分かってんのか!?』

 

 「分かってる。だからおれもこいつらを殺そうと思った」

 

 『分かってねぇ! 全然分かってねぇよお前! 楽に殺しちまったら、それただの救済じゃねぇか馬鹿!』

 

 「……」

 

 『てめぇ名前なんつーんだコラ』

 

 「鬼木坂(おにきざか) 奮子(ふるこ)

 

 『いいか鬼木坂! このクズ共はな、罪も無ぇ女を蹂躙し、地獄の恐怖と苦痛を与えて命を奪ったんだ! 輝かしい未来を奪ったんだ! これから得るであろう幸せを奪ったんだぞ!』 

 

 怒鳴りながら、炎爆の両眼から涙が流れ始めた。

 

 『だからアタシはこいつらに拷問を施した! 手足の骨を砕いて動けなくした後、全員の喉に焼けた鉄棒を突っ込み、全員のケツの穴に同じ棒を突っ込んで、汚ねぇイチモツを壊してやった! 当然だろうが! 被害者はこいつらの汚ねぇイチモツを体に突っ込まれたんだぞ! 被害者の子がいったい何をしたってんだ!? なんでそんな理不尽で可哀想な目に合わなきゃならねぇ!?』

 

 炎爆の両眼から滝のように涙が流れている。

 隣に立つ氷瀑も静かに涙を流していた。

 

 『こいつらには地獄の苦しみを与える必要があったんだ! だからこいつらが痛みで失神したら無理矢理覚醒させて苦痛を与え続けた! それでも足りなかった! もっと苦しませてやりたかった! 弱過ぎんだよこいつらよぉ! 途中でショック死しやがって!』

 

 炎爆は奮子の胸倉を掴みながら、嗚咽混じりに泣き叫んだ。

 氷瀑も嗚咽しながら泣いていた。

 

 『ちっきしょぉ! もっと苦しんでから死ねよぉ! こんなんじゃ被害者の子が浮かばれねぇじゃねぇかよぉ! ちっくしょおお! なんでこんなに弱ぇんだ!? なんでこんなに弱い下等生物共に! 女の子が蹂躙されなきゃならねぇんだ!? こんな理不尽な事ってあるかよ!? ちっきしょおおぉぉぉ!』

  

 それからしばらく、炎爆と氷瀑は、激しく嗚咽しながら泣き続けていたのである。

 

 ーーーーーーー 

 

 ーーーー 

  

 「あの姉妹は全ての女性の味方です。女が凌辱される事件が起きると日本全国どこでもかけつけて、処刑と称して犯人を凄惨な拷問の末に殺します。定期的に半グレとかヤクザとか性犯罪者が無惨に殺される事件が起きますが、そのほとんどが虐間姉妹の仕業です」

 

 山羊子が茶を飲みながら、薄く笑みを浮かべた。

 

 「ま、私はそんな虐間姉妹のファンですけどね。だって女性にとってのヒーローですし。奮子さんも好きですよね?」

 

 「嫌いではないが……」

 

 嘘では無い。

 虐間姉妹は嫌いでは無い。

 信条にも自分との共通点がある。

 だがしかし、あの残虐性は危険過ぎる。

 あの残虐な矛先は今のところ犯罪者にのみ向けられているが、いつ暴走してもおかしくない危険性を孕んでいる。

 

 「虐間姉妹はこの街にいるのか」

  

 「分かりません。普段どこに住んでるのか知りませんが、招集がかかると集合場所には来てくれます」

 

 「怪皇會の招集には、狂木も来るのか」

 

 「来ますよ」

 

 「次の召集日は?」

 

 「分かりません。不定期で伝書鳩が飛んで来るので、それで召集日と場所を把握します」

  

 「次の召集日が分かったら教えてくれ」

 

 「良いですよ」

  

 山羊子が頷くと、奮子は不思議そうな顔をした。

 

 「やけにあっさりしてるんだな。仲間たちを裏切るという事になるんだぞ」

  

 「裏切りですか。それはちょっと違うんですよね」

 

 「そうなのか」

 

 「ええ。怪皇會ってね、特にこれと言って決まり事が無いんですよ。入る為には既存メンバーの推薦が必要ですが、それ以外は特にルールが無いんです。極端な話、仲間達を警察に売ったって裏切り者なんて呼ばれません。自由なんですよ。唯一の共通点は解魂人(かいこんびと)である事。そして怪皇と側近の思想に共感している事です」

 

 「その思想とは?」

 

 「地球を心から愛しているという事。そして人間社会を大きく変えたいという思想です」

 

 「……どのように変えたいんだ?」

 

 「善人のみがいる世界にしたいのです」

 

 「……」

 

 「ほら、人間って不思議な生き物じゃないですか。善悪が極端過ぎると思いません?」

 

 「……」

 

 奮子は無言で茶をすすった。

 山羊子は続けた。

 

 「心の優しい者のみが存在する人間社会。他人にも動物にも地球にも優しい人々だけの社会。私たち解魂人が神より授かった力と能力は、人間達から悪人を排除し、善人のみで構成された社会を創る為にある。それが怪皇の思想であり目標なんです。私達はその人間社会大改革の事を、グレートリセットと呼んでいます」

 

 山羊子の瞳が、きらきらと輝いている。

 

 「どうですか? 奮子さん。貴女だって悪を裁いているでしょう? 怪皇の思想に共感出来るのではありませんか? ていうかいっそ、怪皇會に入りません?」

  

 山羊子の表情は希望に満ち溢れていた。






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