筋肉第46話 荒治療
立ち込める土煙の中を、奮子は身軽に降り立った。
同時に風が吹き抜け、土煙が晴れて行く。
するといきなり、奮子の目の前に笑みを浮かべた山羊子が現れた。
「まったく。殺す気ですか」
言うと同時に、山羊子の左脚が奮子の顔面目掛けて跳ね上がっていた。
「いいや」
その蹴りを右肘で受けながら、奮子が答えた。
「くねくねさんを盾にしてなかったら、死んでましたよ、私」
山羊子は左脚を下ろすと同時に、右脚を跳ね上げた。
奮子のみぞおちを狙っていた。
「いや、例え盾にしてなかったとしても、お前は死ななかったよ」
右の蹴りを、奮子は左肘で受けた。
「どうしてですか?」
山羊子は左手を貫手の形にして、それを奮子の喉元目掛けて突き入れた。
「おれのクラスメイトだから」
その貫手を、奮子は右手でパシっと掴んだ。
そのまま山羊子の身体を抱き寄せて、身動きが出来ない程に強く抱き締めた。
みしみしと、山羊子の身体の関節が鳴った。
「ぐっ……だ、抱き締めてくれて嬉しいんですけど……こ、これはちょっと、強過ぎますね……!」
山羊子は振り絞るように声を出した。
奮子の筋肉が万力のように身体を圧迫している。
「どうした? 悪魔怪人になれよ」
奮子は力を緩めずに静かな声で言った。
その背後に、くねくねが踊りながら立っていた。
「よ、夜にしか……! な、なれなくてですね……!」
「お前、本当は悪魔怪人じゃねぇだろ」
僅かに奮子は力を強めた。
みしりと、山羊子の骨が鳴った。
「いぎっ!……ちょ、奮子さん……! 激しっ……」
「どうせ狂木に悪魔の血でも飲まされたんだろ」
「ぐっ……と、とりあえず離してくれませんか」
「言え。狂木に飲まされたのか」
奮子の声色に静かな怒りが込められていた。
背後で踊るくねくねの動きが先程よりも激しくなっていた。
「は……離して……!」
「言えコラァッ!」
奮子が怒鳴った。
瞳が紅く輝いていた。
くねくねの動きが不気味なほどに速くなっている。
「そ、そうですよ! 狂木博士から貰った血を、飲んだんです!」
「!」
あのクズ!
奮子は眉間に皺を寄せてぎりりと歯を噛んだ。
怒りの形相であった。
背後のくねくねの動きがアクロバティックなものになっていた。
「いっ……! ふ、奮子さん! は、離して! マジで死ぬ……マジで死ぬ……!」
「ワリィけど、お前の中の悪魔の血、勝手に吹っ飛ばすぜ」
「えっ、ちょ、まっ」
瞬間。
奮子は抱擁を解くと同時に、右手で山羊子の頭部を掴んだ。
同時に、左手で背後にいたくねくねの頭部を掴んだ。
そして。
「焚!」
ごっちん!
という音が響き渡った。
奮子は山羊子の額と、くねくねの額を互いに叩き合わせたのである。
叩き合わせると同時に、掌から気を放出していた。
気の奔流は山羊子の身体とくねくねの身体の中を通り過ぎ、そして出口である互いの額で正面衝突した。
「ぐはっ」
山羊子が白眼を向いて咳き込んだ。
奮子は左手に掴んでいたくねくねを、畑の向こうにある林の中へ投げ込んだ。
山羊子がふらついていた。
「くっ……ごはっ!」
山羊子は黒い霧の塊を吐き出した。
その黒い霧の塊は日光に照らされると、陸に上げられた魚のように飛び跳ねた。
「ギッ……ギギッ! なんちゅうモンぶつけてくんだてめぇよぉおおお!」
その黒い霧の塊が飛び跳ねながら声を出した。
「消えてろ」
奮子はそう言いながら、右の掌を黒い霧の塊に当てた。
そして。
「破!」
奮子の掌から白い閃光が迸ると、その黒い霧の塊は空気の中に溶けるように消えて行った。
そして奮子は、ゆっくりと山羊子に向き直った。
山羊子はぜぇぜぇと肩で息をしながら奮子を見つめていた。
「まったく……悪魔の呪力とくねくねの呪力を反発させるとか……荒治療にも程がありますよ……」
やつれてはいたが、どこか晴れ晴れとした表情で山羊子が言った。
「悪魔の血を追い出すにはくねくねレベルじゃなきゃ無理なんでな」
奮子は真っ直ぐに山羊子を見つめていた。
「ふふ」
山羊子は笑ってから、しばらく何かを考えた後に、ふぅっと大きく息を吐いた。
そして、両手を上げた。
「参りました。降参です」