筋肉第45話 くね
「いつ私の正体に気付いたんですか?」
山羊子が不適に笑いながら聞くと、奮子もどこか楽しそうな笑みを浮かべて言った。
「この前の晩、お前と闘っている最中には薄々感付いていた。確信したのは翌日だがな」
「私が逃げ際に受けたあの光弾ですか」
「ご名答」
「やっぱりね。ダメージはすぐに消えたのに、妙な気配だけが残っていたんです。ペイント弾のようなものですか、あれ」
「まぁそんなもんだ。手は大丈夫か? おれの腹を打った時に骨を痛めたろう」
「ひびが入りましたが治りましたよ。怪人ですから」
「そうか。オリジナルの人格はどっちなんだい?」
奮子が山羊子を真っ直ぐに見つめながら聞いた。
「羊子です。ほら、あの子、ちょっと優し過ぎるところあるじゃないですか。だから昔、いじめというか嫌がらせというか、いろいろありましてね。あの子を守る為に、私が誕生しました」
山羊子は自信に満ち溢れた不敵な表情で、奮子を見つめている。
「なるほどな。玄女の教師達は知っているのか。お前の存在を」
「知らない……はずなんですけどね。どうでしょう。あの方々なら、気付いてるかも知れませんね」
山羊子は教師達の顔を思い浮かべて、髪をかき上げた。
「ふふ。さて、これからどうします? 今日、貴女の家に招待してくれるんですよね?」
「おれが招待したのは羊子の方だ。が、いろいろ教えてくれたら来ても良いぜ」
「いろいろって……エロい事を想像してしまったんですけど」
「狂木と怪皇會の事、教えな」
「なら、あの晩の続きをしましょうか」
「降参したら教えてくれるかい」
「そうですね。またドキドキさせてください」
山羊子は言い終えると同時に、反復横跳びの要領で真横に跳躍した。
奮子の視線が山羊子を追う。
次の瞬間。
山羊子は近くにいたくねくねの背後に降り立っていた。
軟体動物のような動きで踊るくねくねの背後から、山羊子は楽しそうに眼を細めて笑って奮子を見つめた。
奮子も山羊子を見つめていた。
視界にはくねくねが写り込んではいるが、奮子は意識的に焦点を絞り、くねくねの詳細な姿を認識出来ないようにしていた。
「流石の奮子さんでも、これをはっきり見てしまうと危険ですか」
「ああ。やべぇな」
「もし見てしまっても大丈夫ですよ。私がお世話してあげますから」
次の瞬間、山羊子は踊るくねくねの背中を思い切り蹴り飛ばした。
くねくねの身体が奮子目掛けて吹っ飛んで来た。
同時に、山羊子が前に向かって疾駆した。
速い。
飛んで来るくねくねに対して奮子が何らかの対処をすれば、もうその時には山羊子が眼前にいる。
そういう速度であった。
そして奮子は、一歩踏み出しながら左手を伸ばした。
その左手で、くねくねの左脚を掴んでいた。
掴んだ時には、懐に山羊子が潜り込んでいた。
「むんっ」
気合いと共に、奮子はくねくねの身体を山羊子に向かって振り下ろしていた。
山羊子は真横に転がり、その攻撃を避けた。
次の瞬間、先程まで山羊子がいた場所にくねくねの身体が叩き付けられ、大きな土煙が上がった。
「酷い事をしますねぇ」
山羊子は攻撃を避けた流れで両手を地面に着き、そのまま逆立ちの姿勢になった。
逆立ちをすると同時に、強力なバネとスピードを秘めた両脚が奮子目掛けて槍のように跳ね上がった。
その槍を、奮子は右腕で受けた。
どごっ!
という重厚な音が鳴り、奮子の身体が数ミリ浮き上がった。
「すげぇ蹴りだなオイ」
奮子の右腕が骨の芯まで痺れていた。
「山羊の脚力って、凄いですからね」
山羊子が逆立ちの姿勢から態勢を変えた。
その最中に、奮子は左手に掴んだくねくねを振り回していた。
くねくねと山羊子の身体が衝突した瞬間に、奮子は左手を離した。
2つの身体が数メートル吹っ飛んで行き、くねくねと山羊子は重なり合うようにして畑を転がった。
次の瞬間には、奮子は前に走り出していた。
そして数歩走ってから高く跳躍すると、両方の掌底をくっつけて、それを前方に向けて突き出した。
「鬼空波」
瞬間、奮子の合わせた両掌から渦巻く高密度のエネルギーが放出された。
そのエネルギー波は螺旋状に渦巻きながら空中を疾り、地面にいるくねくねと山羊子に衝突した。
大気を震わす衝撃波と轟音が鳴り響き、土煙がもうもうと巻き上がった。