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筋肉第44話 田舎道

 日辻山(ひつじやま) 羊子(ようこ)は大自然を眺めながら田舎道を歩いていた。

 吹き抜ける柔らかい風。

 小鳥の鳴き声。

 農作業をしている人たち。

 たまに聞こえるトンビの声。

 そしてまた、風が吹き抜ける。

 市内に比べて、時間がゆっくりと流れている気がした。

  

 表情が自然と笑みの形になる。

 早くあの人に会いたいな。

 そんな事を思いながら、ふと視線を山に向けた時。

 視界の端に、何か妙なものが映った。

 遠くの畑の隅っこで、案山子のような物が風に揺れていた。

 だがすぐに、それが案山子では無いと気付いた。

 通常の案山子ではあり得ない動きをしているのである。

 人間だろうか。

 いや、人間には不可能な動きだ。

 まるで軟体動物のように手足を曲げて、くねくねと踊っている。 

 

 「……!」

  

 羊子はピンと来た、

 さっき、出井野(でいの) 虹久(にく)が言っていたクネシロ様。

 凝視してはいけないという、山の妖怪。

 あれが、そうなのか。

 羊子は眼を逸らした。

 が、すぐに好奇心が湧き上がって来た。

 もう少しだけ、見てみても大丈夫かな。

 そう思い、視線を再びくねくねに戻した瞬間。

 

 「おっと」

 

 声が聞こえると同時に、羊子の視界が真っ暗になった。

 大きくて暖かいもので顔の上を優しく圧迫されている。

 誰が隣にいるのか、すぐに分かった。

 自分の身体のすぐ側に、愛する人がいる。

 暖かい体温と気持ちの良い香りを感じる。

 

 「奮子……!」

 

 奮子だ。

 奮子が来てくれた。

 いつかの夜と同じように、私に身体をくっつけて、その大きくて暖かい掌で私の目を塞いでくれている!

 

 「あれは、見ない方が良い。今はな」

 

 暖かく力強い声が、耳元でする。

 

 「今は……?」

 

 羊子は奮子の手に両手を添えて聞き返した。

 今は見ない方が良いという事は、いつかは見ても良いのだろうか。 

 

 「羊子、しっかり捕まってな」

  

 「え?」

 

 瞬間、奮子は羊子をひょいと持ち上げた。

 奮子の右腕が羊子の脚を支え、左腕で頭部を支えて、そのまま左の掌が羊子の目を覆っている。

 いわゆるお姫様抱っこである。

 

 「ちょっ……! 奮子!?」

 

 羊子は自分の顔が一気に熱くなって来るのを感じた。

 同時に、びゅんっと疾り抜ける風を感じる。

 奮子が疾駆しているのだと理解した。

 この私を、お姫様抱っこしながら! 

 

 「奮子……!」

 

 胸の内からこの上ない幸福感が次々と噴き出して来る。

 今、心から愛する人にお姫様抱っこされているのだ。

 両腕を奮子の首に回し、ぎゅっと抱き付いた。

 暖かい。

 このまま奮子の身体の中に溶け込んでしまいたい。

 

 「奮子……私……!」

 

 貴女の事が好きなのだと、言いそうになったその瞬間。

 ばっ!

 と、羊子の視界に白い光が広まった。

 羊子の眼を覆っていた左の掌を、奮子が突然開いたのである。

 突然の眩しさに羊子は眼を閉じた。

 そして、ゆっくりと眼を開けた瞬間。

  

 自分の顔のすぐ前に、くねくねと動く何かがいた。

 次の瞬間。

 

 ばちっ!

 という静電気を伴う破裂音と共に、その場に白い閃光が炸裂した。

 同時に、羊子の身体が奮子から弾かれたように宙高く舞い上がっていた。

 羊子は宙で身体を丸めて、くるくると回転しながら落下し、身軽に足裏から畑に着地した。

 羊子はゆっくりと体勢を整え、そして、前方を見た。

 目の前に、鬼木坂(おにきざか) 奮子(ふるこ)が立っていた。

 Tシャツに短パン。

 そしてサンダルという服装である。

  

 羊子は不敵に笑っていた。

 奮子も微笑を浮かべた。

 

 そして、羊子が口を開いた。

 

 「まったく。あんなものを至近距離で見せますか。大胆な事をしますね。鬼木坂奮子さん」

 

 羊子の表情と雰囲気が普段と全く違っていた。

 

 「これぐらいの呪いの強さじゃなきゃ、お前を引きずり出せねぇと思ってな」

 

 奮子も不敵な微笑を浮かべて言った。

 

 「羊子が呪われたらどうするつもりだったんですか?」

  

 「その場合の対策もちゃんと考えてあったよ。ま、必ずお前が呪いを弾いてくれると確信していたがな」


 「私の力を信じてくれて嬉しいです。ふふ。改めて自己紹介しましょうか」

 

 「ああ。いろいろ教えてくれよ。赤帽子さんよ」

 

 「はい。羊子(ようこ)の裏人格、赤帽子こと、日辻(ひつじ) 山羊子(やぎこ)です。どうぞよろしく」

 

 向かい合う奮子と山羊子の間を爽やかな風が吹き抜けた。

 2人のすぐ近くで、白い何かがくねくねと踊っていた。

 

 

 

 

 


 

 

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