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筋肉第42話 山中の奇遇

 時刻は午後2時。

 静かな山の中を登る、1人の女がいた。

 異様な女である。

 山の中にも関わらず、高校の制服を着て、ローファーを履いている。

 その恰好で、何の苦もなくひょいひょいと山を登っているのである。

 細身で、奇抜な髪形をした女だった。

 右側と後頭部の辺りを刈り上げており、上から艶のある灰髪が覆いかぶさっている。

 瞳は大きく、髪と同じ灰色をしている。

 鼻筋も通っており美形と言える造形だが、無表情な為にどこか冷めた印象を与える。

 名は、古茂戸(こもど) 斗歌(とか)

 玄米女子高等学校、1年B組である。

   

 「……ん?」

 

 斗歌の足が、ふと立ち止まった。

 風に乗って、異様な気配が漂って来たような気がしたのである。

 斗歌は反射的に背後の谷を見やった。

  

 「……?」

  

 遠くの谷の下に、小さな川が流れていた。

 その河原に、何かが立っているのが見えた。

 ただ立っているのではなく、ゆらゆらとゆっくり揺れている。

 距離がある為に肉眼でははっきり見えないが、かろうじて人だと思われるシルエットをしていた。

 そして、その何かの全身は白っぽく見えた。

 

 「何だろあれ。こっちに来て初めて見たな」

 

 斗歌が凝視していると、やがてその白い人影が動き出した。

 手足が動いた直後、全身を使って激しく動き始めたのである。

 

 「何かの怪人?」

 

 手足のみならず、腰や胴体までもが軟体動物のようにくねくねと動き、明らかに人間が可能な動きではなかった。

 興味が沸いた斗歌はポケットから望遠鏡を取り出した。

 その望遠鏡を、顔の前に持って行く。

 そして覗き込もうとした、その瞬間。

 

 「見ない方が良いよ」

 

 突然、背後で女の声がした。

 斗歌は目を見開くと同時に後ろを振り向いた。

 何者かと思った。

 全く気配に気付かなかった。

 

 「……あれ? あんた……」

 

 斗歌は思わず呟いた。

 そこには、知ってる顔があった。

 細身の身体。

 後ろで結い上げた艶のある銀髪。

 美しくもどこか哀愁漂う、精悍にして凛々しい表情。

 クラスメイトの餓狼(がろう) 灰牙(はいが)が、そこに立っていた。

 

 「……」

 

 斗歌は灰牙を無言で見つめた。

 灰牙は典型的な一匹狼な性格で、学校でも誰ともしゃべらず常に1人でいる。

 誰かと会話する必要がある時も、必要最低限の言葉しか発さない。

 入学してから2ヶ月近く経つが、灰牙と話した記憶は未だに無い。

 しかしこんな場所で出会ったという奇遇が、斗歌の中で灰牙に対する親近感を覚えさせた。

 それにクラスでも基本的に独りでいるところが、自分と似ている。

 

 「奇遇だね、餓狼(がろう)さん」

 

 言いながら斗歌は灰牙の服装を観察した。

 とても山にいる格好とは思えなかった(自分も他人から見たらそう思われるかも知れないが)。

 薄手のTシャツの上に黒い革ジャンを着て、ジーンズを履き、靴は普通のスニーカーである。

 両手をポケットに入れて立ちすくむ姿はどこか気高く孤高な空気を醸し出していた。

 

 「うん」

 

 灰牙はポケットから右手を抜いて、後頭部をぽりぽりとかいて視線を逸らせた。

 

 「ねぇ。あのくねくねしているのを見ない方が良いというのは、どうして?」

 

 斗歌は遠くの谷に視線を這わせた。

 遠目に見える白い人影は、相変わらず河原で奇妙な動きをしていた。

 すると、無表情で灰牙が語り始めた。

 

 「あれ、凄い強い呪いを秘めているんだ」

 

 「へぇ。どんな呪い?」

    

 「精神が引き剥がされる」

 

 「なるほどね」

 

 そこからしばらく、斗歌と灰牙は無言で見つめ合った。

 だが先に沈黙を破ったのは斗歌の方だった。

  

 「ねぇ、私がここでこんな格好で何してるのか、気にならないの?」

 

 斗歌の口元には薄く笑みが浮いていた。

 

 「……別に気にならない。みんなそれぞれ、事情があるからね」

 

 灰牙は遠くの景色を見つめながら、静かに言った。

 

 「そうだね。みんな事情があるよね」

 

 斗歌の口元に無意識な笑みが浮いていた。

 話の分かる子だと思った。

 好意が湧き上がって来る。

 この子。餓狼(がろう) 灰牙(はいが)になら自分の秘密を打ち明けても良いかも知れない。

 根掘り葉掘り聞いて来なさそうだし、この子は自分に似通ったところがある。

 それに、友達を増やしておきたい。

 

 「ねぇ、貴女のこと、灰牙(はいが)って呼んでいい?」

 

 斗歌は微笑みを浮かべながら、真っ直ぐに灰牙を見つめて言った。

 

 「……別に良いけど」

 

 眼を逸らしながら、灰牙が答えた。

  

 「灰牙」

 

 斗歌が穏やかに言うと、灰牙はぽりぽりと頬をかいた。

 

 「私の事も、斗歌って呼んでくれる?」

 

 「……まぁ、別に良いけど」

 

 「呼んでみて」

 

 「斗歌」

 

 「ふふ。ありがとう」

  

 斗歌の赤い唇から、白い歯が覗いた。

 名前で呼ばれると、なぜだが胸が暖かくなる。

 

 「ねぇ、私の秘密、言っても良い?」

 

 自然と、斗歌の口から言葉が漏れた。

 

 「……別に良いけど」

  

 「私、なんでここにいるかって言うと、標高の高い場所に用事があるの」

 

 「へぇ」

 

 「母船と交信する為にね」

 

 「……母船?」

 

 灰牙が、僅かに不思議そうな表情をした。

 そして、斗歌が言った。

 

 「あのね、私、宇宙人なの」

 

 「……へぇ」

  

 灰牙は全く表情を変えなかった。

 斗歌が聞いた。

 

 「驚かないの?」

 

 「うん。だって、匂いが人間と全然違うもん」

  

 「へぇ。灰牙って、鼻が効くんだ」

 

 「うん。私、狼人間だから」

 

 今度は、斗歌が僅かに眼を丸くした。

 灰牙の表情は全く変わっていなかった。

 

 

 


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