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筋肉第40話 血弦

 夕方。

 玄米女子高等学校の校門を、西陽が照らしている。

 現在の時刻は本日最後の授業が行われている真っ最中であり、辺りは静かだった。

 音と言えば、たまに聞こえて来る小鳥の鳴き声だけである。 

 

 校門を入ってすぐ近くに、大きな岩が鎮座していた。

 その岩の上に座る、1人の老人がいた。

 作業着を着て、帽子を後ろ向きにして被り、白い眉毛の下の眼は穏やかに細まっている。

 白い顎髭が、柔らかい風に揺れていた。

 生徒達からは、用務員のお爺さんと呼ばれている老人である。

 老人はにこやかに微笑みを浮かべながら、時折何か小さな物を地面に放っている。

 老人が何かを放ると、小鳥や鳩、またはカラスが舞い降りて着て、地面を嬉しそうについばんでいる。 

 端から見れば、老人が鳥達に餌をやっている。

 そんな風景である。

 

 すると。

 かつーん。

 こつーん。

 という音が、ふいに聞こえて来た。

  

 かつーん。

 こつーん。

 と、一定のリズムで、ゆっくりと鳴っている。

 足音らしい。

 

 老人は、ふと校門の外へ視線を移した。

 外から校門へと続く歩道を、独りの人影が歩いていた。

 その人影は、革靴を履いていた。

 かつーん。

 こつーん。

 と音を響かせて、ゆっくりと確実に、校門に向かって来る。

 そして。

 校門の少し手前で、その人影は止まった。

 紺色のスーツを着た、細身の男だった。

 美女と見間違えるほどの美貌を有していた。

 歳は20歳前後に見える。

 肌は白く滑らかで、線が細い。

 通った鼻筋の下で、赤みを帯びた麗しい唇が微笑みの形になっている。

 そして、緩くウェーブのかかった銀色の髪。

 ゆらゆらと揺れている銀髪の下で、やや切れ長の整った形の両の眼が、真っ直ぐに老人を見つめていた。

 そしてその瞳は、宝石のように深紅に染まっていた。

  

 「久しぶりですね。玄武(げんぶ)さん」

 

 銀髪の男が、穏やかな声を出した。

 その白い顔には、常に微笑が浮いている。

  

 玄武(げんぶ)と呼ばれた老人は、白い眉毛をぴくりと上げた。

 白い眉毛の隙間から、穏やかな光を放つ茶色の瞳が見えた。

 

 「おやおや。血弦(ちづる)くんじゃないか」

 

 玄武も穏やかな声を出した。

 血弦(ちづる)と呼ばれた銀髪の男は、白い歯を見せて笑った。

 

 「ご無沙汰してます。お元気でしたか」 

 

 「この通りじゃよ」

 

 「良かったです」

 

 血弦はそう言って、玄武から視線を放し、その奥に聳える校舎を見上げた。

 

 「何か御用かな?」

 

 玄武が白い顎髭を触りながら言った。

 すると血弦は、校舎から玄武に視線を戻した。

 

 「特には。近くを通りかかったものですから」

  

 「そうかね」

  

 「あまり長居しない方が良いですかね。僕」

 

 「うむ。学校の付近をうろうろしていると捕まるぞい」

 

 「そうですよね」

 

 言ってから、血弦は赤い瞳で真っ直ぐに玄武を見つめた。

 玄武も、茶色の瞳で血弦を見つめた。

 柔らかい風が吹く。

 玄武の白い顎髭と、血弦の銀色の髪が揺れた。

 

 「去らないのかね」

 

 玄武が言った。

 声も表情も穏やかである。

 

 「少し聞きたい事がありまして」

 

 血弦はまるで愛しい者を見つめるかのように、慈愛に満ちた眼差しで見つめて言った。

 

 「なにかな」

 

 「今年のB組はどうですか」

 

 「どうとは」

 

 「そうそうたるメンツが揃っているみたいですね」

 

 「そうじゃな。皆元気があってよろしいぞ」

 

 「麒麟(きりん)の一族もいるのでしょう」

  

 「はて。そんな苗字の生徒はおらぬはずじゃが」

 

 「月叢(つきむら)一族も」

 

 「どうじゃったかな。儂はあくまで用務員じゃからのう」

 

 「ふふ。用務員ではなく用心棒でしょう」

 

 血弦が赤い瞳を細めて笑った。

 赤い唇から、白い歯が覗く。

 色香に満ちた笑みだった。

 

 「最後の授業が終わるまで、あと2、3分ってところでしょうか」

 

 「そうじゃな」

 

 「玄武さん」

 

 「なにかな」

 

 「2分だけ手合わせお願いしてもいいですか」

  

 そう言った瞬間、血弦の背後から冷たい風が吹き抜けた。

 にこやかな笑みを浮かべる血弦の銀髪がふわりと揺れている。

 

 「お断りするよ」

 

 玄武が言った瞬間。

 笑みを浮かべている血弦の瞳に、細い針のような光が灯った。

 瞬間、玄武の足元に群がっていた鳥達が一斉に飛び立った。

 

 「……老人のささやかな趣味を邪魔せんでくれんか」

 

 飛び立つ鳥達を見上げながら玄武が言うと、血弦は穏やかに表情を崩した。

 

 「僕は何もしていませんよ」

 

 「極小の殺気を放ちおった」

 

 「殺気だなんてそんな。こんなところで放てませんよ。放ったら学校の先生方がやって来るでしょう。それとも最強の生徒会長がやって来るかな」

 

 「この距離の鳥達にしか感じ取れぬ殺気じゃ」

 

 「ふふ。玄武さんの殺気も久しぶりに感じたいな」

 

 「物騒な事は嫌いでのう」

 

 「よく言いますね。四天王の一角として恐れられていた貴方が」

 

 「昔の話は覚えておらんわい。はよ帰ってくれんか」

 

 玄武の茶色の瞳と、血弦の赤い瞳が交錯した。

 穏やかな風が二人の間を通り過ぎ、白い髭と銀髪を揺らした。

 

 「そうですね。今日のところは帰ります。話せて嬉しかったですよ」

 

 「そうかね」

 

 「ではまた」

 

 「もう来ないでくれんか」

  

 「寂しいな。なぜそんな事を言うんです?」

 

 「はっきり言ってお主が苦手じゃ」

 

 「ふふ。どうも好きな人に嫌われるんですよね、僕って」

 

 「ほれ、もうチャイムが鳴るぞい。はよ帰りんさい」

 

 「分かりましたよ。またお会いしましょう」

 

 そう言って、血弦は背を向けて優雅に歩き始めた。

 その背を見つめていると、すぐに校舎からチャイムが聞こえて来た。

 やがて舞い戻って来た鳥達に視線を戻し、玄武は再び餌を放り始めた。

 

 「ふーむ」

 

 そして、1人呟いた。

 

 「あの小僧めが。また一段と強くなりおって」

 

 その時。

 玄武が胸ポケットに忍ばせていたスマートフォンが音を鳴らした。

 玄武はそれを手に取り、慣れない指使いで画面を叩いた。

 しかし着信音は鳴り続けている。

 

 「うーむ。慣れないのう、すまほというやつは」

 

 人差し指で何回か叩いている内に、やがて通話画面になった。

 画面には、校長、と表示されている。

 

 『玄武先生?』

 

 電話の向こうで、大人びた女の声が言った。

 

 「もしもーし」

 

 玄武はスマートフォンを耳に近づけて、必要以上に大きな声を出した。

 

 「どなたかな」

  

 『……画面に表示されているでしょう』

 

 「む?……やあやあ、校長先生か」

 

 『いい加減スマホに慣れて下さいな』

 

 「慣れないのう。難し過ぎるわい」

 

 『まぁ良いでしょう。先ほどの彼はもう消えましたか』

 

 「おや。気付いておったかね」

 

 『ええ。只者ではありませんね。よくぞそこで食い止めてくれました』

 

 「なんの。しかし肝が冷えたわい」

 

 『私もひやひやしましたよ。そこで戦闘が始まったらどうしようかと思っていました』

 

 「穏便に済んで良かったぞい」

 

 『そうですね。それでですね、玄武先生、今から校長室に来てくださらない?』

 

 「どうしてかね」

 

 『鬼木坂さんが闘った相手、竜怪人だったという事はご存知?』

 

 「ほほう。知らなんだ」

 

 『その竜怪人の名前、黒澤っていうらしいですのよ』

 

 「!」

 

 『ここから先は電話ではちょっと』

 

 「分かった。今からお邪魔するよ」

 

 『お待ちしておりますわ』

 

 ぷつりと、電話が切れた。

 玄武はスマートフォンを胸ポケットに仕舞い込んで、空を見上げた。

 

 「ふーむ。何やら不穏な空気が漂い始めているのう」

 

 白い顎髭を撫でながら、ほつりと呟いた。




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